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2007年6月15日 (金)

スーツスーツ 

Photo_3 最近大学内で同学年のスーツ姿の学生をよく見かける。就職活動、いわゆる就活だ。

みんながそんな闘争の日々を送る中、僕は一人間違えて逃走を始めてしまった。そんなレールから外れた僕だから、彼らに比べあまりスーツを着る機会がない。雑誌やメディアの情報によれば、どうやらスーツを着てると普段よりかっこよく見えるらしい。それがセクシーだと言う。なんとなくわかる。スーツを着てるってだけで、普段はおっぱいの話しかしないやつが、ちょっとだけまともに見えたりもする。まぁそいつが口を開きさえすれば、すぐにとけるインスタントの魔法だということもわかってはいるのだが。

でも、そんな僕だってスーツを着ることぐらい、あることはあるのだ。無難な黒のスーツ。でも現実と仕入れた情報とは違い、モテてる気は一切しなかった。この前だってそうだ。死んだじいさんの何回忌。モテようにも血の繋がらない来訪者はババァばかりだし。僕を見るどころか、出された寿司に夢中である。僕にしたってまずそんな場で、たまに着るスーツに浮かれていること自体、死んだじいさんに申し訳ない。あの世であったら謝ろう。手土産にプリンの一つでも持っていけば、文句も言うまい。プリンを好きだった記憶はないけど。ほら、だってあれ柔らかいし。

いいなぁ、スーツ着たいなぁ。

僕が初めてスーツを着たのは大学の入学式のときだった。別に当時はスーツなんてこれといって興味がなかったし、なんか入学式ってスーツ着なきゃいけないものらしい程度の意識だったので、いい加減に選んだ覚えがある。買うのも近所の店で済ませた。値段ははっきりとは覚えていないが、ただでさえ安い店の中で、一際安かったと記憶している。変な色の裾が短いイカしたスーツだった。色彩に知識がない僕は、この色をうまく説明できない。ただとにかくみどりがかった変わった色のスーツだった。

そのスーツを初めて着た。入学式の前日だったと思う。確かにそれほどスーツに興味はなかったが、それでも大分ドキドキしたことを今でも覚えている。だって初めてのスーツだ。高校時代の制服がネクタイ着用だったために、その巻き方には心得がある。いつもの手順でネクタイを巻く。でも今までとは違う。僕はこれから大人を着る。そして、いよいよスーツに袖を通した。鏡に映った姿に僕は、なんだかピンとこなかった。こんなもん?こんな感じでいいの?

親に見せてみる。息子の晴れ姿だ。少しだけ緊張に近いものがあった。変じゃないかな?

しかし親はまさか大絶賛。手放しで褒めちぎってくる。そりゃ誰だって、そんなことされたら嬉しくないわけがない。そうだよな、変じゃないよな。照れ隠しでそっけない態度はとるものの、内心はまるでぐるりと違う。よっしゃ来た、時代来た。僕はその格好をおばあちゃんに見せ、その格好のまま家の周りを一周した。みんな見て見て! スーツ最高! そんな気分だった。

そしていざ入学式の日。僕は前日の勢いそのままに意気揚々と乗り込んだ。しかしその意気込みはすぐに後悔に変わる。明らかに浮いている。みんなシックなスーツを上品に着こなしている。それに比べなんで僕のはこんな色なんだろう。あんなに浮かれたのが恥ずかしすぎる。哀れなピエロの第一人者である。僕は落ち込んで家に帰った。夕焼けを背に浴び、それでもスーツの色は変なままだった。

それから幾月か過ぎて、家族でそのときのことを振り返る機会があった。

「初めてあのスーツ着たの見たとき、カナブンかと思った」

そっか。お母さん、気を使ってくれたんだね。そうだよね、息子の初めてのスーツ姿だもんね。カナブンだなんて言えないよね。心配してたら褒めちゃうよね。その優しさ、ありがたすぎて頭から水ぶっかけたくなっちゃう。早く言ってよ。ねぇ。そういうの早く言えよ。そこで僕は学んだ。スーツは無難が一番だと。安ければいいものじゃない、と。

おばあちゃんはこう言った。

ウグイスが紛れ込んで来たのかと思った」

もう何も言えねぇよ。言いたい事はわかるけど意味わかんねぇもん。

そんな苦い思い出もある。

そんな苦い思い出が僕をスーツから遠ざけているのかも知れない。

スーツを着るのが特別じゃなくなった日、その日が来るのが今はまだ怖くもある。ピーターパンに似合うスーツがないことも知っている。でも今はスーツが着たい。それは少なからず僕がスーツを着れる年齢に近づいたからだろうし、その反面まだ大人じゃない証拠でもあるだろう。もちろんモテ要素も考えてのことだが。

カナブンは今、押入れの奥の方に眠っている。

防虫剤でやられないか心配で、僕は眠れずにいる。

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