« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月

2007年7月30日 (月)

免許への道 第三章

Menkyo3 例えば人のせいにする。それは自分の成長をさまたげる。なにせ格好悪い。だからできるだけ避けたほうがいい。でも今回は僕のせいか?いや、違う、人のせいだ。運転が下手なのは確かに僕のせいだ。走行スピードが遅いのも僕のせい。それは認めよう。ただ、そんな僕に仮免許を与えたのは教習所だ。僕を路上に出したのはやつらの責任だ。

例えば猛獣を野に放つ。人を襲う。それは猛獣のせいではない。猛獣とはそういうものなのだ。猛獣を野に放ったやつが完全に悪い。

僕の車が路上に出る。他の車や歩行者に多大な迷惑をかける。僕とはそういうものなのだ。僕を路に放った教習所が完全に悪い。

そんな僕が言えることはただひとつ。本当にごめんなさい。

おっさんが横断歩道の手前で待っている。僕はスピードを緩めない。そんな僕に教官の叱咤が飛ぶ。「渡ろうとしてただろう、視野を広く持て」。違う、見逃したんじゃない。あのおっさんは横断歩道を渡ろうとしたのではなく道路を挟んだラーメン屋を見ていたのだ。おっさんはラーメン屋の店主なのだ。「そろそろ改築の時期だな、ほらあそこペンキ剥げてるし」みたいなことを客観視していたのだ。だから僕の選択は間違っていなかったはずだ。

そんな僕が言えることはただひとつ。本当にごめんなさい。

おじいさんが横断歩道の手前で待っている。僕は止まり様子を見る。しかし、渡る様子がないので再び発進。そんな僕に教官の叱咤が飛ぶ。「渡ろうとしてだろう、ちゃんと見ろ」。あなたこそ何を見ている。あのおじいさんは横断歩道の白い部分以外を渡ったら死んでしまうと思い込んでいたのだ。サメに食われるとかなんとか。だから横断歩道を渡るのを躊躇していたのだ。その決断までにまだ時間はずいぶんかかる。それを悟って僕はアクセルを踏んだのだ。実際教習所帰りにそこを通ったらまだいたのが何よりの証拠だ。

そんな僕が言えることはただひとつ。本当にごめんなさい。

おばさんが自転車で急に進路を変えてこっちにむかって来た。僕は急ブレーキを踏む。そんな僕に教官の叱咤が飛ぶ。「自転車がいたらもっと距離を開けておけって習ったろう、急ブレーキは後続車に迷惑だ」。うん。完全に僕のミスだ。そうだ、僕の認知が一方的に悪かったのだ。今回はただただ反省。わけのわからない言い訳はしない。30分ほど走るとまた同じような場面が。おばさんが自転車で急に進路を変えてこっちにむかって来た。でも今回は大丈夫。学んでる。言われた通りちゃんと距離を開けといたから悠々避けられた。しかし、あのおばさんさっきと同じ人じゃなかったか? 一体何が起こったのだ?

そんな僕が言えることはただひとつ。おばさんワープしてない?

いつもと同じ道のいつもと違う面を走る。まるで違う顔に見える。いつも歩いたこの道。今は色んな意味で地に足がついてないんだな。でも楽しい。1人で乗るにはまだ恐いけど。怒られてばかりだけど。

平坦な道。僕は指定速度をきっちり守って走る。何もない。問題はない。そんな僕に女教官の叱咤が飛ぶ。「だから愛と恋は全然違うの!」。そんなこと僕だってわかっている。恋は自分で守るもので愛は自分が守られるもの。それが僕の持論だ。エンジンよりも熱くって渋滞よりも進まない話が車内で繰り広げられる。ただ今この話題は最適なのだろうか。いや確かに僕が持ち出した話題だけど。

そんな僕が言えることはただひとつ。教官お前ちゃんと仕事しろ。

車が教習所に帰る。普段は懐かない僕だけど、この瞬間だけはやたらと落ち着く。これこそが走りなれた道。早いスピードも方向指示も体が覚えている。終了時間になり車を停める。停車措置も完璧。何度もやったのでできて当然か。僕はこの時間のまとめとしての教官の一言を待つ。「うん、でもあたしはどんなに辛くても恋も好き」。そうか。まったく僕も同じ答えだ。

そんな僕が・・・いや、だからお前仕事しろって!

| コメント (6) | トラックバック (2)

2007年7月29日 (日)

選挙

Senkyo まだ仮免だから選挙カーを運転するときは助手席に親父を乗せないと。大きいのは恐いから軽自動車だ。さぁこれで安心。でもさすがに小僧とおっさんだけだと近づきづらいだろうから、お姉さんを雇って後部座席に乗せる。さぁこれで躍進。手を振る係とマイクでしゃべる係で2人ほど必要だ。しかしこのままだと車内の誰もが政治に詳しくない。誰か専門家も雇って車に乗ってもらわないと。さぁこれで磐石。しまった。もう座席がない。専門家が乗れない。軽にしたのがまずかった。しかたない、一番役に立ってない僕が降りよう。こうして僕の選挙カーは僕を残してどこか知らないところへ走っていった。

さぁ次はポスター作りだ。写真は苦手なので似顔絵でいいだろう。いつもブログで描いてるのをコピーして完了。カラー印刷は高いから白黒でいこう。足りない分はカレンダーかチラシの裏に手書きで。「斉藤アナスイ」と大きく書く。キャッチコピーは「みんなが僕を笑ってる気がする」。最近本気でそう思う、ちょっとまずいかも知れない。まぁなにはともあれこれでポスターはバッチリだ。このポスターを勝手にマンションとかの郵便受けに入れてやろう。

あとは、街頭演説か。駅前なんかでやって友達なんかと会うと恥ずかしいから、なるべく目立たないところでやろう。あー、でも熱いな。もう家でいいか。人前で話すの苦手だし。なんかお腹痛いし。家からなんかチェーンメールとか送ればいい。「斉藤アナスイに投票しないと不幸になりますよー」みたいな感じで。「投票しなかったNさんは家の郵便受けに変なポスターを入れられましたー」みたいな感じで。

あとはなんだ。そんなもんか。

人事を尽くして天命を待つ。日々は流れていく。

そしていよいよ開票日だ。結果は2票。残念でした。家族すら入れてくれませんでした。

みたいなね。僕が立候補した図を思い浮かべてみただけだ。まだ被選挙権はないのだけれど。

今日初めて選挙に行ったのだ。ババァと一緒に。

投票所は僕の通っていた小学校兼幼稚園(繋がっている)。でも別に、この前幼稚園の時期について書いた記事とはなんの因果もない。そんなわけで、ものすごく久しぶりに幼稚園に入ったのだが懐かしさはない。改修されたのか?それとも僕が忘れただけ?

だが僕が通っていたという爪あとが確かにあった。卒園写真が壁に飾られていたのだ。日の当たらないところで育った穀物みたいな僕の顔があった。それから3年ほど遡った写真には兄貴もうつっている。斉藤家の恥部だ。ババァがそれを見てゲラゲラ笑っている。この人もまた恥部なのに。しかし、これを投票に来た人みんなが見るのか。と言うか毎年見られていたのか。恥ずかしい。顔のアップがポスターになる候補者はメンタルが強いんだなぁ、なんて思う。

僕が投票した人も政党も伏せておく。よくわからないけど、そういうものらしい。言わないのが大人のようだ。

僕は、うん、それなりだけど政治に興味がある。難しいことはよくわからないけれど、かと言って何も知ろうとしていないわけではない。マニフェストだってちゃんと聞いているのだ。マニフェストだって。あーなんか大人っぽい。でもタバコ税を下げるとか、大学生の就活に全面協力するとか、週休4日制とか、少年ジャンプを週2回出すとか、今週の天秤座は恋愛運バッチリとか言ってくれたら間違いなく迷わずその人に投票したのに。

だってよくわからない部分がある。自民党?民主党? 

今テレビをつけながらこの記事を書いている。自民党惨敗で民主党圧勝らしい。もちろん僕は政治がわからない子です。でもどこの政党も日本を良くしようとしていて。ということは政策だって大部分は被るはずなんですよね。着目点はとりあえず限られてるのだから。だったら自民党と民主党ってそんなに違うんですか?なんでこんなに、ちょっと前に圧勝だったのに今回は惨敗なんてことになるんですか?文句はないけど単純に疑問です。

でもダメだー、ダメだ僕。もっと勉強しなきゃ。議員は国民の代表なのに。ぼくは国民なのに。もっとちゃんと考えて投票しなきゃな。成人したんだから。任されたのだから。

選挙はこれからもちゃんと行こうと思う。行ったから偉いとかじゃなくて。確かに何万票とか何十万票という渦の中で、自分のたった一票が放てる光なんてたかが知れてるけど。何だろうな。その帰り道はちょっと自分がちゃんとしていい気がした。

選挙に行く僕と選挙に行かない僕。2人がもし並んでいたら、僕は前者に一票入れる。

| コメント (0) | トラックバック (3)

2007年7月26日 (木)

幼稚園の卒園アルバム

Youtien 字が汚すぎて、また間違えすぎて、めっぽう読みづらい僕の幼稚園の卒園アルバム。なにせ自分の名前が間違っている。「さいとう」の「と」の字が反転している。そんなブツが我が家の押入れに眠っているのだ。僕としては恥ずかしいので供養したいのだが、ババァがまた大事にしてやがって。アルバムの表紙に描かれた白いしゃもじ。そしてそれを持つ少年らしき絵。幼く汚い芸術。その絵の製作者である僕としては、これはしゃもじではなくアザラシのつもりなのだ。僕は小さい頃、「少年アシベ」というアニメが大好きだった。だからこれはゴマちゃんを抱えたアシベなのだ。決して「突撃となりの晩ごはん」がモチーフではない。これさえ見れば、僕がどんな園児だったかがわかる代物なので、貴重と言えばまぁ貴重な一冊だ。質問に対して一生懸命答えた幼き日のかわいらしい僕。その内容を今から一部抜粋してみたいと思う。ただ子供のしたことなので少しは大目にみて欲しい。

すきなどうぶつは?
「きりんさん、ぺんぎんさん、ぞうさま

なんでゾウだけ格上なの?今となっては思い出せないけどゾウに何か恩でもあったの?いや、って言うかお前アザラシ好きじゃないんだ。

おおきくなったらなにになりたい?
ほね

いや、うん、気持ちはわかるけどね。それはちょっと年とりすぎなんじゃないかな。みんなそうなっちゃうんだよ。それとも何?自殺願望?

すきなたべものは?
じゅーす

いやいや、まずそれ食べ物じゃねぇから。お前いい加減にしろよ。

あまりの回答に、つい幼き自分のことながらつっこんでしまう。このように僕は、いくら幼稚園児とは言ってもものすごく頭が弱かったようだ。かわいらしさのかけらもない。他の質問は字が汚すぎて読めなかったり、意味不明すぎるので省略させていただく。

あれから僕は成長して、漢字も憶えたし、質問の意図も理解できるようになった。確かに大人に近づいた。もう「じゅーす」なんてわけのわからないことも言わない。ゾウとも対等に接せられる。幼稚園児だったあの頃をこうして振り返ることもできる。でも。

「おおきくなったらなにになりたい?」

この質問にだけは、あの頃より答えを出せない自分がいる。

僕は・・・うん、大きくなりたくない。できれば社会に出たくない。

その点では、あの頃から決して成長していないのかもしれないなんて焦る。

幼稚園の頃の夢がもし、「ピーターパン」だったらとっくに叶っていたのになぁ。

| コメント (6) | トラックバック (0)

2007年7月25日 (水)

酔いスイ

Photo_14 昨日久しぶりにお酒を飲んだ。ただ友達と2人で話を中心に飲みに行っただけなので、量自体は大したことない。しかしあれだ。なんで僕はこうお酒に弱いのだろう。昨日は弱アルコールたったの3杯で気持ちよくなってしまった。まったくもって非常に経済的な体をしている。

僕はお酒が入るといろいろな物をなくす。財布をなくし鍵をなくし理性をなくし信用をなくす。正気もなくす。ただ一番なくしたい記憶だけはしっかりと残っている。残念ながら自分の起こしたウルトラ乱痴気騒ぎだけは覚えているのだ。だから次の日は1人で反省会。だってお酒飲むとわけわからなくなってしまうんだもの。

でも自分で言うのもなんだけど僕の酔い方はけっこうかわいいと思う。それこそ暴力なんか絶対にふるわないし、迷惑はかけても心配はかけていないと思う。泣き上戸でも笑い上戸でもないし、大騒ぎもしない。ただ放つ言葉が低俗になるのと、尋常じゃない動きをするだけだ。

確か大学の飲み会の帰りだったと思う。僕ははっきり酔っ払っていた。なんとかうちまでたどり着いたのだが、マンションの一階の玄関の自動ドアが一向に開かない。おかしいな。酔っ払った頭で冷静に考えているつもりになる。立つ位置を変えても開かない。ジャンプしてもしゃがんでも開かない。なんだこれ。2、30分ほどそうしていたと思う。僕はついに諦めて端に座り込んだ。あー気持ちいい。もう今日はここで寝ちゃおうかしら。ちょうどそこに他の住人が帰ってきた。僕を不審そうに横目で見て進んでいく。そしてドアが開いた。そうか、ああやってドアノブを回すと開くのかのか。なるほどね。うち自動ドアじゃないんだ。やっと気づいた。マンションに住んでからちょうど一年ほどたった日のことだった。

確か大学の友達数人とうちで飲んでいたときのことだったと思う。僕ははっきり酔っ払っていた。周りの悪口を肴に酒を啜る。悪口は僕の唯一の取り得なので留まることを知らない。話が進むとお酒も進む。お酒が進むと話も進む。あー酔っ払っちゃったなぁ。フラフラフワフワする僕。ポケーとしている間に、朝日が昇っている。本当にアルコールが入るとろくなもんじゃない。僕はバスタオルを床に敷いていた。そしてその上に家にある漫画やら服やらを覚束ない手で並べ始めた。僕は決めたのだ。ここでフリーマーケットを開く。まったくもう。さっぱりわからない。こうやってシラフの時に思い返すと我ながら情けなくなる。結局本も服も一つも売れなかった。大特価だったのに。それもそのはず、フリーマーケットを始めたのは、すでに友達が帰った後だったからだ。1人自分の部屋で何をやってるんだ僕は。

確かあれは合コンのときのことだったと思う。悪いけど僕だって合コンぐらい行ったことはあるのだ。初めての合コンだった。正直思い切り期待して望んだ。今思えば意気込みすぎていた。そんな慣れない環境に緊張しているのももちろんあった。なんとか女の子としゃべらないと。しかしシラフで女の子と小粋なトークができるほど強くはない。自分でもそれはわかっていた。だからお酒の力を借りようとした。多量のアルコールを摂取した。カラオケに行き、見知らぬ女性達とよく知った野郎どもが戯れている。「あの曲歌って」、そんな女の子のリクエストにここぞとばかりに答えているあいつ。おいおいモノマネしてるよ。曲が終わり拍手喝采。たぶんやつの人生で一番輝いている瞬間だろう。
さて僕はといえばそんな輪から外れて端のほうで正座している。正座して1人ゲームボーイをやっている。何をやっているんだ。テトリスだ。そんなことは聞いていない。当然モテるはずもない。そんな過去の自分を殺してしまいたくなる。初めて合コンに言った感想が「暗くて画面が見づらかった」だなんて、そんなバカな。しかし何よりも痛いのが、その時僕がそれほど酔っ払っていなかったことだ。ただ単に普通に負けたのだ。素で輪の中に入れなかったのだ。忘れたいのに忘れられない思い出。あ、こういうときにお酒で流せばいいのかな?

こんなことを言いながらも、僕はそこまでお酒が好きじゃない。確かにみんなで飲んで酔っ払うのはすごく楽しいのだけれど、そこに至るまでに飲む液体をおいしいとは感じない。格好つけて「やっぱり一杯目はビールに限る」とか言いつつも、できればファンタで酔っ払いたと思っている。それに僕は1人で酔いたいとも思わない。だから晩酌なんて乙なこともしない。決して裕福ではない僕にとってお酒はちょっと高いというのもある。

でも居酒屋で出てくる料理ってなんであんなにおいしいんだろう。高いからたまにしか頼めないけど、どれも秀逸である。雰囲気かな?家で食べたらそうでもないのかな?

うちの実家のババァも毎日のように夜になると、ウイスキーを飲む。ああ見えてなにか辛い事でもあるのだろうか。優しくしてやろうかな。お酒を飲んで、上機嫌で僕のギターを弾きながら知らない歌を歌っている。「なんとかブギ」とかいう怪しげな歌詞だ。ちなみにもちろんババァはギターなんか弾けない。まったくその奇行が酔っ払う前とあまり変わらないのが残念だ。

きっと社会で戦ってる人はお酒の一つも飲みたくなるのだろうな。お酒が好きじゃなくて、別に社会と戦ってもいない今の僕にだってそれぐらいは想像できる。一生懸命生きてたらアルコールに頼りたくなる日もあって当然だ。そんな人たちのためにお酒があって本当によかった。僕にもいつかそんな日が来るのだろうか。なんだか大人って感じがするなぁ。

それではみなさま今日もお疲れさまでした。明日もまた頑張りましょう。

スコール!

| コメント (2) | トラックバック (2)

2007年7月24日 (火)

我が家の七不思議

7fusigi みなさんはこんな話を信じるだろうか。とあるマンションの最上階。電気が切れかかった薄暗い廊下の一番奥まで進んだ部屋。そんなの部屋では様々な怪奇現象が起こる。呪われているのだ。それが「我が家の七不思議」。暑い日にこんな話はいかかだろうか。こんな話とても信じれない、という方も中にはいるだろう。しかしこれは確かに僕の周りに起こった事実なのだ。

まず一つ目。部屋のものが勝手に動く。部屋には僕1人なのに。真夜中の部屋。時間帯もあってか音がない。その沈黙を破るかのようにガサッと音がした。僕は驚いて振り返る。別になんのことはない。ただ壁に留めておいたカレンダーが床に落ちたようだ。僕はまた画鋲で留めなおす。また背後で音がした。さっきより大きい音。ハンガーにかけておいた服が床に散乱している。ハンガーが変形している。重さに耐えられなかったのだろう。我が家のたった一つのハンガー。やはり一つのハンガーに何着もの服をかけないほうがいいらしい。僕は服を拾う。さらにまた音がした。しかしその大きさは今までの比ではない。今度は何だ?窓にカーテン代わりにかけているすだれが床に転がっていた。やっぱり針金で留めておくのは無理があったのかもしれない。これがまた安定の悪い品で。ちょっと引っ張っただけですぐ落ちる。きっとミニ四駆程度の力でも落ちる。そして機嫌の悪い日にはこの様に何もしなくとも落ちるのだ。さらにリモコンを踏んづけただけでつくテレビや、設定しただけでちゃんと時間通りに切れてくれるエアコンなど様々な怪奇現象が起こる。

二つ目。部屋の中に謎の声が聞こえる。何度も言うが部屋は僕1人だ。テレビもつけてないし、増してやラジオなど部屋にない。本来なら僕の部屋からは僕の呼吸音しかしないはずなのだ。それなのに。電気を消して布団に入る。するとまた聞こえてくるはあの声だ。僕は布団の端をギュっと握る。そしてその声に集中する。一体何を訴えているのだ?「し・・・」。確かに最初の1文字を聞き取った。し?・・・死!?まさか。嫌だ、怖い。声はさらに続く。「・・・増やせって」。最後が増やせ?増やすのか?死を?まさか死神の交流がなんらかの理由で僕の部屋を経由しているのかも知れない。「・・・送り・・・」。や、やっぱりそうだ。間違いない。地獄へ送るのだ。死神の声だ。「母さん」。ほら見ろ。お母さんだ。ん?お母さんの死神?「な、お母さん、頼むからもっと仕送り増やしてくれって」。今度はバッチリ最後まで聞こえた。死神にしてはやけに生活臭い。僕は声のする方向おそるおそるを見た。壁である。まったくもう。壁薄いんだよ。隣の部屋の会話が丸聞こえである。ごめんなさい、もう少し付き合ってください。

3つ目。鏡の中にうつる人影。洗面所の鏡。何度も何度もいうが僕の部屋には僕しかいない。顔を洗って、顔をあげると鏡に人影がうつっている。真っ黒な髪を長く伸ばしたその姿。まぁ結論からいえばみうらじゅんである。みうらじゅん氏のポスターを洗面所に貼っているだけの話である。ネットから落とした画像を大きめにプリントアウトしたものだ。

4つ目。背中に伝う冷たい水。そう、ガス代を払わないと当然そうなる。真冬でも水のシャワーを浴びることになる。

5つ目と6つ目と7つ目。まぁいろいろある。お化けが出たの、とかそんなわけのわからない話だ。

ほら、見てこの鳥肌。これで冷房代が浮いた。

以上である。こんな感じにしてしまい、本当にすいませんでした。あんまり怒らないでください。

ちきしょう。貧乏なんて大嫌いだ。

| コメント (4) | トラックバック (4)

2007年7月23日 (月)

免許への道 第二章

Mennkyo2_1 仮免の試験に落ちた。まるで納得がいかない。うまくやってたつもりなのに。S字も坂道もうまくできたのに。確認も怠らなかったのに。実技試験の走行中窓から入ってきた小虫を追い払ってたらうっかり一時停止の標識のところの停止線を越えてしまい一発終了。ふざけろ。一体誰だ窓なんか開けたやつは。うん、僕だ。そういや最初に緊張のあまりドアロックのスイッチと間違えて開けた覚えがある。なんてこった。

サーキット場には悪魔が住んでいる。小虫という名の悪魔。あーあ、また明日頑張ろう。

| コメント (4) | トラックバック (0)

2007年7月20日 (金)

箸を持つのが苦手な斉藤アナスイさん

Hasinomotenai_2  ココログにもそう紹介されたように、自分でも前々からそう言ってた様に、僕は箸を持つのが下手だ。下手、というより持ち方がおかしい。まぁ役目は果たしているので僕としてはかまわないのだが、豆なんか相手にすると連戦連敗だったりもする。

でもできればずっとこの持ち方でいきたいんだなぁ。それは正しい持ち方を練習するのが面倒だとか、今の持ち方に慣れてるからとかじゃなくて。ちょっと僕なりの思い入れがあるのだ。直さないで済むなら、誰にも咎められないならできればそうしたい。でも確かに我ながら変な持ち方なんだよな。なんだこれ?って自分で思う。周りからバカにされたりもする。ただ、自分の他にこの持ち方をする人を僕は1人だけ知っている。それが僕の3つ上の兄だ。

うちの両親はずっと共働きで、幼い頃の僕と兄はいつも家で二人きりだった。僕はいつも兄の後ろをくっついて歩いていた。いつも兄の真似事ばっかりだった。兄があんな絵を描けば、僕もあんな画を描いた。兄がゲームをやっていれば僕もゲームをやりたがった。でも兄はそんな僕が鬱陶しくてたまらなかったのだろう。僕はそのことで何度も何度も泣かされた。今思えばしかたのないことだ。兄にも兄の、幼い子供なりのテリトリーがある。僕は平気でそこに踏み込んでいたのだ。でも僕は兄の背中を追うことをやめなかった。と言うよりきっとそれしかできなかったのだ。その度に泣かされては、またついていくの繰り返しだった。それは成長してからもあまり変わらない。目線が少し上になっただけで。兄の好きな服装を真似ては、好きな音楽を真似た。同じ私立の中学に進んだ。それに対し、兄が不機嫌になるのもずっと変わらなかった。

僕が兄がタバコを吸うところを初めて見たのは、兄が中2の時だった。そして僕が初めてタバコを吸ったのも中2のときだ。むせて咳き込んですぐに消した。でもそれでよかった。僕にとっては初めてのタバコを中2で吸うことが大事だったのだ。20歳を過ぎた今の僕はタバコをもうやめることはできない。兄は禁煙に成功した。この差は一体どこからくるのだろうか。

兄が友達といるときも僕はそばにいた。ただそれはそばにいたというか、兄とその友達は何故か僕の部屋で麻雀をやっていたので他に行き場所がなかっただけの話だが。兄があがるとすごく嬉しかった。兄が負けるときっと自分が負けたよりも悔しかった。

僕が中学生で、兄は高校生で。うちの学校はエスカレーター式なので同じ校舎だった。兄が停学をくらったとき(確かタバコ)は何故か僕まで先生に怒られた。おいおい。血が繋がっているというだけで、僕はまったく関係ないのに。まったく筋の通らない話だ。

兄は昔から決して模範的な兄ではなかった。僕をすぐパシリに使い、しょっちゅうケンカもした。子供の年で3つというのは大きな差だ。泣かされるのは当然いつも僕になる。力でも口でも勝てやしない。完全に子分だった。たった3年先に生まれてきただけのくせに。なんで僕が弟なんだろう。僕はいつも理不尽に思っていた。長男なりの苦労なんて、幼い次男にわかるわけもない。兄を恨んだ時間もなかったといえば嘘になる。ずいぶんと迷惑かけられたものだ。わがままで自由で。優しくされた記憶なんてほとんどない。

でも今の箸の持ち方を教えてくれてのもまたそんな兄だった。幼い日のことだ。箸が使えずに困っていた僕を見かねて教えてくれたのだろう。僕が笑われないようにって。弟である僕を苛めていいのは兄である自分だけだって。いや、実際知らんけど。そう思ってくれてたら嬉しい。それは初めて兄が許してくれた真似だった。でもおかしな話だ。笑いながら泣きそうな話だ。だって教わった僕の持ち方がおかしいのだから、当然教える兄の持ち方もおかしいことになる。自分でもできないのに。自分だってうまくできないのに弟に教えるなんて。なんて拙いんだろう。バカだなぁ。ははっ、目の奥がツーンとしやがる。それは箸の持ち方同様、兄なりの不器用な弟の守り方だったのだと思う。

親の背中より兄の背中を見てきた僕だから。ほとんど親代わりだったから。兄がいなかったら今の僕も確実にいない。今でも長男の苦労なんてわからないけど、今は弟でよかったって心から思える。

だからこの箸の持ち方は僕らの絆なのだ。兄はそんなこと考えもしていないだろうけど。少なくとも僕にとっては。もちろんそれがよくないことはわかっている。正しい使い方ができないと、時として見下されることもわかっている。でも。

この持ち方をバカにされるとすごく悔しくなる。涙が出そうになる。顔で笑って心で泣いて。そうなんだよ、おかしいだろって一間遅れでおどけて。兄弟愛なんて美しいものじゃないことは僕が一番わかっている。でもまた誰かに汚されて平気でいられるようなものでもないのだ。

兄は僕が大学1年の時にアメリカに飛び立った。今もなお向こうにいる。連絡はほとんどない。たまにメールが来たか思えば「あれ買って送ってくれ」といったような自分勝手な内容ばかりで。
兄は留学したのだ。留学を決めてから本当にあっという間だった。何も残さずに飛び立った。その行動力は自由奔放なあの人らしい。でも僕はもう真似しない。アメリカに行きたいとは思わなかった。僕らはちゃんと別々の時間を歩みだしたのだ。寂しいとも悲しいとも思わない。自由になれて嬉しいとさえ思う。でも、向こうでアメリカ人にその箸の使い方を教えないでいて欲しいなぁ。それは間違った日本文化でもあるし、その持ち方は僕と兄2人だけの絆であって欲しいから。
兄は昔から本当に自由な人だった。また依存しない人だった。留学する日も、空港までの見送りを断って一人で行った。でも子分の僕だけは、家の近くで止めたタクシーまで荷物を運ばされた。子分というポジションを少し嬉しく思った。きっとこの人は連絡なんかしてこない。親も僕もわかっていた。連絡しなくても家族は心配しない。兄はそれをわかっていた。タクシーのドアが閉まる。次に帰ってくるのは来年なのに別れのセリフすらもない。まぁまぁあんたが楽しくやってくれりゃそれでいいよ。タクシーは走り出した。僕は家に帰った。何も変わらないいつも通りの帰り道だった。

ところが数日して兄からメールが来た。僕は驚いた。あの兄貴が連絡してくるなんて。一体何が起こったんだ? もしかしたら早くもホームシックにでもかかったか? かわいいとこあるじゃないか。しかしそこに書かれていたのははアメリカの感想でも兄の心境でもなかった。


お前の原付の鍵持って来ちゃった




・・・あ、兄貴。ふざけやがって。お前のせいでバイト遅刻したんだぞ。でもそれがあまりに兄らしくて、僕は怒るよりも笑ってしまった。

ババァがこんな質問を僕にしてきたことがある。

「もっと兄弟欲しかった?」

僕は首を横に振った。兄は1人で十分だ。もう1人いたらこっちの身が持たない。でもいてくれてよかった。僕に間違った箸の持ち方を教えてくれた。

弟はもっといらない。あれだけ嫌だった兄の子分だけど、もう1人いたらきっと嫉妬してしまう。兄の子分は僕だけで十分だ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月19日 (木)

日刊アナスイ・ガイド

Photo_12 炊きたてご飯でお釣りをもらう

箸を持つのが苦手な斉藤アナスイさんがお送りする奇妙な日常。サイダーを利用した鼻うがい、自分を指しているらしい不審者注意警告など、切なく笑えるエピソードを楽しめます。






上はココログからの全引用文である。うちのブログがココログのトップページで紹介された。日刊ココログ・ガイドというコーナーである。正直非常に嬉しい。

ただこの説明文はいかなるものか。まずいきなり最初からおかしい。「あん」の上の部分だ。他の日刊ココログ・ガイドを見ると、ここは、キャッチフレーズというか、そのブログを一言で説明しているという感じだ。ところが僕の場合は「炊きたてご飯でお釣りをもらう」と。一体どんなブログだ。それは説明じゃない。全然わからない。

ココログから掲載の旨を伝えるメールが来たのはおよそ1週間前。そのメールを読んだ僕は舞い上がった。今までそのコーナーに掲載された他のブログを見ては、自分のブログはどんな風に紹介されるのだろう、と胸を弾ませた。実際に掲載される日を、毎日指を折って今か今かと待ちわびた。

そしてその結果がこれである。まぁサイダーや不審者注意の件は仕方がない。確かに記事にしたし事実だ。しかしそんな僕の普通の日常を切ない、と表現されるのはそれこそ切ない。増してや、一生懸命生きている僕の生活を「奇妙」だなんてあんまりじゃないか。一体どういうつもりなんだ。確かに僕は箸を持つのは苦手だけれど。

最初にこの紹介文を読んだときは笑ってしまった。まぁでも確かに僕の奇妙なブログにはこのぐらい奇妙な紹介文でちょうどいい。この文を書いてくださったココログの職員には非常に感謝している。掲載を決断したココログにも。そしてここまで来れたのは何よりも読者の皆様のおかげである。

みなさま本当にいつもいつもありがとうございます。これからも「あん」を、「アナスイ」を何卒よろしくお願いします。皆様の応援が支えです。たまには僕だってこんなこと言いたくなるんです。

本当に、本当に、ありがとうございます。

アナスイでした。

| コメント (10) | トラックバック (0)

2007年7月18日 (水)

肉離れ

Photo_13 日課のジョギングを終えて、一服でもしようと公園に入る。今日は肌寒い。月の見えない空の下、僕は1人ベンチに座った。タバコに火をつける。体が落ち着きを取り戻しているのがわかる。

ふと辺りを見回すと少し離れた隣のベンチに男女二人が座っていた。僕だってそこまでのんびり生きてきたわけじゃない。それがカップルであることぐらいは直感でわかる。僕より若いか? こんな時間に公園に二人きりだ。きっと梅雨などふっとばすような話でもしているのだろう。邪魔しちゃ悪い。ブランコのほうが画になるのに、そんな余計な考えと共に僕は公園を立ち去ろうとした。

タバコを吸い終わるまで。そんな考えがいけなかった。吸い終わっても立てやしない。まるでベンチが磁石になっているかのようだった。ダメだ。カップルの話は図らずも聞こえていた。いや、聞こえてきたと言ったほうが正しい。トーンが大きくなっている。最初は聞こえなかったのに、今は避けようと思っても避けれない。その内容は僕が思うような話じゃなかった。結論から言うと別れ話だった。すまない。全部僕の耳に入っている。その話が重いから、僕の腰もつられて重くなる。悪趣味なのはわかっている。でもどうしても気になってしまう。

あえてその詳しい内容は割愛させていただく。ただ、こう言っちゃなんだが彼氏はデブだった。肥満の人だった。それも並みのデブじゃなかった。簡単に言えばその彼氏のわがままに彼女が愛想を尽かしたようだ。

こう言っちゃなんだが彼女もデブだった。僕の目論見では彼氏を超えている。だから暗い公園内でも僕はすぐその存在に気づけた。異様だった。僕が彼女とセメントでケンカしてもきっと負ける。デブ二人だ。あのベンチ大丈夫かな? 二人のことよりそっちのほうが心配になる。今ベンチが崩れでもしたら、せっかくの場面が台無しだ。本当はそれをずっと期待していたけれど。

二人はどんどんヒートアップしていく。正直それは、うるさい、というレベルに達していただろう。僕のことなんか最初からずっとお構いなしだ。声のトーンと、含まれたトゲが時間と共に成長していく。本来は愛を育むはずのカップルだのに。彼女が彼氏に詰め寄る。このままほっといたら本当に殴り合いでもしかねない。現状の口げんかだってすごい喧騒だ。どれだけ盛り上がるつもりだ。その声はきっとここから四国ぐらいまで届いている。近所迷惑もいいところだ。心臓が弱いうちのおばあちゃんが近くにいなくて本当によかった。

彼女が急に立ち上がった。限界だったのだろう。立ち上がるとさらにすごい。身長もかなりのものがある。凄い形相をしている。その姿を僕の言葉で表現するならば「羅生門」といったところか。その場から4、5歩足を進める。その背中を見て、彼氏は何を思ったのだろう。

彼女が振り返った。最後の一言を残すために。一言、いや、そんな表現じゃ物足りない。それは魂のシャウトだった。

「あたし、天使なんかじゃない!

いやいやいやいや、ちょ、お前。今なんて?僕のファンタを返せ。口に含んでいたファンタを全部噴出してしまった。天使なんかじゃない?その声はアメリカにまで届きそうだった。その一言に全米が泣いた。

彼女はそう叫ぶと、今度こそその場から歩き出した。今度はポーズじゃない。その場を立ち去るつもりだ。もう止まらないのは明らかだった。残された彼氏と僕。どうしたものか。一瞬の沈黙が公園内をいつもより余計に静かに感じさせた。

彼氏が言った。「お前だって浮気してたじゃないか」

彼氏の最後の抵抗だった。

しかし彼女の反応はない。聞こえている様子がない。その言霊は彼女の背中には届かなかったようだ。

あまりに広い背中を持つ彼女はすぐそこにいるように見えるのに、実際はずいぶん遠くにいたらしい。彼氏はこの期に及んで遠近法を見誤ったらしい。(図1参照)

いや、彼らの距離はどうあれ、いつ頃からか狂っていたのだろうな。

僕はなぜかもう一度走りたい気分になり、彼女が去った方向とは反対の出口に向かった。

| コメント (9) | トラックバック (0)

2007年7月17日 (火)

アナセレブ

Photo_11  雨上がりの空気もなかなか乙なものだ。灰の空。東京の空の色はこのぐらいでちょうどいい。ふと立ち寄った六本木のオープンカッフェで僕はそんなことをふと思う。そしてコッフィを飲みながら友達と一昔前の洋楽について語り合う。これが僕のライフスタイル。
その日、僕らは青山で待ち合わせ、何をするでもなく、ただのんびりと歩いていた。見慣れた通りをゆっくりと。この通りも変わらないな。ちいさく呟いてみる。

見慣れた通り。当然だ。この日だけで3回この景色を見ている。この通りも変わらない。これも当然。何故なら僕らがこの通りを通ったのは、ほんの数分前のことだから。そう、僕らは青山にて迷子になっていた。同じところをグルグルと回っていた。  

僕と友達は、生まれも育ちも東京ながら、二人とも青山は初めてだった。「大人っぽい」ということに、僕らはただひたすら憧れを抱いた。そんな憧れが僕らを調子にのらせた。簡単に言ってしまえば背伸びである。計画は単純。青山のオシャレなオープンカフェで小粋な話をしながらコーヒーを飲む。この3つ。オープンカフェ、コーヒー、小粋なトークテーマ。それさえあれば少しくらいは大人になったと言ってもいい気がしたのだ。まさかの青山。まさかのオープンカフェ探し。  

関東近郊にお住まいでない方のために説明しておこう。青山や六本木という街は、大都会東京の中でも、一際輝くおしゃれスポットなのだ。お子様お断りの、俗っぽい言い方をすればセレブな街なのだ。このカテゴリーに属する街としては他に、代官山や恵比寿などが挙げられる。もっとわかりやすく例えるなら、ミャンマーでいうところの大都市マンダレーのようなものだ(適当)。大相撲で言うならば若の里がそれにあたる(若の里は僕の中でおしゃれな相撲の第一人者)。

小雨降り止まぬ中、だから僕らは青山を歩いた。青山の迷いの大地の一歩が、大人の階段の一段となることを信じて。少しづつだ。少しづつでいいから積み重ねろ。大分歩いた。もう大体この地域を把握しかけるに至っている。ここを曲がったらあそこに出る。この坂を上ると、あの店の看板が見える。段々と街が見えてきた。頭の中に地図が描かれていく。靴に雨が染み込んだ分、頭の中に地理が染み込む。もう迷わない、こっちだ。僕は前方を強く指差した。こっちに僕らの天竺はある。友達も力強くうなずく。僕と同じように、彼もわかってきたのだろう。僕らがイメージする青山のオシャレなオープンカフェがどこにあるのかを。
雨が止んだようだ。日こそ照らず、まだ寒いが、そんなことは僕らには関係なかった。雨が降ろうと寒かろうと僕らは歩みを止めることはない。雨で濡れた道が今は道しるべと化す。その先に待つ夜明けを示す。

 僕らはようやく歩みを止めた。やっとついた六本木。六本木?おかしい。どうやら僕らがその身一つで描いたその地図は使い物にならなかったらしい。気がついたら青山を通り越していた。六本木まで来てしまった。今更来た道を弾き返すような気力はない。さようなら青山。 別に青山でも六本木でも僕らにとってはそんなに変わらない。たぶん。 

そして僕らはようやくカフェを見つけた。場所こそ青山ではないが、その店はイメージしていたものと寸分違わず、僕らの目はきらきらと輝く。雨上がりの道と同じ様に。ドア一つとってもオシャレだ。感動的でさえある。友達に促され、僕が先頭に立ち、そのドアを開けた。 大人の世界へようこそ。店員さんがもしそう言っても、その時の僕らはなんの疑問も抱かなかっただろう。落ち着いた雰囲気の店内が目の前に広がった。
それまでの道程で服が濡れ靴が汚れた、まるでストリートチルドレンのような僕らを、嫌な顔一つせず、定員さんがテラスに案内してくれる。その店は奥から道路に面したテラスに出られるようになっていた。店の中を通る。なんてオシャレな店なんだ。あれなに、シャンデリア!?この店なら間違っても僕の地元のように、おっさんが酔っ払いながら「プリンくれ!」なんて言わないだろう。
イン・ザ・オープンカフェ。すぐ近くには六本木の坂道を歩く人が見える。僕らはできるだけ平静を装った。普段からこういった店に通いなれてる感を全力で出す。それでもさっきから貧乏ゆすりは止まらない。疑いようもなくヒヨっている。100円ライターを隠しながら使い、タバコに火をつける。散々迷った挙句、ふたりともアイスコーヒーという、いかにもな注文をすることに決めた。
 注文。どうすればいいのだろう。どこを探しても店員さんを呼ぶボタンがない。タバコを落としたフリをしてテーブルの下やサイドを見てもやっぱり見当たらない。ここからじゃ店員さんに声も届かないだろう。二人とも途端にきょろきょろしだす。落ちつけ。こういう店で店員を呼ぶ方法といったらあれしかないだろう。 
僕は左手を挙げ、指をパチンと鳴らした。するとなんと本当に店員さんが来た。どうやらそんな挙動不審な僕らを見かねて来てくれた様子だ。指を鳴らすなどというシャバダバなことをしてしまった僕は、恥ずかしくて顔を上げられなかった。
 アイスコーヒーが二つ、おしゃれな広いテーブルに置かれる。やっぱりコーヒーはブラックだよね。僕と友達はそんなセリフを確認しあう。これが大人だ。僕はタバコを消し、コーヒーのグラスを手に取った。軽く一口だけ飲んで、すぐまたテーブルに戻した。友達と目が合う。やっぱりね。僕らは数秒前の発言を早くも撤回するように、砂糖やらガムシロップを必死に入れた。何がブラックだ。苦くて飲めやしない。砂糖を入れる、まだ苦い、ミルクを入れる、まだ苦い、ガムシロップを・・・。そんな無限とも思われた作業が終わる。口をつけたその味は、ようやく僕ら仕様になった。また友達と目が合う。今度は優しい目をしている。二人に笑顔がこぼれた。 思い返せば今日初めてのことだったかもしれない。この店に負けないくらいの、すごく素敵な笑顔だった。
  

やっと雪印の味になったね


どうやらまだ大人には少しばかり早かったみたいだ。僕らがもし勝利の女神と呼ばれる存在なら、今のところ、例えどんないい豆を使ったコーヒーであろうも雪印の100円の紙パックのコーヒーに土がつくことはない。
そのオープンカフェで洋楽の話をした。とは言っても僕が友達に、「お前のお母さんジェームスブラウンに似てるよな」と言っただけなのだが。

青山の近くのオシャレなオープンカフェ、筋を外れた小粋な話、味が雪印のコーヒー。あの時、望んだカードがとりあえず今は全て手中にあった。大満足だ。ただ予想外のカードも紛れこんでいたようだ。
 僕はコーヒーを飲むと気持ち悪くなる。友達はお腹が痛くなる。そんな状態で僕らはやっぱり迷子になっていた。今度は六本木ヒルズの中だった。今度の迷宮もこれまた広い。大人への道のりとやらは、予想以上に複雑なようだ。

| コメント (6) | トラックバック (1)

2007年7月16日 (月)

免許への道 第一章

Menkyo2_1 僕は順調に前進している。いやはや脅威のスピードで成長している。昨日の日曜日、そして今日月曜日。もしかしたら守護霊が4輪の何かなのかも知れない。それか前世がリヤカーを必死に引きながら段ボールと空き缶を拾う仕事だったかのどちらかだ。

さっそくだが僕の偉業を聞いて欲しい。なんと車に乗ったのだ。しかも無事エンジンがかけられるようになったのだ。これははっきり言ってすごいことだと思う。これでラジオもCDも聞き放題。エアコンだってつけられる。もういつでも車内に住める。これからはリヤカーを引いたり、拾った段ボールを布団代わりに寝なくてもいいのだ。わずかこの短期間で前世を越えてしまった。

まぁまぁ運転に関しては、まぁ至らない部分も多い。でもそれは仕方のないことだ。なにせ21年間生きてきて初体験だもの。しょうがない。しかし教官ときたら、僕のそんな不幸な生い立ちを理解しようともせず、もっと内側を曲がれだの、もっとスピードを出せだの容赦のない命令をしてくる。運転している僕にわがままばかり言ってくる。お前は一人っ子のお坊ちゃまか。僕は爺やか。僕は褒められて伸びるタイプなのに、それをまったくわかってくれない。シートベルトのしかたとか素晴らしいと思うのに。

車ってやつはまったく、なんで思い通りに動いてくれないんだろう。はっきり言って難しい。まぁでもテレビなんかでF1を見ていると車がスピンして沿道に乗り上げたりしている。僕もその点においては、すでに彼らのレベルに並んだようだ。まだスピンは習ってないのでできないが、乗り上げることに関しては、教習所一うまいと思う。まぁ自画自賛はこの辺にしておこう。

まだ数回乗っただけだが、お気に入りの教官も、またそうでない教官もいる。お気に入りの教官のときは僕もノリノリだ。スピードを出すときに「さぁピリオドの向こう側へ」などと、軽く空気を和ますこともできる。S字カーブに差し掛かるときに「さぁ陰毛にさしかかった」などと低俗なことも言える。S字はまったくうまくできないが、その一言が言いたくて、ちょっと楽しみだったりもした。僕は臆病者だから、人の顔色伺ってばかり生きてきたから、そうゆうのが通じる相手かどうか統計的に判断して、それでいてふざけてきた。愛想笑いだとはわかっているが、それでも教官も笑ってくれる。楽しい。授業の時間もあっという間に終わるのだ。
ところが恐い教官だとそうもいかない。今日当たった教官がそうだった。僕の通う教習所には少し年配の教官で、いかにも恐そうな人がいる。悪さをしたら物置に閉じ込めそうだ。「さよう」とか普通に言いそうな教官だ。まるであの国民的家族アニメのお父さんのような人だった。その人に当たったときは正直きつかった。ヘマをしないようにと、無駄に緊張してしまう。「肩に力が入りすぎだ」ってそりゃあんたのせいだよ。ガッチガチである。前の授業でできたことができなくなる。教官が言った。「じゃあ次S字入って」。S字なんかできねぇよ。それでも教官が言う以上従わなければならない。「わかりました」僕は言う。「次、陰毛ですね」。し、しまった。いつものくせで陰毛なんて言ってしまった。殺される。トランクに閉じ込められるかも知れない。さすがにそこまではなくても判子はどうあれ諦めたほうがよさそうだ。そんな焦る僕に教官が返してきた。「俺の陰毛はもっとまっすぐだ」。か、かっこいぃぃぃぃぃぃ。その一言に僕はいたく感服した。なんてダンディーなお人なんだ。勝手に恐い人だと思っていた自分を恥じた。僕は人を見かけで判断しちゃいけないことを知った。S字をゆっくりゆっくり慎重に丁寧に牛のように出る。車はストレートにさしかかった。アクセルを踏む前に僕は言った。「ここから陰毛ですね」。教官は笑いながら頷いた。

確かにそううまくいかない部分があるのも事実だ。学科のほうもまた難アリである。標識だの信号だの。きちんと頭に入ってこない。免許の学科試験は2択問題である。まぁその点は助かる。教習所に通わなくてもわかるような常識的な問題も多いが、それならではの専門知識も少なくない。実技に比べたらまだマシだが、不安は少なくない。もっと集中しなければ。試験に落ちてしまう。教習所もまた学校なんだな。今更そんなことを思った。

でも、試験に出る知識だけを学ぶことが教育じゃない。僕はみんなが交通法規なんかを学んでいる間に、それ以上にかげがえのないことを学んだ。

人を見かけで判断しちゃいけない。答えはイエスだ。

彼の陰毛はストレートである。これもイエスだ。答えは僕しかわからないだろう。

陰毛。ふふっ。僕は他に悟られないように小さく笑った。・・・ふざけんな。意味わかんねぇよ。そんなことを考えている場合じゃないのは自分が一番よくわかっていた。
陰毛。何も頭に入らなくて、忘れたい事のに頭から抜けない。まるで不毛な恋のようだった。

最後の授業が終わった。教習所内の自習室に行く時間もあるけど、もういいや、今日は帰ろう。学科はたぶん大丈夫。また明日頑張ろう。僕は教習所を後にした。すこし浮かない気分だった。できるだけプラスに考えるつもりだったのに。

帰り道の空は、昨日と打って変わって明るい。あ、あの雲、まるで車みたいだ。

車の雲ならぶつかっても危なくないし、空なら信号も標識もない。僕だけの専用道路だ。

いいなぁ。僕は空を見上げ続けた。

空にあの教官の顔が浮かんできた。

僕は歩き出し、近くに転がる石を蹴った。

| コメント (4) | トラックバック (1)

2007年7月13日 (金)

免許への道 プロローグ

Mennkyo1 普通免許を取ることにした。周りでは僕が家で爪楊枝でお城を作ってる間に通っていたのか、気がついたらみんな持っている。これはまずい。僕もいつかは取らねばと思ってはいたのだが。何かめんどくさいし、2人きりの車の中で教官にセクハラされるんじゃないかとの思いが、僕の足を教習所から遠ざけていた。でも確かに学生で時間のあるうちに取っておきたいのもある。別に免許を取ったからと言って、たぶん車には乗らないのだろうが持っていて困るものでもない。よし、この機会だ。僕は決意した。教習所に通おう。行こう。行け行け僕。周りに流されたわけではない。決してブログのネタ探しでもない。決してない。

そんなわけで今日から教習所生活が始まった。入校手続きを済ませ、視力検査なんかを済ませ。視力検査は、いわゆるベタな、丸のどっちが開いているかを報告するやつだった。大きい丸から順に答えていく。目がいいのは僕の唯一の長所である。こんなの余裕のヨード卵だ。と、思ってはいたのだが。小さいほうがまるでわからない。まるで見えやしない。なんでだ。いつからこんなに視力が落ちたのだろう。やばい。せっかくの決意がこんなところで門前払いになる。落ち着け。上下左右どれか言えば当たる。果たしてどれだ。待てよ、本当にそうか。注意力や想像力も大事な教習所だ。裏をかいてひっかけ問題なんじゃないか。僕は答えた。「開いてません」。そこで視力検査は終わった。次の丸へいかなかったってことは不正解だったのだろう。結果は両目で1、0。合格である。やった。「なんだよ、免許なんて簡単じゃん」。たったそれだけのことで僕は免許を取ったかのような満足感を覚えてしまった。本来の目的を忘れてうっかり帰りかけた。

そしていざ学科の授業である。授業と言うかオリテーエンテーションか。今日と言う日に、不幸にも僕と共に入校した生徒が一同に集まるのだ。僕は不安半分、でも期待も半分だった。と言うのも、教習所では女の子との出会いがあるなんて聞く。一つ屋根の下で、同じ目的に向かう同志だ。そんなはちゃめちゃドッキュンパーティーがあっても頷ける。僕は意気込んで教室のドアを開けた。

中にはほっそいオッサンが1人ポツンと座っていた。あれ?早すぎたかな。確かに授業開始の時刻までは今しばらくある。暇を持て余した僕は、受付でもらった教科書をパラパラとめくっていた。

チャイムが鳴った。指導官が来て授業が始まった。結局ほっそいオッサンと僕の2人だけだった。ほっそいオッサンはなんだか凄く疲れてそうに見えた。すでに人を轢いてしまった後のようだ。これから免許を取るのにおかしな話だ。でもほっそいオッサンは僕のたった1人の仲間だ。この先教科書片手に問題とか出し合ったりする関係になるかも知れない。関係を大事にしようと思った。

教官が黒板に数字を書いた。6352。柔らかい口調で聞く。この数字はなんだと思いますか? 指されたのは僕だった。僕かほっそいオッサンしかいないのだから、2分の1の確立でそうなる。どうせ交通事故の死者数か何かだろう。でも最初の授業だし、教官とほっそいオッサンに好印象を与えたい。ひょうきんなやつだと思われたい。もしうまくいけば話やすくもなるし。僕は答えた。「在日フィリピン人の数です」。教室内にすごい空気が流れた。だだズべりである。やばい。あんなに優しそうだった教官の目が獲物を狙うハゲタカのそれに変わっている。ほっそいオッサンは天を仰いで何かブツブツ言っていた。まるで事故を懺悔するかのように。大学で90分授業に慣れているはずの僕なのに、たった50分のその授業がいやに長く感じた。免許を取るのを諦めかけた。

もういい。気を取り直して次の授業だ。僕は部屋をうつった。何やら大げさなマシンが4台ほどある。まるでゲームみたいだ。車と同じようにハンドルやらアクセルやらがあって、前方には画面がある。これで乗車のシミュレーションをするらしい。なにやら楽しげじゃないか。さっきの失態に落ち込む僕はもういない。ゲームなら大得意だ。ただ緊張している。今度はなんと教官と僕の2人きりだった。ほっそいオッサンすらいない。ほっそいおっさんが事故の責任で警察に連行されてないことを祈った。一体この教習所はどうなっているのだろうか。

シートに座る。これが車か。ちょっと楽しい。教官が言った。「シートを前に出して」。指示通り前に出す。また教官が言う。「シート下げて」。僕は素直に従う。そしたら今度はまた前に、と言われた。あなたの言いたいことはわかる。確かにさっきから僕もしっくりきていない。どうやらシートが、手がいやに長くて足がいやに短い人間離れした僕の体系に適応していないらしい。申し訳ございません。まぁそれでも限られた時間だ。とりあえず始めなきゃいけない。僕は次の指示を待った。

周りを見ても比べられる人がいないので何とも言えないが、うまくいったほうなんじゃないだろうか。画面の中を走る僕の分身は、ゆらゆらしながらもそれなりにできる子だったと思う。驚くほどのスピードで壁にぶつかっても何も起こらなかったし。教官は特に何とも言わなかったので、自分で自分を褒めてみる。

その他2コマ分の授業を終えて今日は帰宅。技術も知識もないが、時間だけはある。免許を取れるのはそう遠くない日だろう。

教習所を出ようとするとほっそいオッサンがいた。こんなところにいたのか、心配したぞ同志よ。ほっそいオッサンは教習所内の出口近くの食堂でどんぶりを食べていた。僕の予想じゃカツ丼だ。ここに来てカツ丼なんて話が出来すぎているけど。あのカツ丼が警察から出されたものじゃないことを、僕はまた祈った。

ちなみにこの免許への道はシリーズ化するつもりだ。僕にとってたまの一代イベントなので勘弁したください。

| コメント (8) | トラックバック (3)

2007年7月12日 (木)

さよならバイバイ

Sayonara 悪い事をした。やりたい放題ずいぶん遊んできた。たくさん傷つけてきた。フォローらしいフォローもしなかった。そりゃこうなる。離れていって当然だ。でも離れて初めて大切さに気づく。救いようがない。僕は大バカ野郎だ。帰ってきてくれって、それで本当に帰ってきてくれるなら喉が裂けるまで叫び続けるだろう。でもそんなことをしたって届かない。もう戻れない。どうしよう、泣きそうだ。

ちなみに全ては毛の話だ。

最近抜け毛がやばい。それが何の参考になるかわからないが僕は今21歳だ。砂漠化が止められない。頭皮からの集団疎開が始まった。シャンプー途中の手を見ると卒倒しそうになる。「は」で始まって「げ」で終わる2文字の単語が僕を追い回す。それがストレスになって、また抜けて。これを悪循環と言わずになんと言おうか。

今でこそまぁ普通ではあるが、今まで思いつく限りの髪型は全て試してきた。金髪にもしたし、一部ピンクだったこともある。パーマも何度もかけた。アフロにもした。マジな話だ。評判は聞かなかった。みんな僕を見るなり何も語らずにうつむいてしまったからだ。せめて笑ってもらえたらどれだけ救われただろう。アフロ時代は、実家で出るご飯のおかずが僕の分だけ少なかった気がする。それが全てだった。別にアフロにしようとしたわけではないのだ。床屋に行ってツイストなんてしゃれた種類のパーマを注文しただけなのだ。そこで寝てしまったのがいけなかったのかな。目がさめたときには鏡の中にジミーがいた。それ以来僕は美容院に行くことにした。

そんな時代があったなんて意外に思われるかもしれないが、僕は自分に関してはめっぽう強い。他人に対してはめっぽう弱い。自分にいじわるするのは大得意だ。しかし理由がわかってても納得できないものは納得できない。嫌だ。僕は毛様に囲まれて生きたい。茂しげして生きたい。

さぁさぁどうするか。育毛剤を買うのも少し気が引ける自分がいる。ただ、もしうちの洗面所に育毛剤があったら確実に使うだろう。一人笑いながら半狂乱で振り掛けるだろう。

なるべくストレスを負わないで生きよう。でも毛の問題以外別にストレス感じたりしないんだけどな。学校とバイトと将来と人間関係とその他諸々以外悩んだりしないんだけどな。

これが得意の妄想だったらどれだけいいことか。この後浴びるシャワーが怖い。

僕の友達にもっと悲惨な男がいる。ストレスから来るいわゆる10円はげ、それがひどいのだ。頭部各地に点々と5ヶ所ほどある。50円だ。貯金しているのかと思うほどだ。彼には悪いけどつい笑ってしまった。利子がついたら面白いのに。どんどん抜けちゃったりして。ところが最近はストレスが少ないのか貯金が減りつつある。ちょっと残念だけど、まぁよかったのかな。

実家に帰ると愛犬の抜け毛が床に落ちている。それを頭に乗せ、「さぁ船出だ」などと訳のわからぬことを言ってみる。愛犬は不思議そうな顔をしている。ふっさふさのお前にはわからないよ。

その奥にはまたしても不思議そうな顔をしている親父がいる。親父、あんたなら僕の気持ちがわかるはずだ。親父・・・一緒に耐えような。僕はそんな意を込めて視線を送った。もちろん頭部にだ。伝わったのか伝わらなかったのか、それでも親父がうなずいた気がした。

そんな僕らを見て、愛犬はまた不思議そうな顔をしていた。

| コメント (0) | トラックバック (2)

2007年7月11日 (水)

内緒のルーズリーフ

Himituno 教授からの質問に、一応正しい解答で返せた。なんとか面目は保てたようだ。授業中に指されると、どうしてこうも緊張するんだろう。それもこれも質問に答えられないと、しつこく皮肉めいたことを言う教授が悪い。あー緊張した。なるべく目立たないようにしていたつもりなのに。それなのに。教授は黒板何やら難しい言葉を羅列している。僕は少しだけ窓の外を眺めた。
板書の途中で教授が振り返る。このタイミング。質問が来る。今度指される生徒は? 次の生け贄は誰?
となりに座っている子はずっと下向いてる。後輩だろうか。かわいらしい子である。教授と目を合わせないようにしているのは明白だった。きっと授業が全然理解できてないのだろう。だってその状況なら僕でもそうする。
しかし神様とは意地悪なもので。いつもこんな子に限って試練を与えてしまうのだ。そう、教授が指した生徒はずばりその子だった。名前を呼ばれるとその子はビクッと体を震わせた。一度小さな声で「はい」と言ったきり、黙ってうつむいている。教室内に沈黙が訪れる。その子はなんだか泣きそうに見えた。小さい体がもっともっと小さく見えた。かわいそうに。どうするかな・・・。
仕方ない。僕はルーズリーフの端に答えを書き、そっとその子のほうへ差し出した。持っていたシャーペンでコンコンと2回ほど机を叩き合図をする。その子はそれに気づいたようだ。そこに書かれた文字を、やはり小さい声で音にした。正解、そう告げる教授はどこかつまらなそうに見えた。きっといびれなくて物足りないのだろう。役目を終えたその子は、僕にちょこんと頭を下げた。
授業が終わり、今度はその子からルーズリーフが差し出された。そこにはメールアドレスが書かれている。しかし僕はそれを受け取らない。逆に今度は僕がルーズリーフに自分の携帯のメールアドレスを書いて渡した。そのルーズリーフには今日の授業の内容が、僕なりの解釈をつけて書いてある。これを渡せば、彼女がこの先授業で指されることがあっても困らないと思ったのだ。しかし、それをもまた、彼女は受け取ろうとはしなかった。今度はまた彼女からルーズリーフを渡された。まるでラリーのようだ。さっきのアドレスの下にこう書かれてあった。「指されたらまた教えてください」。僕は声を出さずに少し笑う。その下にこう続いている。「これからも隣に座っていいですか?」。彼女の一言は、どんな回答よりも正しく思えた。次のこの授業が待ち遠しいと思ったのは初めてだった。






そんな妄想をしていたら本当に教授に指された。またやってしまった。聞いてないのにわかるわけがない。まぁ聞いててもわかるとは思えないけれど。隣に助けを求める視線を送ってもどうやら無駄のようだ。隣の席ではデブがルーズリーフに自分のサインを練習している。完全に詰んだ。教室内に沈黙が訪れる。教授が長いいびりが始まるまで、あと、もう少し。

| コメント (6) | トラックバック (1)

2007年7月10日 (火)

ある梅雨の日

Arutuyu 僕の最愛の彼女は同じ大学の後輩。昨日はうちに泊まっていた。いつも通り親には友達の家に行くと言ったらしい。手をつないで寝たのだけれど、朝起きると、彼女の足が僕のお腹に乗っていた。僕はその足をそっと戻し、布団をかけなおしてあげた。彼女はいつも暑がって布団をはいでしまうのだ。タバコを加え火をつける。彼女の寝顔を見ながら吸うタバコは、これはもう感動的にうまい。時計を見る。もうこんな時間か。僕は彼女を起こした。すこし不機嫌そうである。窓の外を見るとさらに不機嫌に拍車がかかったようだ。雨が降ると彼女はいつも不機嫌になる。それをなだめるのがいつもの僕の仕事だ。梅雨というこの時期では、もはや日課と言ってもいいくらいだ。頭をなででやるとすぐ笑顔になるのを僕は知っている。何よりも愛らしいその笑顔。雨を止めることはできないけど、彼女を晴天にできるだけで十分だった。
僕は4年生なのでもうほとんど授業がないが、彼女はまだそうはいかない。今日も学校である。お別れの時間が近づくにつれ、彼女の笑顔はまた曇りだした。でもこればかりは仕方のないことだ。サボタージュは彼女のためにならない。玄関で彼女は言う。「傘貸して」。 僕は言う「好きなの持っていっていいよ」。 すると彼女は僕の手を握った。「じゃあこれがいい」。 あぁ。あまりにかわいすぎて僕は駅まで彼女を送ってあげることにした。傘は大きいのを1本。そこに2人で入る。相合傘だ。駅からの帰り道、傘を渡した僕は雨に打たれて帰った。でも決して雨を冷たいとは思わなかった。





そんな妄想をしていたら一日が終わっていた。

| コメント (8) | トラックバック (2)

2007年7月 9日 (月)

歯痛いんですけど

Haisya 歯が痛む。あーやばいな、この感じ。

今更虫歯なんかじゃ慌てない。虫歯なんて小さい頃からいやというほど経験してきた。だから歯医者にもずいぶん行った。例え待合室に三国志があったって、全巻読破できるほど通った。矯正もしたし、神経も抜いたし、差し歯もあるし、金も銀もプレゼントできるほどある。自慢じゃないが小学校のときには13本虫歯があったのだ。その13本を治療中に、また別の歯が新たに虫歯になったりしたのだ。同じ年齢層と比べても、そうそう虫歯経験じゃ負ける気がしない。「真剣20代お虫歯!」みたいな番組があったら、間違いなく僕に出演のオファーが届いていただろう。

日本の虫歯平均数は、僕みたいなやつが底上げしているんだろう。申し訳ない。きっと虫歯の少ない国フィンランドなんかに行ったら、僕は入国拒否される。きっと空港でゲートくぐったときにブザーが鳴る。虫歯が多すぎて。

もちろんそうなったのにはそれなりに理由がある。僕はあまり歯をみがかないという民族の出身だった。その民族で歯をみがかないのは僕だけだった。親に歯のみがき方も、そうしないとどうなるかも教わった。でも信じられなかった。僕は大丈夫、僕の歯はきっと痛くならないと思っていた。信じられない虫歯程度の危機感じゃ、僕の必殺「面倒くさい」には到底勝てず、僕は生活に歯磨きは組み込まれなかった。まぁそんなことをしていたらそりゃそうなる。当然成長とともに確実に歯は蝕まれていく。まったく本人がこんなだって言うのに、中の虫さんときたら働き者である。ちゃんと仕事をする。毎日毎日僕の歯を少しずつ堀進め、侵食していった。

小学生の頃になるとすでに様子がおかしかった。みんなが放課後公園で遊んでいるときに、僕は歯医者にいた。みんなが鉄棒なんかでクルクル回って遊んでいるだろうときに、僕の口の中では鉄器がクルクルなんてかわいらしい回転とはかけ離れた、鬼のような回転を見せ、僕の歯に穴を開けていた。こんなことならちゃんと歯をみがけばよかった。強くそう思った。

でも通いに通って全部完治したんです。小学生にしてはえらくないですか。

歯医者は嫌だったけど、行きたくないなんてゴネることはなかった。口の中から押し寄せてくるプレッシャーが強すぎて、行かない方が後々まずいことになると、子供ながらに気づいていたのだろう。なにせ13本分だから。それからちゃんと歯もみがくようになったんだけど。なんでかな、僕って虫歯になりやすい体質なのかしらん。

また歯医者に通う事になるとは。まぁそんな気はしてた。虫歯とはきってもきれない運命だとはどこかで思っていた。再びの通院生活は高校生の時だった。みんなが彼女なんか出来始め、放課後デートなんかしているときに、僕は歯医者にいた。みんながラブラブしているときに、僕は歯医者から「あーんして」などと甘い言葉をかけられていた。なんだこの差は。ちゃんと朝晩歯みがいてたのに。そして彼女が欲しい。強くそう思った。

歯医者ではずいぶん辛い体験もした。「痛かったら手あげてください」と言われたので、いざ痛くてあげてみても取り合ってもらえなかった、なんて話はよく聞く。僕自身もそんなことしょっちゅうあった。頭にきたので痛くないのに手をあげたら、なぜかこんなときだけ聞き入れやがって麻酔の注射を追加されたこともある。

麻酔の注射、これが苦手でね。まぁ歯医者側からしたら、そうしないと強く攻められないっていうのもわかるんだけど。口の中に注射する。激しく痛い。歯医者はすぐ「痛くないですよー」なんて気休めを言う。本当に痛くなかったらそんなこと言わないはずだ。それにその注射何度目だと思ってる。痛いのは体がよく知ってる。歯医者ってどうしてこうなのだろう。

しかも僕の行きつけの歯医者がまたとんでもない。なにせ口癖が「あちゃー」なのだ。口の中にドリルを入れてキュイ-ンなんてやってると、急に「あちゃー」と言う。そんなのこっちからすればたまったもんじゃない。今こいつ何かミスした!?ねぇ!? ただでさえ恐い歯医者で、さらに不安が大きくなる。しかし治療中に自分の口の中は見れない。不安と戦いながら歯医者の施す治療を信じるしかない。手をグーにして強く握り締め、無事治療が終わるのを待つ。するとこの歯医者、しばらくしてまた「あちゃー」なんて言いやがる。今度こそしでかしたか? もう止めて!お願いだからやめて!あたいもう耐えられない!

まぁ毎回結局何もないのだが、いつまでたっても慣れないものだ。

口に麻酔を打っているときは口がうまく閉まらず、うがいをしても当たり一面に撒き散らしてしまう。すると歯医者の先生はそんな僕を見て、いつものごとく「あちゃー」と笑顔で言う。治療さえ終われば、その一言もなんだかのほほんとして悪くない、なんて思う。

さて、話は冒頭に戻る。また虫歯ができたっぽい。段々と無視できなくなってきた。また歯医者に行かねば。そして今度は新たな歯医者を探さなければならない。

僕の行きつけの歯医者は去年の春に、めでたく廃業となった。数多くの歯医者に行った僕からすれば、腕はよかったと思うんだけど。やっぱりあれが原因だったのかな。

僕は看板を外されたその歯医者の前を通ったときに一言だけこう言った。そこに通った者ならば、誰しもがその言葉を選らんだであろう。

あちゃー。

| コメント (2) | トラックバック (1)

2007年7月 6日 (金)

悪夢

Akumu 昨日、コンビニで買い物したらお釣りをシャリ(ご飯)で渡される、という夢をみた。疲れてるのかな。最近嫌な夢ばかりみる。受け取ったその手はべっとべとだった。

| コメント (8) | トラックバック (8)

2007年7月 5日 (木)

文章で綴る絵の世界

Eno ブログに添付しているイラストが今日でちょうど20枚になる。文章じゃわかりにくい世界を少しでも伝えられたら、と思って始めたのだが今じゃもう完全に趣味の領域だ。2分で終わるときもあれば、バランスがうまくいかず1時間近くかかることもある。あの程度の絵で1時間? あの程度の絵で1時間だ。

画力は確かにおっぺけぺだけど、僕は絵を描くのが昔から好きだった。実はペンタブレットなんて洒落たものも持っている。今一使いこなせていないけど、毎日のように好評稼動中だ。一度普通のペンと間違えて学校に持っていってしまい、そのときはへし折ってやろうかと思ったが思いとどまってよかった。かなり重宝している。これからも頼むぞ。

これは余談だが、僕の友達に、テストのときにシャーペンを忘れ、でもテスト中だから言い出せず、結局唯一持っていたマッキーでテストを受けたやつがいる。一度書いたら消せないし、小さい解答欄にマッキーは太すぎて答えがまったく読めなかった。当然ながら不合格である。

僕の絵のルーツは落書きにある。僕の教科書は、どの時期でも、どの科目でも落書きでいっぱいだ。友達の似顔絵や、可愛げのないキャラクター、不吉な詩などが散りばめられている。大学一年の時に、ある教科書の全ページに落書きをしようという一大プロジェクトが始まった。しかしその授業の時間全てを費やしてもおっつかない。仕方ないから帰りの電車の中でも落書きをする。それでも足りなくて、最終的には家で机に向かって落書きをしていた。暇な授業の退屈しのぎに始めたのにこれじゃあべこべである。結局最後まで目標を達成することはできなかったし、なんでそんな毒にも薬にもならないような目標を立ててしまったのかもわからない。

でもパソコンや落書きなんかは好きだけど、絵の具なんかを使う本格的なのはすごく苦手。高校のとき僕は美術の授業が嫌で嫌でしょうがなかった。別に描くのは嫌じゃないけど、縛られすぎてるのと、それによって成績が決まるのが気に入らなかった。自由にやらせてくれよ。技術だけを押し付けて、発想なんかは二の次だ。他の学校がどうだか知らないけど、うちの美術はみんなに同じような絵を描かせた。

あれは確か高校2年のことだったと思う。「果物をモチーフに絵を描け」という課題だった。僕は一生懸命そのテーマに沿って描いた。我ながらなかなかの集中力だったと思う。自分の絵だけに集中して周りが見えなくなっていて、「そこまでー」と少し間延びした先生の一言で我に返ると、急にどっと疲れが来た。達成感はあった。下手は下手だけど、僕なりに頑張った。

ところが、友達の描いた絵を見て僕は愕然とした。だって普通にオレンジやぶどうが描かれているのだ。しまった。果物をモチーフにってそういうことか。出題の意図を読み間違えた。

僕の絵は、頭がリンゴのお父さんが、同じくリンゴである子供の頭を弓で打ち抜こうとしている絵だった。タイトルは「ウイリアム家の虐待」。そんな絵を描いているのは周りを見渡しても僕だけだった。みんなちゃんと果物そのものを描いている。なんで僕はこんな絵を描いてしまったんだろう。そしてウイリアム・テルに謝れ。しかし描き直そうにももう時間はなく、仕方なく提出せざるをえなかった。あのときは本当に死にたくなった。僕はそれ以来美術が大っ嫌いになったのだ。

よく小さい女の子がお母さんの絵なんか描くと、やけに目が大きかったりする。そんなのってすごくかわいらしい。僕も小さい頃、幼稚園で家族の絵を描かされた。全然覚えてないけど、実際その絵があるんだからそうなのだろう。うちは両親と兄、そして僕の4人家族なのだが、僕の絵では5人いる。見方によっちゃもはやホラーである。きったない絵だけど、その5人目はたぶんウルトラマンだと思われる。ウルトラマンが母親の隣に立っている。

うちウルトラマンいたっけな?そう言われると我が家のご飯は5人分だった気がしてきた。ウルトラマンがジャムのフタを開けるのに役立ってた気がしてきた。なんでウルトラマンかと言うと、僕は当時ウルトラマンが大好きだったのだ。普段は強いのに、3分立つと廃人というギャップにもうメロメロだった。好きすぎてつい家族にしてしまったのだ。なんてかわいい少年なんだろう。

絵ってすごい表現だと思う。文章で長く丁寧に綴って、それでも至らない部分を、一瞬で伝えたりする。僕は文章の力を信じて疑わないけど、少なくとも僕の文章力じゃ絵に追いつけない部分がある。逆もまたリアルで、僕の画力じゃ文章に追いつけない部分があるんだけど。どっちが素晴らしいなんてナンセンスなことを言うつもりはない。

ブログを始めた当初は絵を付けるつもりなんて毛頭なかった。それが今じゃこうだ。何が起こるかわからないものだ。もしかしたら半年後には歌が流れるようになっているかもしれない。

半年先のことなんて、それが文章だって絵だって、描ききることなんて誰にもできやしないのだ。

そもそも半年後にはブログ自体が存在してなかったりしてね。

| コメント (4) | トラックバック (0)

2007年7月 4日 (水)

2の息子

2_1 はてさて昨日の火災報知器誤作動事件から一転、静かな夜である。火事になったときに何を持ち出すかという話を少しだけしたが、大事な思い出の品は一箇所にまとめておいたほうがいいと学んだ。

実家のある場所にもそういった一角がある。過去の思い出がたくさん詰め込まれている。最近は見る機会もないのでどうなっているかわからないが、過去に見たときには僕ら兄弟の学校の通知表なんかが入っていた。はっきり言って全然いらないけど。ヤギに食わせたいけど。

僕の小学校の通知表はすごくつまらない。通信簿って言ってたっけな。3段階評価で3が一番上、1が一番下というジャッジシステムだった。教科ごとに数字のスタンプが押される。

僕の通信簿には2しかなかった。国語も算数も2。社会も理科も2。図工も音楽も体育も2。オール2。可もなく不可もなく2。1年生の2学期から5年生の3学期まで全部オール2。本当の話だ。2のスタンプ以外売り切れてたんじゃないかと疑ったが、友達のを見せてもらうと、ちらほら3がある。

学校側が僕におした烙印は「普通」だった。全部普通だった。なんのドラマもない。最初の頃こそ通信簿を手渡される度にドキドキもしたが、学年が上がるにつれ、いつしかそんな緊張も薄れていく。だってほぼ5年間も続いたのだ。2ばっかり。走っても走っても2が追いかけてくる。どうやってモチベーションを保てと?

本人がそうなんだから、子供の成長を見守る親にしたって変わらない。最初は通信簿をもらった日の夜は一大イベントだった。通信簿を睨む両親の前に座り、一言を待つ。親は、今思えばポーズだけで本当は何も考えていなかっただろうが、「まぁまぁだね」だの「現状維持だね」などと、それらしいことを言っていた。ところが、いつまで経っても息子の通信簿には2しか記載されない。終いには「2?」と一言だけだけ聞いて、僕が頷くだけで終わる始末だった。怒るにも怒れないし、褒めるにも褒めれないし、親だってこんな普通の息子の成績にさぞ退屈だったであろう。

だから6年生になって3をとったときはビックリした。ビックリというのもおかしな話だが、僕にとって通信簿は2の紙だったから。嬉しいっていう気持ちも、そりゃ少しはあったけど驚きのほうが強かった。教科はなんだったかな。別に例年に比べ、何か特別な事をした覚えはないが、でも3が2つ3つあった。そのときは親も喜んでくれたと思う。

小学校の通信簿には保護者が一言書く欄があった。他の小学校もそうなのかは知らないが、少なくともうちの学校にはあった。ここにババァが調子乗って書くわ書くわ。本領発揮である。「今年も2ばかりの成績で・・・」などはまぁしょうがない。ただ「息子が夜中に台所を徘徊している」だの、「息子が犬の首輪を自分につけようとして、首の筋を痛め病院につれていった」だの余計な情報を次々と先生にリークする。挙句の果てには「最近お母さんは朝ごはんに凝っています」などと僕にまったく関係のないことまで書いていた。日記じゃねぇんだから。独特の丸文字で好き勝手暴れていた。

中学高校も別に目立つような成績はとらなかった。中の下ぐらい。高校最後の期末テストでちょっと本気になったときは、それなりに優秀な成績を収めたのだがそれぐらいか。兄貴がまた飛び切りのご陽気な成績を取っていたために、うちの息子達はバカだというイメージが勝手にババァの中にに植えつけられていて、普通にやっていた僕まで何故かそこに含まれている。たとえ最後の期末で優秀な成績をとろう、その程度じゃイメージは拭えず、僕は今でも勉強できないと思われている。それなりに頑張ってはいるつもりなのだが。

中学高校の通知表は、小学校に比べて少しだけ複雑になる。数字系にめっぽう弱いババァにはちと把握しきれなかったのかな。教育ママの反対の単語を僕は知らないが、もしあるとするならばうちのババァがそれだろう。ババァは僕ら兄弟をそんな物差しで計ることはなかった。そんな物差しは高くて買えなかったのかもしれない。僕らの成績に興味がないって言うんじゃない。自分の理解できる範囲で理解しようとしていたのだ。授業参観だって仕事を休んで来てくれた。

大学の成績通知なんかはもうほとんど理解ができない様子だ。確かにうちの大学の成績通知はわかりづらい。在学生の僕にとってもそうなのだから、ババァにとっては尚更だ。それぞれの科目名の横に書かれている、取得単位の2だの4だのを見て、「これ何段階評価?」などと言っている。ちょっと説明しても「偏差値ってこと?」などと言い出す。そんなわけないだろう。偏差値2ってあんた。虫だってもっととれるよ。あんたも大学出てるじゃない。一体何をやってたの?

はっきり言ってどんな悪い成績でもいくらでもごまかせると思う。でも親がわからないからって手抜くのは不細工だ。わからないからこそ心配かけたくない。いい成績をとったところで、今更褒められる事なんてなけど褒められたくてやってるわけじゃないしな。こんなこと言うのもアレだが、僕は勉強が嫌いじゃない。大学での勉強は時に楽しいとさえ感じる。でも例え留年したって、うちのババァは笑い飛ばしてくれるだろう。それが斉藤家のスタイルだ。

自分で言うのもなんだが、僕は今授業もちゃんと出てるし、人に見られても恥ずかしくない成績をとっているつもりだ。それは好きにやらせてもらってるババァに対するけじめというか、まぁ恥ずかしいけど僕なりの一つの恩返しでもある。

今年もそろそろ前期が終わり、またババァの元にわからない成績通知を見せるだろう。でも本当の意味じゃババァに僕の成績は見えない。仮にそれがどんな優秀だって、ババァの中では僕はバカなのだ。でもそれでいい。

わからなくても今でも「通信簿見せて」って言うその姿勢に、小学校からの通知表をしっかり保管している思いに、僕なりに温度を感じてんだぜ。大学の成績通知は「通信簿」なんて本当は言わないけど、それでいいよ。わかんなくたってちゃんと歩み寄ってくれてるんだよな。

そんな母親らしくない母親に、でも僕は1をつけられない。でも3はもっとつけられない。2の息子には2の親でいい。だがそれは決して「普通」という意味の2ではない。

僕はやはり2から逃げ切れない運命にあるらしい。

| コメント (2) | トラックバック (0)

2007年7月 3日 (火)

SOS

Sos_3   ドア一枚隔てた廊下にて、けたたましい爆音が響いた。刹那、静かな夜が一瞬にして顔を変える。空気が歪む。緊張感が走る。何が起こった?部屋の中にいるから気づかないなんてレベルの音じゃない。と言うより、部屋の中にいても気づけるレベルじゃなきゃ意味がないのだ。このマンションに住んで始めて聞く音だった。それでもドアを開けずとも音の正体はわかった。火災報知器。まず間違いない。

 ドアを開けてみればその通り、火災報知器だ。気分を害すような音量で異変を知らせている。異変?火災報知器が知らせる異変なんて一つしかない。そんな名前の報知器だ、当然火災である。おいおい、マジかよ。なんてこった。

僕は瞬時に廊下の窓を開けて下を見る。特に異変はない。煙も匂いもない。でも報知器が鳴っているんだ。こいつがする仕事なんか一つしかないんだ。

僕は急いで部屋に戻り、カバンに財布やら携帯やらを詰め込む。火事になったらパジャマを着たまま枕を持って逃げるのに、謎の憧れを抱いていたが、いざ窮地に立たされるとそんな余裕なんかあるわけがない。枕なんかいるか。とりあえず金目のもの。大事なもの。

当然エレベーターはダメだ。非常階段を使う。なるべく大きく息をしないように。小学校のときによく避難訓練をやった。そこでの習った教訓、おかし。「お(押)さない、か(駆)けない、しゃべらない」のそれぞれの頭文字だ。無理だ、一つも守れない。ドアは押さなきゃ開かないし、1秒でも早く脱出したいのにかけないだなんて。それにあのベルを聞いて以来、僕はずっと一人でしゃべり続けている。僕は助かる、僕は大丈夫。

階段が異常に長く思える。ここに来てもまだ煙はない。

そしてなんとか脱出成功。無事外に出れたのだ。しかしそこには誰もいなかった。おかしい。確かに僕は規則を守らずかけて逃げたが、それにしたって持ち出す荷物をまとめたりしていた。僕より早く逃げることは悠々可能だったはずだ。あの騒音に気づかないはずがない。夜の12時だぞ。みんな家にいる確立のほうが高い。それなのに。

ビルは普段となんら変わらない姿でそこにある。ただ外に出ても火災報知器の音は聞こえてくる。しばらく外で一人ポツンとしていると、消防車やらパトカーやらが集まってきた。いよいよ修羅場だ。

消防隊員たちがビルの中に次々と入っていく。みんな無事でいてくれ。顔も知らぬ住民の無事を祈る。隊員たちはものの10分かそこらで次々と出てきた。そのうち火災報知器の音も止まった。何だ、何が起こったんだ。

そのとき一人の男がビルに入っていった。消防隊員のような重装備じゃなく、Tシャツに短パンというラフな姿だ。消防隊員たちも彼を止めない。誰だ、特殊部隊か?この男が残された住人を救ってくれるスーパーマンなのか?男はエレベータの前で鍵につけたキーホルダーで遊んでいた。違う。特殊部隊でもスーパーマンでもない。住人だ。普通の住人だ。何もなかったのか?

そう、結果から言えば誤作動だった。何もなかったとわかり、住んでいる階に戻ると、偶然同じフロアに住んでいる人に会った。話を聞くとすでに誤作動に気づいていたらしい。僕と同じように廊下には出てみたが、煙も匂いもない。いろいろ調べてみても異変もない。そこで確信したらしい。他の住民がどうだかは知らないが、きっと逃げ出してこなかったのをみると彼と同じなのかもしれない。あの状況下でなんてクレバーなんだ。なんてクールなんだ。それに比べ僕はなんだ。一人で取り乱し、挙句の果てに片手にノートパソコンを抱えている。恥ずかしい。

誤作動か。ふざけんなとも思うけど、でも誤作動でよかった。何もなくて本当によかった。普段クールに装ってはいても、こうゆうところでボロがでる。僕ももうちょっと大人になろう。落ち着いて生きよう。住んで2年になるこの部屋で、愛着もそれなりにあったつもりだけど、持ち出すものがパソコンしかなかったのには少し考えさせられるものがあった。本当に大切なものは・・・。僕は写真や手紙などを一つにまとめた。共に生きてきた思い出の品々。失ったが最後、もう2度と戻ってくることはない。お金じゃ買えないんだ。今度何かあったら一緒に逃げよう。パソコンなんてまた新しいのを買えばいい。

今まで21年間生きてきて、一度も家が火事になったことはない。それはすごく幸せなことだけど、当たり前ではないんだな。

避難訓練で得られなかった、これが本当の教訓だ。次に火災報知器がまた鳴ったそのときに生かす。消防車もパトカーも去り、また静かな夜が訪れた。

高校時代にうちに友達数人が泊まりに来たときに、僕たちはイタズラで、寝ている一人の友達の髪に火をつけてみたことがある。今思えばかなり危険な遊びだ。髪の毛に火をつけると、ちょっとだけその部分だけチリチリになる。それが面白くて。僕もやられたことがあり復讐のチャンスを狙っていた。ところが彼はワックスでもつけていたのだろうか。火が次々と伝染していった。僕らはそれを慌てて消す。本人はといえば、のんきに「おはよう」などと言っている。ごめん、お前前髪ないんだけど。

さて、先の教訓が次に試されたのは、わずか4時間後のことである。またしても火災報知器が誤作動を起こした。しかし寝起きを襲われた僕の頭じゃその事実に気づけない。

そしてまた僕はパソコンを小脇に抱え、外で一人ポツンと立つ。朝の5時のことだった。

| コメント (2) | トラックバック (1)

2007年7月 2日 (月)

鼻うがい

Hanaugai 風邪をひいたことは先のブログにも書いたのだが、その後の容態がまだ芳しくない。

僕は昔から風邪を長引かせるタイプだ。まぁ原因はわかっている。確かに今まで僕は、風邪をひいてもあまり安静を守らなかった。汗をかけば治ると思い、ジョギングをしてしまったこともある。確かに僕が悪い。

しかし僕はその若さを反省した。これからはしっかり治そうと決めた。だから今回の風邪に関して言えば、僕は大人しくしていたはずだ。以前のように「神が悲しんでおる」などとわけのわからぬトランスをし、雨の中を傘もささず神の怒りを静める踊りをこ一時間繰り返した覚えもない。

しかし長引く。熱は引いたし、喉の痛みもなくなった。ただ鼻水だけが止まらない。永遠に出るような気すらしてくる。かんでもかんでも湧いてくる。だから僕の近くにはいつも、使い終わったティッシュペーパーが山積みになる。まるで中2男子の部屋のゴミ箱の中のようだ。これを通った道に落としていけば、帰り道に迷うことはなくなるだろうけど。資源の無駄使いもいいところ。みなさんに申し訳がない。ただ、資源を守ろうとティッシュを使わず、鼻水を垂れ流しにしているほうが世間的には完全なアウトである。難しいところだ。

そんな折友達がアドバイスをくれた。そんな症状には鼻うがいがいいらしい。

知ってるよ、鼻うがい。あれ、苦手なんだよな。ツーンとするじゃない。それがすごく嫌で。うまくできない。鼻から水を入れて口から出すって。雑技団じゃないんだから。

僕がそう言うと友達は全てを見透かしてたかのように続けた。

今は鼻うがい用のセットが売ってる。自分も鼻うがいが苦手だったが、それを使ったらうまくできた。そして最後に、そんな地味な雑技団があってたまるか、と付け加えた。

な、鼻うがいのセットだと?そんな便利なものがあるのか。すごい世の中になったものだ。さっそくその友達を連れて、学校帰りに買いに薬局へ行く事にした。ちょっと痛い出費だが、これで無事治るなら安いものだ。この先のティッシュ代も考えても、こっちのほうがお買い得だろうし。僕はそれを買って家で試してみることにした。

箱を開けてみれば、ちょっと形の変わったスポイト。そのスポイトと液体の薬品ボトルが入っている。しかしこの薬品がすごいのだ。なんでも体液と似た成分でできていて、鼻にいれても痛くないそうだ。要するにあの、ツーン、がないらしい。その難関さえ越えてしまえば、あとはなんのことはない。素晴らしいじゃないか。この薬品をスポイトに入れ、それをさらに鼻に入れ、噴出する。口に出てくるまで連打するらしい。そうすればあっという間に鼻うがい、というわけだ。なるほどね。

一しきり説明を読み、トイレに立とうとすると、一緒にいた友達が準備をしといてくれると言う。ネルネルネルネもうまく作れない僕だ。こうゆうのは任せたほうがいい。さすが鼻うがいの先輩だけあって、手馴れた手つきだった。僕は安心して尿を済ませ、友達のもとに戻った。

そしてスポイトを受け取り、今度は洗面所に行く。説明通り鼻に突っ込んでみる。あとは押すだけで中の液体が出てくるのだ。それでおしまい。だが恐い。本当に大丈夫か。本当に痛くない?

心配で固まっているそんな僕を見て、友達が近くに来てくれた。笑顔だ。「大丈夫だよ」、経験者の言葉はなんと心強いものか。君のアドバイスがなければ僕はこの地点に立つことはなかった。君がいなかったら今でも、鼻水って電気発電に使えないかな、なんてくだらないことを考えていただろう。そんな僕に手を差し伸べてくれてありがとう。少し恐いけどやってみる。やってみるよ。

僕は1度だけ強く頷き、そして恐る恐るスポイトを押した。説明にもあったように中の液体が鼻に入り込んできた。

・・・ん?ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。っはっはぁぁぁぁぁぁ。

い、い、い、痛い!い、い、い、痛いよ!な、何これ!?

僕はのたうち回った。しっかり痛い。しかもツーンなんてレベルじゃない。そんな小学生が打つトライアングルのようなかわいらしいものじゃない。2キロほど助走をつけた力士がそのまま寺の鐘に激突したような衝撃だった。誇張でも何でもなく涙が出た。鼻から入れたのが口からではなく、目から出てしまった。説明通りじゃないじゃないか。こんなの不良品だ。友達は大笑いしている。なんでこんなときに笑ってんだよ。

僕は洗面所から部屋に戻る。もう一度説明書を読んでみても同じことが書かれている。体液に近いので痛くないと。なんで? 僕の体液は人と違うのか? そういえば血液型占いで1位になってもいいことがあった覚えがない。人としての自分を疑う。鼻はまだ痛む。

友達はのんきそうに「もう一回やってみれば」なんて言っている。冗談じゃない。こんな思いはもうたくさんだ。なんなんだよ、この薬品。僕は怒りを込めて、その薬品を手に取った。

・・・?あれ?薬品未開封じゃん。いや、でもさっき確かに僕は液体を鼻に入れた。今でも痛む鼻が何よりの証拠だ。でも薬品は開いていない。じゃあさっき僕が鼻に入れたのは何?

薬局からの帰り道、友達がコンビニで買ったサイダーがちょっと減っていた。なるほどね。

・・・野郎、盛りやがったな

そりゃ痛ぇよ。サイダーってお前。お前には病人を労わるとかそういう健全な精神がないのか。そりゃ笑いながら近寄って来るはずだ。ふざけやがって。人としてのこいつを疑う。

僕はわいわいしながら友達を追いかけた。待て待てー。友達はわいわいしながら僕から逃げた。逃っげろー。僕らは部屋の中を駆け回った。逃げるあいつと追いかける僕。

自然と安静も僕のそばから逃げていくのに、僕はそれに気づけない。こうしてまた風邪が長引いていくのだった。

ちなみに、鼻うがいセットは正しい使い方をすれば本当に痛くない。効果があるのかどうかはまだわからないが、薬品の代わりにサイダーをいれても効果がないことは僕が立証した。

| コメント (4) | トラックバック (1)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »