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2007年8月

2007年8月30日 (木)

ブザービーター

Bz_2 残された時間は2秒。「あきらめたらそこで試合終了ですよ」。頭の中でその言葉がこだまする。集中しろ。額の汗も、乱れる呼吸も、全ては勝利のためだけに。勝ちたい。いや、勝つんだ。

パスを受けた刹那、僕は高くジャンプする。繰り返し体に覚えさせたシュートフォーム。左手は添えるだけ。

「一緒にバスケやらないか」。そう誘われた日のことは今でもはっきり覚えている。その一言があったおかげで今僕はこのコートの上に立っているのだ。本当に感謝している。元々体を動かすのは好きなほうだし、何より退屈な日々だった。だから参加を決めた。軽い気持ちでバスケットを始めたと言われても仕方がないとは思う。でも今ははっきり思う。僕は、このチームで勝ちたい。強く、強く、そう思う。

「あの、メンバー足りないんだけど来てくんない?」。そう誘われた日のことは今でもはっきり覚えている。だって昨日のことだから。その一言があったおかげで僕はこのコートの上に立っているのだ。本当に感謝している。最近1日の4割方をパソコンの前に座っていることに気づいた。だから参加を決めた。場所も家からすぐ近くの小学校の体育館だし。軽い気持ちでバスケットを始めたと言われても仕方がないとは思う。でも当人からしたら大問題なのだ。でも今ははっきり思う。なんか足痛い。強く、強くそう思う。

「あ、マジで周り社会人のおっさんばっかりだから大丈夫だよ。」。昨日のその誘いにのったことは今でもはっきり覚えている。その一言があったおかげで僕はこのコートの上に立っている。本当に感謝している。別に今までの人生で人より長くバスケットボールに触れていた憶えもないが、おっさんばっかりなら大丈夫だろ。若き力を思い知らせてやるぜ。軽い気持ちでバスケットを始めたと言われても仕方がないとは思う。でも今ははっきり思う。なんでこのおっさんたちはこんなにうまいのだ。あの身長2メートルぐらいあるブロッケンみたいなやつどうにかしてくれ。強く、強く、そう思う。

「・・・女の子応援来るぜ」。その誘いの一言が、明らかな参加への決め手になったことは今でもはっきり覚えている。その一言があったおかげで僕はこのコートの上に立っている。本当に感謝している。おっさんばっかりの中で、僕一人若者。これは願ってもないシュートチャンスだ。よっしゃ、いっちょいいとこ見せてやりますか。そうすればかわいい女の子が、きっと試合後ポカリを受け渡してくれる。軽い気持ちでバスケットを始めたと言われても仕方がないとは思う。でも今ははっきり思う。その女性陣を世間一般では女の子とは表現しない。どうやっても僕には熟女としか思えない。しかも応援どころか飲み物と軽くつまめるもの持ち寄って世間話をしてるだけだ。なんという座談会。試合よりあっちのほうが盛り上がっているのが気になるところだ。うわ、あのおばさん、口からゲソ出てるよ。こんなの僕の習性を利用した詐欺じゃないか。強く、強く、そう思う。

「うわ、あいつまた外しやがった」。二度とは誘われないと思う。この試合は僕に残されたラストチャンスだ。このメンバーでできる最後の試合。彼らと過ごしたたった1時間余りの時間を僕はきっと忘れない。彼らと同じコートに立てたこと。バカみたいに蒸し暑い体育館の中。滴る汗が宝石のようにキラキラと輝いて。ほんの少ししか力になれなかった。でも最後のボールを僕に託してくれた。「あいつはほっといても自滅するから大丈夫」。相手のそんな目論見で僕はフリーになっていたのかもしれない。ただそれだけで僕にこんな大役が回ってきたのかもしれない。それでもいい。最後のパスを僕にくれたこと。最後まで信じて使ってくれたこと。本当に感謝している。これが最後のワンプレー。最後のシュート。ありがとうみんな。強く、強く、そう思う。

シュートと同時にブザーが鳴った。放ったボールは、チームみんなの願いを乗せて、綺麗な弧を描いた―――。

―エピローグ。

試合が終わって続々と片付けを始めるメンバーたち。僕はなかなかベンチから立てずにいた。そんな僕のとなりに、僕を試合に誘ってくれたあの人がそっと座った。

「今日は本当ありがとな。負けちゃったけど、よく頑張ってくれた。最後惜しかったなぁ。いや、でもビックリしたよ。お前、これ入ったら勝ち、みたいな顔してんだもん。そんなバラエティー要素ないからね。18点差だからね。」

だって試合終了2秒前で18点差。至極普通に負けました、なんてブログに書けるわけもない。ちょっとぐらいドラマもないとこっちはやっていけないんです。

僕もようやく立ち上がって片付けを手伝う。ボールを拾って倉庫に向かう。あぁ、全然ダメだったな。せめて最後だけでも決めたかった。僕は倉庫の一番近くのゴールの前でシュートを放ってみた。リングに弾かれたボールが元いたベンチのほうに転がっていく。僕は最後の気力を振り絞って、ボールを追った。

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2007年8月29日 (水)

見た目は子供 頭脳は大人 家は借家

Mitmaeha_2 つい最近の事、居酒屋に入った折に年齢確認を要求された。21歳になった僕が未成年に見られたのだ。僕は小踊りするほど嬉しかった。いや、気づいていなかっただけで、足は小粋なビートを刻んでしまっていたかもしれない。それだけで軽く酔っ払えたので、お会計を済ます事も考えたが、せっかくなので一杯飲んでいこう。免許を提示すると店員は笑顔で店の奥へと案内してくれた。僕は笑顔でそれについていった。

僕ははっきり言ってかなり若く見られたい。いつだって若くありたい。もし詐称してもこれといって問題がない場合、僕はいつも年齢欄に「16歳」と書いている。そしてそれがバレないかどうかヒヤヒヤして過ごす。大学の健康診断で、いつも通り16歳と書いたときは怒られた。まぁ看破されて当然だ。だって大学にそんな年のやつはいない。高血圧で再検査の指示を受ける自称16歳斉藤アナスイ。我ながらひどい学生である。

僕はよく童顔だと言われる。褒め言葉としてではなくて、自分でもそう思う。高校時代や大学入学当初の写真を見れば、そりゃ失われたイノセントワールドを感じざるをえないのだけれど、それでも同年代よりは何かと若く見られる。つい最近まで通っていた教習上で、僕はとある女の子と出会った。世間一般で言う、ギャルというカテゴリに属する子だった。その子からこんな質問が提供される。「え、年いくつ?」。このギャルは初めて会話を交わしたときからずっとこの調子だ。タメ口をモーニングスターのように振り回す。僕はそのとき正直に「21だよ」と答えた。ギャルが大げさに驚いた顔をする。「マジで!?ちょーウケる!」。やったーウケた。21はウケると、メモメモ。今度合コン行ったとき使おう。いやいやおいおい。いやおいおい。ちょっと一回落ち着こうか。こいつ年聞いて笑ってるよ。おかしいだろ。さっき僕の渾身のネタをエリートマタドールのようにスルーしたくせに。どうやらギャルは僕のことを年下だと認識していたらしい。年上とわかってもなお、至って当たり前のようにタメ口なのは、きっと不躾教祖から礼儀を重んじるなと洗脳されているからに違いない。19の子に年下と思われるのは世間的にどうなのだろう。僕はまったく悪い気はしない。

その反面大人っぽいという形容詞にいたずらに憧れを抱いていた時期も確かにあった。「大人っぽい」と「男の色気」は、同じ、とは言わないまでも、密接に関係しているのは間違いない。そして計り知れぬ男の色気を手にした男は、総じて、計り知れぬほどの異性からのニーズがある。だとしたら何としてでも、このモテポイントを自分の履歴書に書けるようになりたいものだ。僕は過去にあご髭を伸ばしていた事がある。それこそ男の魅力を思いっきり意識してのことだ。セクシーだと思ったのだ。僕にだって調子に乗る権利ぐらいはあるのだ。まだかまだかと成長を待ちわびる事幾年月。ある日僕はあご髭をその手で掴めるようになっていた。当初の予定まで伸びたのだ。魅力的かな。セクシーかな。似合うかな。モテるかな。鏡を覗くと、中には「妖怪 なんか汚いの」がいた。いくつもの差別用語がしっくりくる風貌だった。伸びるのには時間を要するけど、剃るのは本当にあっという間だ。僕のあごから髭がなくなった。本当にあっという間だった。ダメだ、やはり僕には大人の色気は向いていない。

女性は男性に比べてより若く見られたがる傾向にあると思う。少女は大人っぽく見られることを望み、女性は若く見られる事を望む。女性に対する褒め言葉に絶対的な最大公約数がない。女心は複雑だ。それに比べたら僕らぐらいの男は単純だから。かっこいいと言われるためなら、カブトムシと本気でケンカだってする。かっこいいと言われるためなら、ご飯に輪ゴムをかけて食べる。いや、実際他の男は知らないけど少なくとも僕はそうだ。世の男性はきっと大人っぽいというセリフを褒め言葉ととる割合が多いのだろう。僕なんかは例外なのだろう。永遠の16歳、とかその気になったら言える。そのうち誕生日に1つずつ年を減らしていくようになる可能性もある。僕は一体どこに行きたいんだろう。

若くありたい。若く見られたい。永遠の16歳。なんてったってアイドル。

そんなことを言うとババァはいつもこう返してきやがる。

「若いねー」

望んだはずの若さなのに、この一言は素直に喜べない。何だろうな、きっと「未熟」の意が内包されてるからなのだろう。うん。

おばあちゃんの友人が言っていたのだが、電車などで席を譲られるのは、好意の心は別問題として、それほど嬉しいことでもないらしい。中にはこういう人もいるんだな、と思う。自分はまだ若いし年寄り扱いして欲しくない、ということなのだろう。僕から見たら老人どストライクだし、イエス!パーフェクトシルバー!という感じなのだけど。でも僕が掲げる若さより、このおばあちゃんが見ている若さは、ずっと真理に近いような気がする。

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2007年8月28日 (火)

お願い

最近ミクシィにまた顔を出し始めました。「斉藤 アナスイ」で名前検索すれば出てきます。読者の方々とも絡んでみたかったので、ミクシィやってるよって方がいらっしゃいましたら、どうかマイミク申請してやってください。手ブンブン回して喜びます。何卒よろしくお願いします。

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2007年8月27日 (月)

一兎二兎

Ittonito 何でも両立というのは難しいもので。右を立てれば左が立たず。そういうことはこの社会においてよくある話だ。まぁそれは仕方のないことでもあるのだが。勉強をすれば遊べなくなる。薬を飲むと眠くなる。一人暮らしをすれば生活が苦しくなる。ブログを書けば外に出なくなる。サッカーをすれば相撲ができなくなる。いくらでも例はある。特に時間の使い方は全てにリスクを伴う。寝ている間は起きれないのだ。あれもしたいこれもしたい。でも一つの体では限界がある。

よく「仕事と私どっちが大事なの?」というセリフを耳にする。この手の話の典型である。いつも仕事で家庭をかえりみない夫に。いつも仕事で相手をしてくれない彼氏に。その一言で緊迫した空気が漂う。それに返す次の一言が、今後の2人に大きく影響してくることは明白だ。さぁあなたならなんて答える?
口に出した言葉がいつも真実であるとは限らない。またその必要もない。嘘か本当か、それより大切な意味が込められた言霊がある。今のところ心配はないが、いつかもし僕もそんなことを言われる立場になった時に備えて、今のうちに理想的な答えを考えておきたいと思う。是非僕の答えは参考にしないでいただきたい。


「仕事と私どっちが大事なの?」


回答例1、「もちろんお前さ」

限りなくベターな答え。とりあえず間違いはないだろう。おそらく質問をした「私」もそう答えて欲しくて聞いたに違いない。レッツ円満生活。ただこの場はうまく収まっても、少しは行動を改めないと、また修羅場に発展する恐れがあるので油断は禁物。何度使っても色あせないほど、できた答えではない。

回答例2:「もちろん仕事さ」

別れは近いと思われる。できればさけたほうが無難。仕事を大事にした結果、そう聞かれたのを忘れてはいけない。「もちろん」が尚更頭にくる。ただ、できる男の演出としてはありなのかも知れない。この回答に対しての責任はとらない。冷たくするなら最初から、優しくするなら最後まで。

回答例3:「両方大事さ」

気持ちはわかるが欲しがりすぎ。そりゃみんなそうだけど。志が高くも見えるが、実ははっきりとした答えが出せていないだけ。以前定食屋で「お茶とお冷どちらにしますか?」と聞かれ「両方」と答えたのに、結局お冷しか飲まなかった。次に行った時も同じことを言ったら、お冷しか来なかった。

回答例4:「両方大事じゃない」

血も涙もない答え。お前は何が楽しくて生きているんだ、ということになる。人生をやり直すことをお勧めする。よほど素敵な趣味でもあれば別だが。それにしても極悪。せめて仕事に負けたかった。「私」もこんな男と付き合っちゃいけません。

回答例5:「じゃあ仕事をしてる僕と仕事をしてない僕とどっちが大事なの?」

そりゃ仕事をしてる僕だけど。働いてもらわなきゃ困るのは、確かにそうなんだけど。そう言われたら言い返せません。高い攻撃力を持つが嫌な答えではある。相手を黙らせれば勝ち、とかそういうゲームじゃない。「私」のほうが収入が上だったりすると効果は半減する。

回答例6:「ごめん、今仕事中だから」

だからね。そういうことだから言われるんです。ちゃんと取りあってあげないと。この回答を言い続けると、先の質問とエンドレスでループする可能性があるので要注意。そうなったら仕事も人間関係もうまくいきません。

回答例7:「ヒントをください」

決してナゾナゾではない。お前が答えを出せ。お前の答えがどうあれ正解だということを、今一度認識しなければいけない。もしこれに「わ、で始まって、し、で終わる3文字」などとヒントを出す「私」だったら、ちょっと大事にしたくもなるが。

回答例8:「死んでお詫びいたします」

重い。むこうも謝ってくるだろうが、それは決して解決ではない。

回答例9:「ごめーんちょ!」

軽い。悪ふざけが過ぎる。鈍器で殴られても仕方がない。次に会うのが法廷になる。

回答例10:「の、の、のし袋」

決してしりとりをやっているわけではない。悪ふざけが過ぎる。こんな答えを出してるようじゃ絶対のし袋は届かない。「ん」はついていなくても負けは確実。

回答例11:「え?」

ちゃんと聞いてください。

回答例12:「ハンバーグがいいな」

ちゃんと聞いてください。



いくつか答えを上げてみたが、回答例1以外はどうにも使えそうにない。もっと完璧な答えを探さなければ。

その前に、夢中になれる仕事と「私」を探さなければ。

どこかにないかと布団をめくってみる。

探してたテレビのリモコンとライターが出てきた。

時々こうゆうこともある。

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2007年8月26日 (日)

僕の声に

Bokunokoeni_2  この前秋葉原に行ったことを書いたが、そのときにステレオヘッドセットを買った。ヘッドホンとマイクが一緒になった近代的代物だ。かなりかっこいい。これをつけて街を闊歩したい。痛い出費ではあるが、これが実に有意義な買い物なのだ。

みなさまはスカイプというものをご存知だろうか?簡単に言えばパソコンからつなぐ電話のようなものだ。少なくとも僕はそう認識している。なんとこれが何時間だろうと、どんな距離だろうと無料で使えるのだ。例えばニュージーランド人とヒツジについて熱く語っても無料。なんてうまい話だろう。タダと長電話が大好きな僕にとってはまさに最強の兵器なのである。ファンタが出る蛇口ぐらい強烈な魅力だ。

ヘッドセットを買ったのは、実はそのスカイプを始めるためなのだ。ヘッドセットと、ある程度快適なPC環境と、少しの勇気があればスカイプはできる。すでにかなりメジャーな存在らしいのだが、僕がスカイプの存在を知ったのはずい分と最近のことだ。それまでの僕は、しばしば電話料金に悩まされていた。一人暮らし先の電話回線はもっぱらネット専門で、うちには固定電話がない。だから通話は携帯電話からという事になり、毎月毎月それはそれは馬鹿らしい請求書が届く。死の宣告かと思う。あまりの法外な値段に、タチの悪いイタズラかと思って無視していると、本当に携帯が機能をやめるから笑えない。家にいるのに通話料金の高い携帯電話を使用。いやはや理不尽な話である。それをすべて解決してくれるのがこのスカイプだ。救世主だ。文明万歳。僕の身に起こる全ての不幸(親が僕の免許の写真を指差してゲラゲラ笑う、など)もきっと今までスカイプに出会っていなかったから避けれなかった、とすら思える。ネット上で情報を発見したときにはすでに、ヘッドセットをつけた自分を想像していた。ヘッドホンで入力。マイクで出力。僕にもできそうだ。電話料金が削れれば、あんなことやこんなことができる。たまにはお菓子も買える。え、もしかしてDVDとか借りてもいいの?グッバイ貧乏。ちっとも別れが惜しくない。ありがとうハイテク。もう手放さない。

家にかけこむ。小さいころ新しいゲームを買ってもらった日はこんな気分だった。ウキウキとする。早速装着しようと思って、買った店の袋からヘッドセットを取り出す。こんにちは。さぁ僕を救ってくださいな。でもこれがまたどうやっても開かなくて。なんだこれ。パッケージから物が出てこない。引きこもり注意との間接的な警告なのだろうか。なんか、こちらからお開けください、とかそんな天使のささやきはないのか。とりあえず力技でゴリ押す。んぎー。ダメだ。何だか嫌な音がする。さすがデリケートな近代兵器。ならばこちらも知能で勝負と、ライターで一点を熱して穴を開ける。パッケージの溶けたすごい匂いだ。燃えるゴミと燃えないゴミを分別する理由を体感する。スカイプに繋ぐ前に天国へ繋がりそうだ。負けるな、頑張れ僕。やっとこさ開いた穴にハサミを入れる。地味で小さくて誇れない仕事。母さんが夜なべをしてこんなことしているのを見たらきっと泣いてしまう。そんなこんなでようやく出てきたヘッドセット。さっそく壊れなくて本当によかった。これが産みの苦しみというやつか。あぁ、なんとかわいらしいこのフォルム。初めましてアナスイです。君は今日からうちの家族だよ。

すべてはスカイプのために。その後のばら色ライフを考えれば、そんな苦労など大したことはない。夢は広がる一方だ。スカイプをネットからダウンロードして、設定を済ませる。斉藤アナスイ、東京在住と。完璧。これで準備は整った。ヘイヘイカモンカモン。さぁ世界は僕の手の中だ。アナスイの声を世界へ!いざ出陣!

さぁ記念すべき一発目は誰に繋ごうか!・・・さぁ誰に繋ごうか。・・・んと・・・誰に繋ごう・・・。

・・・そうきますか。なんで行動する前に気がつかなかったのだろう。誰も繋ぐ人がいない。誰のスカイプ名もわからない。あれ?もしかして早くも終了?なにこれ。僕なんで先走っちゃったの?なにこのヘッドセットって。こんなの買ってどうすんの?僕そんな友達いないじゃん。なにスカイプって。ふざけないでくれるかな。そりゃ繋がなきゃ無料だよ。スカイプには先に挙げた条件の他に友達も必要らしい。

とりあえず最初から1件だけリストに入ってる音声通話テストに繋いでみる。これはマイクとかがちゃんと繋がってるかを試すために、自分の声を録音できるらしい。「あ、あ、あ、あ、あ」。しゃべってみた。「あ、あ、あ、あ、あ」。返ってきた。なるほどね。繋がっている。とりあえずそれを20回ぐらいやってみる。もちろん本意ではない。だってそれぐらいしかやることがない。ずっと録音した自分の声と会話していた。途中何度もくじけそうになるが、それでも何かを掴めるはずだと自分を鼓舞しながら。でも非常に残念だ。自分との会話に新たな発見は何もなかった。わかってはいたけど、認めたくなかった。時計を見ると2時間ほど経っていた。割と本気で死にたくなった。「あ、僕こんな声してるんだ」などの驚きを得るためにこうしてるわけじゃ決してない。なんて無駄で空しい作業だろう。母さんが、夜なべでこんなことをしている息子を見たらきっと泣いてしまう。もし夜遅くじゃなかったらきっと川原まで石を投げに行ってただろう。悩んでるあいつに教えてやろう。自分と向き合っても何の意味もないぜって。僕はそっとヘッドセットを外した。

ヘッドセットを買って数日が経つ。いまだに望んだ使い方はできていない。それでも諦めきれず、時々音声通話テストに繋いでみるが、やはり新たな発見はない。そんな愚痴を聞いて欲しくても、スカイプは繋がらない。

元気出せよ。

大きなお世話だ。

僕は僕の声に励まされない。

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2007年8月22日 (水)

秋葉原

Photo_2  小さいころそこは僕たちの遊び場所だった。子供たちの、そして大人達の、みんなの遊び場所だった。浮かれていたけどふざけてはいなかった。異空間だったけどみんなが居ついた。カルチャーの上にビルを建てた街、秋葉原。実家から10数分自転車をこぐとその町についた。

今行ってみると何だか落ち着かない。駅の出口から見渡す景色に少し戸惑ってしまう。立ち並んだ真新しい巨大なビルの数々。意識しなくても気づいてしまうほど金の匂いがする。僕は、たった数年でこんなに変わってしまった街を見たことがない。カオスな空気が薄れ健全になった。風が吹き抜けるようになった。それにさらされて色が薄れた。日陰がなくなって、い辛くなった。

このやたらとでかいビル。中で何が行われているかは皆目検討がつかない。ここには昔バスケットコートがあった。お金のない少年たちの遊び場だった。その横の広場では、スケートボードに乗った少年たちをいつでも見かけることができた。小学生のころの僕は、塾をサボってはいつもそこの椅子にこしかけ、ババァの持たせてくれた弁当を食べて、子供ながらのアリバイ工作をしていた。暇なんていくらでも潰せた。

お金を持った少年はメインストリートに出る。少年たちはゲームを買った。年にたった数度の贅沢だ。人気ゲームの発売日には、朝からの行列ができた。スーパーファミコンのソフトは驚くほど高かった。何の情報もなしに、パッケージのかっこよさだけでゲームを選ぶとえらいことになった。

その奥の通りはもっとごちゃごちゃとしていて。そこに立ち並ぶ店に、幼い僕はほとんど用事なんてなかったのだけれど、それでもにぎやかでいるだけで楽しかった。さわやかじゃなくて、でもそれが僕を許してくれるような気がした。

今更だがこんなことを言う。秋葉原が変わった。

秋葉原はいつのころからか、より秋葉原になろうとして、少なくとも僕の知ってる秋葉原ではなくなってしまった。もちろんその変化を喜ぶものもいるだろう。もちろんその変化に救われたものもいるだろう。だから結果としてプラスだったかマイナスだったかは、僕には答えが出せない。別に、僕は昔から秋葉原を知ってるんだぜ、僕に語らせろ、などとわけのわからぬ胸の張り方をするつもりもない。そんなんじゃない。地味で目立たなくて、それでも気になっていた同じクラスのあの子。そんなあの子を夏休み開けに学校で見かけたら、真っ黒に日焼けしてサンバのコスチュームを身につけていた。若干日本語もあやうくなっている。そんな心境だ。僕は寂しかった。いたって普通のセンチメンタルだと思う。

昨今アキバ系なんて言葉ができた。頭にバンダナまいてシャツを中に入れて。そんなイメージに定着したカテゴライズ。オタクの代名詞。はっきり言っておこう。そんなやつはいない。みんな普通だ。見下すな。僕もアニメ、パソコン、ゲームが好きだと公言するとたまにアキバ系などと言われる。オタクなどと言われる。ちょっと待ってくれ。僕はオタクじゃない。僕はあなたより、少しだけそれらに触れる時間と知識が多いだけだ。僕は決してオタクと言われるのが嫌というわけじゃない。むしろ、誰からもそう言われたら心から光栄だと思う。でも僕より知識が豊富な賢者を幾人も知っている以上、今の自分をオタクだとは認識できない。オタクは崇高だ。その冠は価値あるものだ。オタクが誰かに迷惑をかけたか。大抵の場合は親にしか迷惑をかけていないはずだ。ホラ見ろ、ダメなところはそれぐらいだ。オタクを個人的に嫌うのはしかたない。それは個人の範疇だから。モテることを放棄したやつがモテないのも、当然の真理だとは思う。でもオタクが社会悪みたいな捕らえ方は許せない。ネットに匿名で書き込んでやりたくなる。

合コンで酔っ払ってアニソンを歌ったのは僕が全部悪い。女の子が引くのもわかりきっていたことだ。誰か途中で消してくれ。せめてピエロにしてくれ。思い出しただけで涙目になる。僕はモテたい。僕はアニメ好きだ。でもこの二つは共存できない。うまく使い分けていこう。それは当然そうだと思う。モテようとしたものがモテるのは当然だ。だから自分の殻に閉じこもるものがモテないのも当然だ。何もしなくてもモテちゃうやつがいるのも、モテようとしてモテないやつがいるのも何かの間違いなんだ。きっとそうに違いない。モテたいがためにする努力というのは、アニメ好きだろうとそうでなかろうと、さして変わらない。海に行く前に腹筋をすることだ。

メイド喫茶が乱立して、駅前ではチラシを配るメイド姿をよく見かける。駅の横の広場では何人ものアイドルの卵がファンに写真を撮られている。頑張れ、頑張れ秋葉原。どんな道でもいい。ここは文化の街だから。異空間だから。負けないで、普通にならないで。僕にはもうわからない世界だし、この先なんの用もなく秋葉原に行くことはないだろうけど、この街は特別であって欲しい。

今は中野が熱いという。秋葉原の住人もそっちに流れてると言う。少し嫉妬する。僕は秋葉原が好きだから。でも中野も応援する。のびのびと趣味に走って欲しい。オタクから中野を奪わないで欲しい。オタクは遊牧民なんかじゃない。そこにビジネスを見出すのはけっこうだが、あくまでも気づかないようにそっと優しく奪って欲しい。

僕は秋葉原にも中野にもほとんど行かない。1人家の中から出ない。見たいアニメがあるのだ。

僕の初恋は2次元だった。僕は鬼太郎に出てくるゆめ子ちゃんが大好きだった。

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2007年8月21日 (火)

オリジナルカラー

Photo 二つあるうちの青いほうの蛇口をひねった。お湯が出た。

おやおや?熱いよね?これは、その、いわゆるお湯ってやつだよね?君は確か水担当だろう?どうしたんだい。しっかりしておくれ。それともなにか。僕の知らないうちに配置換えでもしたのかな?そっかそっか、お盆開けの配置換えか。そういうこともあるんだね。なるほどね、青をひねるとお湯が出る、と。

二つあるうちの赤いほうの蛇口をひねった。もっと熱いお湯が出た。

あれぇ?ちょっと君たち何してんのかな?どっちもお湯って。いやいやいやいや。それじゃ二つある意味がないじゃない。アイデンティティの欠落じゃない。君たち何のための差別化なのかわかってるよね?どっちもお湯なら一つでいいだろ。まさかそれを逆に個性だなんて言うつもりはないよね?いいや怒ってるとかじゃなくて心配してるんだよ?え、それとも僕の知らない間に水の出し方が変わったの?何か特別な手順を踏まないと水が出なくなったの?

二つある蛇口を二ついっぺんにひねった。お湯が出た。

二つある蛇口のうち青い方の蛇口をゆっくりひねってみた。お湯が出た。

二つある蛇口のうち赤い方の蛇口をゆっくりひねってみた。もっと熱いお湯が出た。

おいおい、ちょっとその辺でいい加減にしてもらえるかな。まったくイタズラ好きなんだから。困ったもんだよ。僕は暇人だけど、君たちに翻弄されるほどは暇じゃない。お湯じゃなくて水が必要なんだよ。わかる?お・み・ず!確かに冬場ならお湯もありがたいけどさ。違うじゃん。そうじゃないじゃん。ホラ、わかるだろ、この暑さ。な、水だよ水。いいからさっさと水を出せって。次ふざけたマネをしたら少年ジャンプの角で殴るからな。これは脅しじゃないぞ。痛いぞー。

二つあるうちの青いほうの蛇口をひねった。お湯が出た。

・・・さてここで問題です!氷は溶けたら何になるでしょうか!?ヒントは「み」で始まって「ず」で終わる2文字の言葉だよ!はい、回答権は蛇口くん!

二つあるうちの青いほうの蛇口をひねった。お湯が出た。

・・・そっか、わかったよ。お湯使うよ。まぁな。お前も大変だよな。毎日毎日年中無休で同じ仕事の繰り返し。なのに誰からも褒められやしない。そりゃお湯しか出したくない日もあって当然だよな。うん、思えばたくさん苦労かけたな。歯磨きのときも洗顔のときも僕は水を出しっぱなしにしてた。自分の事ばっかりで君のことを全然考えてなかったよ。僕はバカだ。大バカ者だ。ごめんな。こんな僕を許してくれるかい?普段は照れくさくてこんなこと言えないけどさ、僕ちゃんと君に感謝してるんだぜ?いつもいつもありがとな。へへっ、なんだか恥ずかしいな。

二つあるうちの青いほうの蛇口をひねった。お湯が出た。

・・・じゃあどうすりゃいいんだよ!?ちょ、お前よ!そこは空気読めよ!いいシーンだっただろ!?ここで水出してハッピーエンドだろ!このポンコツ野郎!ふざけやがって、垂れ流しにすんぞ!

二つあるうちの青いほうの蛇口をひねった。お湯が出た。

・・・あぁ、もうダメだ。詰んだ。ジ・エンドだ。歯磨きや洗顔は、幸か不幸か誰に会う予定もないので我慢もできるが、最悪なことにノドがカラカラだ。給料日前の今、生憎ミネラルウォーターやジュースを買えるような生活はしていない。水をくれ。頼む。渇きを癒してくれ。このままでは死んでしまう恐れがある。満身創痍で冷蔵庫を開けてみると、なんと実家から無断で持ち出したカルピスがあった。水分だ。奇跡が起きた。

蛇口をひねってカルピスを作ろうとした。お湯ピスができた。

うん、そうだよね。そりゃこんなのできちゃうよね。ちょっと期待した僕がバカだったわ。だってお湯だもんね。え?何?ホットカルピス?あ、そう、じゃあお前飲んでいいよ。ホラ、飲めって。このクソ暑い中ホットカルピスとやらを飲み干してみろって。口の中に目に見える後悔らしきやつが残るから。ホラ飲めよぉぉぉぉ!飲んでみろよぉぉぉ!

二つあるうちの青いほうの蛇口をひねる。お湯が出る。

確かにこの燦燦と輝く太陽の真下じゃ、倒れる人やおかしくなる人が出てきてもおかしくない。それはわかる。この異常気温だ。人間はいくら必死で生きたって弱い。鍛えようが知恵があろうが、ユーモアだってセクシーだって自然の猛威には勝てはしない。でもまさか家がいかれるとは。そんなことってあるんだな。こんなに鉄筋硬いのに。これは完全に推測だが、水を貯めるボイラー的なものがどこかにあって、それがこの熱気に晒されて、それで中の水の温度が上がってしまったに違いない。そうしてお湯と化したその液体が、僕の手によって我が家に召喚されたのだ。

仕方がないからお湯を飲むことにする。一体なんの罰ゲームなのだろう。死ぬよりマシだが最低の生活だ。

二つあるうちの青いほうの蛇口をひねった。お湯が出た。僕はそれをコップに注ぎ飲み干す。

僕の二つあるうちの両方から、お湯より熱い涙が出そうになった。

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2007年8月20日 (月)

悲しき遊具

Hottori_2 小さい頃の僕といえば、いつも1人で遊んでいた。友達がいなかったというわけではたぶんなく、家で1人で遊ぶのが好きだったのだ。大好きだった。1人遊びというのか。そんなものが滅法得意な僕だった。そりゃゲームもやったけど、そりゃテレビも見たけれど。それらは僕の中ではそれほど市民権を得ていなかった。僕の遊び相手はもっぱら人形たちだった。ようするに僕は魔太郎だったのだ。根が暗かったのだ。

いつも両手には人形があった。その周りにはもっと沢山の人形があった。僕はそれはもう多くの人形を持っていて、アニメだとか漫画だとかそういう垣根を越えて一つのワールドを作っていた。彩色された人形もあれば、一色むき出しのガチャポン出身もいる。プラスチックもゴムも手作りもいる。関節が動くやつは、色んな意味でよく動いてくれた。みんな兄弟だった。小さくても大きくても、ニーズがあるという点では平等だ。
僕は毎日毎日時間の許す限り彼らと遊んだ。リアルに生活の三割ほどを彼らとともに過ごしていたと思う。もちろん学校だってあったし、友達との付き合いもあった。その中で三割というのは自分でも呆れるような気の狂った数字である。

僕の考えたストーリーに沿って活躍する人形達。もちろんそこは男の子特有で、人形を戦わせるのがメインだ。ただいきなりバトルは始まらない。そこに至るまでのストーリーがきちんとあるのだ。その日によって違う主人公が仲間とであって、裏切られて。悲しみにくれて怒りを覚えて。それが長すぎて、バトルに至るまでに力尽きて寝てしまうことも少なくなかった。すごく楽しかった。当時無人島に何を持って行くかと聞かれたら間違いなく人形と答えていただろう。そして心から後悔しただろう。
お恥ずかしい話だが、中学生ぐらいまでバリバリ現役でやっていたと思う。本当にお恥ずかしい話なのがいたたまれない。僕にもし、発想力だのがあるとするならば、それはこの時代に培われたものだと思って相違ない。妄想だってそう。遊び自体が発想であり、妄想だった。

先日実家に帰った折りに、そんな人形たちと対面した。懐かしい。久しぶりだな戦友たちよ。ところがババァときたら「これもう捨てていいでしょ?」なんて聞きやがる。この初老は一体何を言い出すんだ。そんな愚行いいわけがない。僕からしたら「お前の思い出って燃えないゴミだっけ?」と言われているようなものだ。「お前の思い出と乾電池って一緒に捨てていいんだっけ?」と言われているようなものだ。僕は大きな袋に詰められた人形達をババァから奪い返し、自分の部屋へと走った。無抵抗の子供たちを悪い魔女から解放してやった。

その晩薄暗い僕の部屋で、同窓会が開かれる。変わらないなお前達。あれ、お前そんな色だった?そうやって一通り挨拶を済ませたあと、宴が始まった。あの頃のように、僕の部屋というステージで人形たちがそれぞれ持ち場につく。用意はいいかい?目をつぶんなよ。

21歳になってハードに人形で遊んでみた。やばい、これがまた意外といける。ストーリーはあの頃のファンタジーに少しだけ色気を加えて。色情絡みも今なら描ける。1人の女を巡って、幾多の伝説を残してきたヒーローたちが決闘をする。やっと勝ち残って女をものにしたと思ったらその女の中身が実は悪党だったという夢も希望もない切ないお話。誰も幸せにならないリアル。
人形たちが繰り広げる技もあの頃よりリアルになる。ビームだとかパンチ、キックだとかそんな単純なものではなくて。目潰しだとかパロスペシャルだとか鬼殺し2007だとか当時にはなかった技が増える。主人公が悪役にむかって地味にローキックでダメージを蓄積させたりする。大人の人形遊び。そう言うと何やら響きこそきな臭いが、実に楽しい。大人は夢中である。うへへへへ。

エピローグ、そしてNG集までが終わるころにはすっかり外は明るくなっていた。あぁ、あまりにも朝日。朝日は僕を現実へと戻す。僕は人形を元の袋へと戻す。夜通し人形遊びに興じた21歳。僕も少しだけその袋の中に入ってしまいたいと思った。

今僕は1人の時間を大抵パソコンのキーボードを叩いて過ごしている。それがいいとか、悪いとかそういう話ではなくて、でも客観的にみたら見下げられてもおかしくはないと思う。いやそれに関しては全然気にしないけど。1人のときぐらい好きにさせろ。
僕は物語を紡ぐ。僕はこのブログの中では主人公になれる。前代未聞の頼りない主人公ではあるけど。そして戦うのだ。歴代のヒーローがそうしてきたように。今のところ勝てそうにはない。決して思い通りにはいかない。戦う相手はもちろん自分自身だ。

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2007年8月17日 (金)

アナスイ画伯の秘密ポケット

今日はいつもとはちょっと変わった趣向でいきたいと思います。普段僕はブログにその日のテーマに沿った絵をのっけている訳ですが、じゃあ普段はどんな絵を描いているのかと。1人パソコンにむかって夜な夜な何をしているのかと。僕は絵を描くのが、うまい下手は別として好きです。だから今日は僕のパソコンに保存されてる僕の子供たちの一部を見てもらいたいと思います。そういう一人よがりのかわいそうな企画です。うわ、こんな絵1人で描いてるんだ、こいつ終わってるな、と思いながら眺めていただくのが正しい楽しみ方です。自分で自分の絵を解説してる寂しい感じなんかも笑いどころです。あ、無断転載は禁止です。どうせ誰もしないけど、そういうこと一回ぐらい言ってみたかったんです。画像はクリックすると大きくなってしまうので気をつけてください。携帯からだとかなり見づらくなってしまって申し訳ございません。評判が悪かったら二度とやりません。それでは。








Sore1 『眠れぬお姫様』

えー、そうですね、お父様の何かを見てしまったんでしょうね。トラウマ必至ななにかを。場面は深夜のお屋敷です。女の子の絵を描いてたら何か顔が恐ろしいことになってしまって。この年頃の女の子にこんな顔をされられるのはお化けか虫かお父様だけですからね。                           




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Sore2_2

『ヒヨコの夢』

ヒヨコが将来について悩んでいます。子供の可能性は無限ですからね。プロ野球選手と言ってみたり。パイロットと言ってみたり。自由なんです。ただ一つ残念なのは、こいつは間違いなくニワトリになってしまうんですね。大きな希望とは裏腹に。決まってますもんね。そういう切ない絵です。




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                                     『人類の進化』

Sore4_2 昔猿だった人類が猿人になって人になって。二足歩行を憶えました。背筋が伸びて姿勢がよくなってきました。前かがみからまっすぐに。ただこの流れのままいくと今度は反っちゃうんじゃねぇかと。そういう完全に間違った解釈の人類の進化の図です。この絵を描く際に一番苦労したのは英単語ですね。過去ってpastであってましたっけ?違った?






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Sikibu_2

『しきぶ』

紫式部です。いい加減すぎてごめんなさい。今一筆が進まなくて悩んでるんですね。僕もブログを始めてから彼女の気持ちがわかりました。いつの時代でも芸術家は苦しいもんです。調子のってすいませんでした。






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Photo 『じじぃのわがまま』

お年を重ねると逆に子供に戻るなんて言いますけど、そういうことなんですかね。場所はデパートの6階あたりのレストランです。ジジィが隣のテーブルで子供がお子様ランチを食べているのを羨ましそうに見ています。ワシもあれ食べたい。わかりますわかります。お子様ランチって驚くほどおいしいですからね。脇役だからって手抜き過ぎたのがいけなかったのでしょうか。ババァの後姿が異様に怖いです。




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Photo_2 『虫キング決定戦』

今流行の虫キングを僕の勝手なイメージで描いてます。でも将棋はないですよね、ごめんなさい。クワガタが香車とかをやけにうまく使うんでカブトムシが参っているところです。カブトムシはほとんど飛車角頼みですからね。こんな地味なキングだったら絶対流行らないですね。今度は恐竜が囲碁始めちゃったりしてね。




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Sore3『ガンダム素足』

えーと、これはひどいですね。ただガンダムが素足なだけですからね。もちろんその部分は弱点です。普通に火傷とかするし、画鋲踏んだら血出るし。ものすごい痛がりますからね。人間味あふれてます。こういう絵を1人でニヤニヤ描いてることを世間では底辺って言うんでしょうね。ガンダム素足。アニメ化されることはまずないと言い切れますね。







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Suibokuga  『墨』

なんですかね、これ。すっごいシュールですけど。完全に謎です。なんで僕はこんな絵を描いてしまったのでしょう。水墨画ですか、うん。きっとその道の巨匠が自宅の裏山で見ちゃったんですね。UFOを。でもまだこの時代は写真なんてないから水墨画に収めたんでしょう。俺こんなの見たぜなんて弟子とかに自慢して。たぶんあれ鳥じゃねぇぞ、なんて。弟子はまた出たよこの親父、とかなんとか流してたみたいですけど。かわいそうな巨匠ですね。

 

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2007年8月16日 (木)

宣告

Sennkoku ネット上で僕のことが書かれた記事を見つけた。斉藤アナスイ、ついにファンサイト登場か。ついに僕もここまで来たか。まったく研究してあって、ブログに書いた覚えのないようなことまで載っている。でも僕のファンサイトなのに僕の名前がどこにもない。おかしな話だ。最後までちゃんと読んでみたら抑うつ症状を記した記事だった。

あはははは、大丈夫大丈夫。

あはははは、そんなわけないそんなわけない。

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2007年8月15日 (水)

ベイビーアイドルベイビー

Babyidol 我が家の姫はみんなのアイドル。

我が家の姫はみんなのアイドル。

なんて愛らしいんだろう。チコチコと短い足を一生懸命に動かし、玄関をくぐった僕を迎えるその姿。僕の親指ほどしかない尻尾は右へ左へ大忙しだ。ひっくり返って見せるお腹。いくらでも撫でてやろう。もうチュウしてやるんだから。あぁ愛犬。君に会えてよかった。

僕が中2のときだったと思う。我が家にペットがやってきた。僕の長年の願いが叶った瞬間だった。メスのトイプードル。まだ生まれて間もない子犬だった。シルバーの毛並みは、その色の持つ印象とは裏腹にキューティクルで。その子は「セプ」と名づけられて斉藤家の一員となった。セプちゃん。名付け親はババァなのだが、この命名に関してはいい仕事をしたと思う。うん、いいよセプ。誕生月からとったらしい。つまりセプテンバーのセプということだ。

セプが初めてうちに来た日、小さいその体は休むことなく小さく震えていた。慣れない環境に戸惑い怯えていたのだろう。その夜のこと。セプの居場所のカゴを設置するために少しだけ狭くなった家に、セプの掠れた切ない鳴き声が響く。寂しさと寂しさをこすり合わせたような音。とても聞いていられない。僕は抱っこしてカゴから出してやる。そうすると震えは止まらないものの鳴き声は止んだ。やっぱり外がいいらしい。カゴに戻すとまた鳴き出す。ダメだこりゃ。犬がうちに来ると聞いて、喜び勇んで用意したカゴ。セプは二度とその中に戻る事はなかった。こうして愛犬は初日から自由を手に入れたのだ。その晩セプはずっと僕の顔を舐めていた。

躾がなんだ。息子の躾さえまともに行わなかった斉藤家だ。噛まれたって痛くないし、むしろかわいいじゃないか。うまい具合に臆病だから他人は噛まないし。人が来ても抱っこしてたら吠えないし。ちゃんとトイレはできるのだ。すごーい。自由に生きたらいい。縛ることなんてない。元気にそこにいてくれるだけで十分だ。他に何を望もうか。ネコに負ける番犬だっていいじゃないか。

セプは家族やその周りから溺愛された。いっぱい撫でられ、たくさん自慢された。セプがいるだけで斉藤家が何かいい方向に向かっている気がした。いつも注目の的だった。セプはまた、有り余る愛情を一身に受け止めた。それは小さな体でも与えられたものを残さず食べると言う見上げた精神にも表れる。愛情の化身、卵ボーロを食べ過ぎて病院送りになったこともある。

それにセプはかわいいだけじゃない。彼女には才色兼備という言葉が似つかわしい。思いやりもある。

餌をちらつかせた時にのみ、お手をする。なんて賢いんだ。見返りがあってこその行動。給料がための労働。そうだ、それでいい。

冬場はこたつから出てこない。文明をも使いこなすこの知能。たまに自分でスイッチ入れてるんじゃないかと疑ってしまうほどだ。

フリスビーを投げると、とりあえず追いかけるものの行き過ぎてしまう。必ず追い越してしまう。あぁ、君は前だけを見ているんだね。少しでも前に進みたいんだね。なんて志の高い犬なんだ。それにセプの光速の足に見合う速度で投げれない僕が悪い。

親父の靴下を永遠かじっているところを見ると、家族思いだとほころんでしまう。電子レンジに向かって吠えるなんて、なんとメカにも強いようだ。

セプがうちに来て初めての誕生日のときに、僕はセプにその背の丈ほどもある骨を買ってあげた。自分とほぼ同じ大きさの骨にセプは夢中でかじりついた。そしてすぐに飽きた。3日後には枕にしていた。当初の目的とは多少違うものの、その余りの犬らしい光景は見ているだけで幸せになった。価値のある買い物だったと心から思えた。ただその時初めて気づいたことがある。セプの誕生日が8月なのだ。話が違うじゃないか。8月は僕の知る限り、もちろんセプテンバーではない。かといって今更オーちゃんになってもらうわけにもいかないし。セプの生涯をかけての勘違いだ。いいか、8月はオーガストで9月がセプテンバーだ。本当にババァにはいい加減にして欲しい。中1から英語をやり直せ。

こんなにかわいくてこんなに賢い犬はいない。家族中が本気でそう思った。

ある日うちのおじいちゃんが亡くなった。人一人分のエネルギーが消失した家。おじいちゃんの家にセプを連れて行った。セプは不思議そうな顔をしていた。何かがわかったのだろうか。セプは家中鼻を利かせながら歩き回る。いつもセプにそっとご飯を与えていておじいちゃん。誰もが知ってて誰もが許したその背徳行為。セプはおじいちゃんに懐いていた。セプはおじいちゃんがいつも座っていた座椅子にちょこんと腰を下ろした。そしてそのまま寝てしまった。いつもそうしていたように。お腹を見せて。セプの愛らしさに目が眩んでしまった僕だから。セプの行動が全て天使の施しに見えてしまう僕だから。それだけで心が締め付けられるには十分だった。撫でて欲しいの? それとも撫でてもらってるの? セプはしばらくそうしていた。

今僕が21だからもう長い付き合いになる。ずいぶんと一緒に生きてきたものだ。悩みを相談した日は不思議そうな顔をしていたっけ。一緒に寝た日は僕の上に乗って安眠を妨げてくれたっけ。青春を送る僕の横で、君はあくびをしてたっけ。実家を離れて、セプと毎日会えなくなってもうずいぶん経つ。それでもたまに帰った日にはちゃんと僕を覚えててくれる。

臆病で犬の友達がいないセプ。窓の外で犬の鳴き声がするとすぐに走り出す。散歩中に他の犬を見つけるとずっとそっちを見ている。寂しいのかなとも思う。僕らはどこかで至らないのかな。でもお前はちゃんと家族だよ。紛れもなく。種族の壁を越えてお前を愛そう。好きなだけ鳴いたらいい。でも泣かすようなことはしないつもりだから。

セプはもうおばあちゃんになった。僕が呼んでも振り返らない。「ご飯」と「散歩」には反応するくせに。あの日、初めてセプがうちに来た日とは違った意味で僕をなめている。でもそれでいい。何でもいい。ただただこれからも長生きして欲しい。

ずっと。ずっと。ずっとずっとずっと。

みんな長生きして欲しい。

ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。ずーっと。

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2007年8月14日 (火)

免許への道 エピローグ

Mennkyo5 掲示板に見知った番号が表示されていて。僕はそれの表す意味を知っていた上で、小さくガッツポーズをした。周りを見渡せば僕と同じ顔の色をしている人がいる。また僕とは逆の色をしている人もいる。人生において、いや、決してそんな大げさな話ではないのだけど、確かに嬉しい瞬間だったことは間違いない。

今こうしてブログを書いている。「免許への道 エピローグ」。これを書けると言うことは、そういう日が来たということだ。その過程の全てが終わった。完結した。

1ヶ月前のちょうど今頃、僕は教習所に通った。初めて車を自らの手で動かした。路上に出た日の緊張感は未だ覚えている。車道を我が物顔でチャリで走る見知らぬババァに引導を渡しそうになった。学科試験もあった。問題を読み間違えて、赤信号は気をつけて渡るを正とした。それで満点を逃したりもした。卒業検定は最後まで諦めなくて本当によかった。乗車中の独り言の多さは前代未聞だったと思う。このブログでも綴ったこと。今では懐かしく思う。

まだ朝も早い時間。僕はバスに揺られ免許試験会場に行く。これが本当に最後のワンピース。ここで学科試験が行われ、それにパスすれば念願の免許が手に入る。やっとここまで来た。まぁね、鉛筆を握る手にもそりゃ自然に力が入る。しょうがない。この日のためにそれなりに苦労もしたから。マークシートに正と誤。一つ一つ丁寧に塗りつぶしていく。上下に規則なく並んだ黒印。まるででこぼこで。思えば僕の免許への道も平坦ではなかった。その辿ってきた道をなぞる様に、その尽くしてきた道を思い出すように、最後の問題までという経路をひた走る。試験官に提出した解答用紙は、だからまるで僕の軌跡だった。免許なんて簡単にとれると踏んだ楽観的心情と、決して思い通りにはいかなかった現実と。確かにあったそのギャップ。それは、まるで僕の内輪差だった。

話は冒頭へ戻る。手応えも、そこから来る自信もあった。それでも悲しき小心者。合格発表の瞬間は心臓がいやが応にも高鳴る。自分の番号を見つけたときは思わず安堵のため息が出た。きっと外の暑さに順応しただけじゃない汗が、僕の手の中に閉じ込められていた。合格者はこのまま部屋に残ってください、という試験官の声に僕はさっきまでより深く椅子に腰掛ける。試験場に入ってから今まで、初めて出た余裕だった。隣に座る彼。前に座る彼女。みんな仲間だ。僕はにっこりと微笑みかける。はっきり言って完全に狂っている。でも今は狂うことさえ許される。免許を持って試験場を出よう。僕らは今日からドライバーだ。

「斉藤さん」。急に僕の名前が呼ばれた。え? 予期せぬ出来事に僕は自己内歓喜から我に返る。試験官が手招きをしている。前に出ろと?なぜ? 恥ずかしいじゃないか。あぁなるほどね。最後だからね。でもこれは卒業式だけど卒業式じゃない。別に一人一人に卒業証書を渡す必要はないのに。
それとも何か。僕はうっかり試験場レコードでも叩き出してしまったのか。あまりに優秀が上の表彰が行われるのか。ほほう。僕も目立つのは嫌いなタチじゃない。警察もなかなか粋な計らいをするじゃないか。

そんな1人頑張る僕を連れて試験官は部屋を出た。あれ?これじゃ意味ないじゃん。これじゃ、あの1人で微笑んでたドグラ・マグラ野郎強制退場みたいに思われる。

「斉藤さん免許再交付したよね?」えぇ、しましたよ。原付の免許でしょ。それがなにか。僕は過去に免許を入れた財布を落としてしまったことがある。そのときだ。「ちょっと免許見せて」。僕が試験官に手渡したのは、その落としたはずの免許証だった。実は後々財布が見つかって、僕の手元には二つの免許証が残ったのだ。元からの免許証と再交付した免許証。片方を返さなきゃいけないと思いつつも、面倒でそのままにしてしまっていた。またなくしたときのことも考えて、元の免許を財布に入れて、再交付した免許を自宅に保管していた。「これ再交付した免許じゃないよね?」。その通り。僕は経緯を正直に話した。「そっかぁ。ちょっと再交付したほうの免許がないと、新しい免許出せないんだよねぇ」。あ、そうなんですか。「じゃあ今度また再交付したほうの免許を持って来てください」。え?どうゆうこと?帰れと? いや、免許くれよ。ここまで来るのに片道1時間かかるんだよ。「こっちの古いほうの免許は返してもらいますね」。いや、だから。聞けって。ちょ、待てって。

免許をとりにいって免許をとられた。完全に意味がわからない。いい加減にしろよ自分。自分を証明できるものは何もなくなったが、神が僕を嫌っていることだけははっきりと証明できた。

試験に落ちて、また再受験に来る事は覚悟していた。足踏みは想像できた。でもまさかのマイナスとは。試験場に来る前より荷物が軽くなるとは。自業自得。罰があたった。

今こうしてブログを書いている。「免許への道 エピローグ」。でも今ここに免許証はない。完結までのプロセスがあるのに、完結した証明がない。それでもエピローグ。この話がこれ以上進まない事はわかっているから。『僕は免許をとりにいきました 完』じゃあまりに寂しいから。

随分と沢山の文字数になった「免許への道」シリーズ。このブログを始めてから、初めての連作シリーズもので。まさか形で終わろうとは僕も想像だにしていなかった。でも楽しかったのは紛れもない事実で。次に僕がどんな道を歩くかはわからないが、そのときは読者の皆様にまたお付き合い願いたい。僕は僕の道を歩く。それしかできないから。だってホラ、僕免許持ってないし。

早起きして、写真撮影に備え髪にワックスをつけていたあの時の自分に向かって、あぁこうゆう時にこそ注意を促すクラクションを鳴らすんだな、と。それが最後の勉強だった。

免許への道 完

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2007年8月13日 (月)

一目で始まる恋もある

Hitomebore 恋には一目惚れなんて素敵なカテゴリーがある。打算を完全に排除した非常にかっこいい恋愛模様だと思う。僕には経験がないのでなんとも言えないのだが、経験者曰く「見た瞬間周りがスローモーションになった」、「景色に色がついた」などとさぞパラレルな体験であるようだ。はっきり言って羨ましくて仕方がない。死ぬまでに一度でいいからそんな体験を是非してみたいものである。

僕の恋愛プロセスと言えば、じっくりコトコト成熟させるタイプに当たる。それは一目惚れという概念とはかけ離れている。それは外見を無視して、という意味ではなく勝算が生まれて初めて本気になれるのだ。ルートが見えてからというか。例えば一目惚れっていうのは街を歩く人にも向けられる可能性もあるわけで。例えばその機を逃したらもう二度と会えない人に向けられることもあるわけで。それが成就するかどうかはまた別問題として、それってすごいよなぁ。僕だって、見知らぬ子を見てかわいいなぁと目で追ってしまうことはある。それが電車の中なら自分の降りるはずの駅を通過してしまうこともある。それが自転車に乗っているときなら電柱に激突したこともある。その時はカゴに入っていた漫画『ちびまるこちゃん』全巻が辺りに散乱してすごい恥ずかしかった。でもそれが本気かと問われれば胸を張っては応えられないわけで。
僕は例えば、僕の話に笑ってくれた子であるとか、僕に優しくしてくれた子であるとか。僕の落とした消しゴムを拾ってくれた子であるとか。斎藤ではなく斉藤であることをわかってくれてるだとか。僕のことをおにいちゃんと呼んでくれるだとか。僕のことをいつの時も卑下しないのが絶対条件であって、時間的な拘束ではなく存在として必要とされればされるほどよくて。突き動かされるには、そんな感じでの向こうからの僕へのプラスのアプローチを要する。こんな風に羅列すれば寂しい人間にも見られそうだが、大部分の人はそういう打算的な部分を少なからず抱いていると思う。
それに気づいていなかったとしても。まぁ話しかけてくれただけで「この子は僕に惚れている」という無敵な勘違いも少なくはない。それに関しては胸を張って本気で思う。すぐ勘違いする。僕は選ばれしピエロなのだ。

僕の高校時代に友達にそんな一目惚れをした男がいる。僕には直視しがたいほどに眩し過ぎる純愛だった。僕のボキャブラリの中で表現するならそれは青春だった。彼はジブリ映画をこよなく愛するピュア野郎で、きっと女の子はおならをしない生き物だと思っていたに違いない。シャイで未熟で。そんな普段はどうしようもないその男が、その時ばかりは不覚にもかっこよく見えた。恋は隠していても、間違いなく人の様子に影響する。そして彼が惚れた女の子は、何のめぐり合わせか僕のちょっとした知り合いの女の子だった。彼にとっては追い風だ。そりゃ協力もしてやろう。まったくお近づきになるきっかけを持たない状態なら、どうぞ僕を踏み台にしてくれ。そして何より面白そうじゃないか。
僕は彼にその子のメールアドレスを教え、メールを送るようにけしかけた。彼が作るメールは「不器用」って打って変換したかのような地団駄を踏みたくなるようなメールだったが、彼らしくて優しくて誠実で嫌いじゃない。直接話したほうがいいと薦めはしたが、そんなことをシャイな彼に望むのはまぁ酷な話で、彼はもっぱらメールで距離を縮め続けた。文明に感謝しろ。話すときは僕が間に入った。同じ高校で繰り広げられるラブストーリー。彼と彼女の歴史が始まり、その歴史が終わるまで僕は近くにいた。
卒業式の前日に彼はフラれた。それまで女の子とほとんど話したことがない彼が告白を決意した心境を察するのはそう難しくない。本当に好きで好きで仕方なかったのだろう。彼はすっきりしていたが、僕のほうは何故か泣きそうだった。その日僕らは2人でカラオケに行った。彼が行きたがるでも僕が誘うでもなく。行かなきゃ行けない気がした。彼の歌声は、歌声というそれよりは叫びに近かった。そりゃそうだよな。平気でいられるはずがない。大恋愛だったもんな。察するよ。ただ僕はちょっと人より性根が腐ってるので、彼が歌ってる失恋ソングのサビの前で停止ボタンを押したりしてみる。彼はそれでも歌うことを止めず、彼の叫びだけが部屋の中をこだました。彼主演のジブリの新作映画のクライマックスは、ハッピーエンドではなかったけれど、僕は感動を覚えずにはいられなかった。

そこで終われば美談だったのに。彼の恋はやはり本物だった。彼は大学に進学した彼女の行方を追った。追ってしまった。彼女と同じ大学に進んだ彼の友人をスパイとし、その行動を逐一報告させたのだ。あぁ愚か者。そして不幸にもそれが彼女の耳に入ってしまったのだ。自業自得ではあるけれど。不憫なやつである。まさかのストーカー騒ぎに発展。僕のボキャブラリの中で表現するならそれは犯罪だった。あぁ。その様はジブリ映画から昼ドラに様変わりしていた。

でも彼を擁護したい僕もいる。確かにいきすぎた感はある。でも彼の思いは紛れもなく本物だった。彼は彼女に嫌われることを相当に恐れていたし、何をすれば嫌われるかもわかっていた。だから恋のベクトルを直接彼女の私生活に迷惑がかかるようには向けなかった。度が過ぎただけで歪んでもいなかったし。優しい男だ。一途だった。その恋を受け止めれなかった彼女も、大きなお世話だけどもったいなかったと思う。僕が女の子だったらそれほど男に愛されてみたい。でも僕が彼女だったら間違いなく彼を訴えている。だって気持ち悪いし。再会の場は法廷だったろう。

何より彼のすごいところはそれでもなお現在を持って彼女を思い出としていないところだ。炎が消えていない。まだ好きだと言う。だって僕らはいくつになった? あれから何年が経った? 

一目という瞬間から始まった長い長い恋。この恋を墓まで持っていくようなら、僕は敬意を払ってその子の写真をお棺に入れてやろう。その写真を手に入れるために今度は僕がストーカーと呼ばれてもかまわない。

僕ははっきり言ってモテたくてモテたくてしょうがない。モテるためなら悪魔に魂でも売ろう。でもその反面傷つくのが恐くて恐くてしかたがない。だから一目では飛びつけない。何度も何度も憂き目にあってきた。何度も枕を濡らした。涙が止まらずお風呂から出るに出られずにババァが心配して大騒ぎしたこともある。1人公園の砂場で遊んだこともある。川に向かって石を投げてたら屋形船に当たって逃げたこともある。

だからこその慎重ね。だからこその恐れね。子供でいたい部分が大人になった。大人にならなきゃいけない部分が子供のままだ。

一目惚れかぁ。強いよなぁ。でも慎重な恋愛がつまらないなんてそんなバカな話はない。それだって立派な本気の一つの形なんだ。ただ本気になるのを恐れるのは少しばかり寂しい気がするだけだ。

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2007年8月11日 (土)

ポエム 僕の歌は、それでも君には届かない

Soredemokiminiha どれだけ声を嗄らそうとも、それでも君には届かない。

どんな素敵なラブソングも、それでも君には届かない。

じゃあなんでそんなことをするの?

別になんでもない。ちょっと夜に惑わされただけさ。

広い部屋の、隅で怯えるハミングバード。

死角に隠れ、ひたすらに夜明けを待つ。

誰にも見つからないように。誰にも笑われないように。

高く飛べないかわいそうな小さな小さな鳥。

群れを離れ、大きく鳴くことを忘れてしまったか弱き命。

でも本当は君には見つけて欲しかった。

でも本当は君には笑って欲しかった。

僕の歌は、それでも君には届かない。

もう眠っていいんだよ?

いや、時間はまだあるさ。

もうやめてもいいんだよ?

いや、まだ奏でてない歌がある。

お願い、もうやめて?

いや、僕にはまだ、返事ができる声がある。

僕の歌は、それでも君には届かない。

1人で入ったカラオケ。

1人で朝を迎えたカラオケ。

決して孤独なんかじゃない。1人が好きなだけだ。

本当は遠くなんかない。家すぐそこなのに終電を逃して仕方なく入ったフリをしただけだ。

僕の歌は、それでも君には届かない。

弱音は吐くな。泣き言を言うな。

今のうちにできるだけ麻痺させておけ。

本当に辛いのは、帰りの会計そのときだから。

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2007年8月10日 (金)

笑うブログの笑う夢物語

Yumemonogatari_2 申し訳ございません。実家のほうに帰省しておりまして、ブログの更新が滞ってしまいました。申し訳ございません。申し訳ございません。何度でも謝ります。うちのババァにも謝らせます。

そして申し訳ございません。僕のわがままにあと一日だけ付き合っていただけると幸いです。明日からはちゃんといつものように書きますので。今日は少し真面目な話をさせてください。いつもわかりやすい話の最大公約数で書いてるのつもりなのですが、今日はそうですね、ごめんなさい。

地元で開かれた、とあるオフ会に参加しました。オフ会なんて僕にとっては初めての経験です。僕のブログの読者の中にもご存知の方もいらっしゃるかと思うのですが、肉欲企画という怪物ブログ。そのオフ会でした。

肉欲企画。現在の累計アクセス数がオーバー300万件。オーナーは肉欲棒太郎という方です。名前こそどうしようもない感じは否めないですが、その内容たるや実にどうしようもないという困ったブログです。文章センス、言い回し、知識、客観性、中毒性、キレ、ユーモアセンス。そのどれをとっても抜群です。どう間違ったらあんなブログになるのか不思議でしょうがないです。もちろん褒め言葉です。誰にとっても食いつきやすい文章ではないんですけどね。有り余るスキルがそんなジャンルの不利を超越してるんですかね。僕の大好物のテイストです。うちのリンクにも貼ったので、是非見てみてください。イチローがちくわを持ってバッターボックスに立っているようなブログです。

「あん」がブログランキングでまだ400位とか500位をさ迷っていた頃、どうゆうわけかその怪物ブログのオーナーである肉欲さんがうちのブログを見つけてくれて。そして肉欲企画のリンクに貼ってくださいました。奇跡のような話です。そりゃ嬉しかったですよ。誰かに自分の文章を認めて欲しくて飛び込んだブログ界ですから。そんな明らかな形で認めてもらえるなんて。今でこそ毎日のように来て下さる方もいるし、優しい言葉をかけてくれる方もたくさんいる。読者の暖かさではうちも負けているとは思いません。でも当時はまだうちはヒヨっ子ブログでした。一日のアクセス数が4件とかでしたからね。しかもそのうち3件が自分みたいな。カビ生えてましたから。でもそこからですね。うちのブログに明らかに人が集まり始めたのは。だから僕にとっては肉欲さんはブログ界の道しるべのような方なのです。「あん」の歴史を語る上では欠かせない存在なのです。そういう単純な意味でもお礼を言いたくてオフ会に参加を決めました。

まぁ何より、天と地ほど差があるにしても同じブロガーとしてその方に触れてみたかったんですね。まったく生意気な僕です。

個人ブログでオフ会ってすごくないですか? 僕も最初はそんなバカなと思いました。だって例えば僕がオフ会をやるなんて言ったら、高い確立で1人居酒屋で軟骨のから揚げをご飯にかけて食べる事になります。お会計1200円とかです。ところがどっこい。肉欲企画のオフ会には何でも多い時で100人を超える参加者が集まるとか。そんなことってあるんですね。まぁでも実際行ってみて納得できました。肉欲さんの周りに多くの人が集まることがちっとも不思議じゃないんです。魅力的なブログに魅力的なオーナーあり。そんな感じでした。1人で隅のほうでタバコを吸ってた僕ですが、凄く楽しかったし勉強になりました。ただ昼の3時から本気で飲み始めたあたりにはあまり偏差値を感じませんでした。

実際に肉欲さんに会った感想は詳しくは語りません。興味のない読者が退屈しちゃうとあれなんで。詳しく聞きたい方は、個人的に僕に一言ください。でもはっきりいって衝撃でしたね。完璧の中に確かに隙があってずるい方です。まず何より僕、頭のキレる面白い人が大好きなんで。それが僕にとっては肉欲さんの一番の魅力ですね。肉欲さんのお友達も面白かったです。その方のブログもリンクに貼っておいたので(加藤ん家)、是非遊びに行ってみてください。

僕がブログを初めて半年ぐらいですか。ちゃんと書き始めてからはまだ2ヶ月とかそこらでしょう。ずいぶん大きくなりました。自分でも驚いています。たくさん時間もかけました。ブログがかわいくない存在の日も正直ありました。正直悩んでもいました。仕事を始めたら僕はこのままブログを維持できるのだろうかって。でも今は守る気満々です。だって楽しくてしょうがない。書くことが。読んでもらえることが。

肉欲さんに会って、実際その規模を体感して。そのあまりの差はわかっています。肉欲さんが持ってて僕が持ってない多くのカードも無視しているつもりもないです。でもね、すごくドキドキもしたんです。ブログってここまでできるんだって。こんな温度のある形になるんだたって。いつかこうなりたいって。

ブログを初めて自分の置かれている世界がすごく広がって。今は無限を感じています。そんな偉大な方々との出会いもありました。ブログきっかけで仲良くなった大切な大切なお友達もできました。変な話ですが日本をそれほど広く感じなくなりました。文章とは直接関係なくてもそれがまた楽しくて。本当にブログやっててよかったなって思います。

真面目に書いたつもりでも、肉欲なんてふざけた単語が連なるおかげで、今一伝わらないのが残念です。さすが僕のブログです。

誰にも見られてなかったら、誰からも応援されてなかったら。完全な一人よがりなら。僕はすぐにでもブログを辞めるつもりです。書くことの楽しさを教えてくれるのは、僕にとっては読者のみなさまなんです。

突然ですがみなさんはなんでそんなに優しいんでしょう?こんな僕ですよ?ご飯奢るって言われたらデザートまで頼む僕ですよ?時にそのデザート残したりもしますよ?

応援はしてくれるわ、コメントで笑わしてくれるわ、愛の大切さを教えてくれるわ。

本当に心のそこから優しい方だったら僕はその出会いに純粋に感謝します。

たまたま自分の興味の持てる文章を書いている僕に優しくしてるだけだったら、僕はずっと優しくしてもらえるよう、文章を書き続けます。書ける自分にも感謝します。あっはっは、僕マジ天才。そんなこと言い出します。

どっちでもいいんです。みなさん本当に優しくしてくれてありがとう。

いつかうちもオフ会を開いてみたいです。それはブロガーとしての僕の一つの夢でもあります。そのときはみなさん是非来てくださいね。まぁあと600年ほどかかると思いますけど。

え、俺に言ってんの?え、あたしに言ってんの?と思った方。

その通りです。あなたに言ってます。

「あん」を、「斉藤アナスイ」を明日からも何卒よろしくお願いします。

ちょっと前もこんな日記を書いたけど、別にネタが尽きたわけじゃなく、感謝が尽きないだけの話です。そしてこんなに楽しませてくれる、我が子「あん」にもたくさんお礼を言いたいです。

アイスっていくら食べてもお腹いっぱいにならないから、こりゃ永遠食べれるわって調子のってたらお腹壊しました。

2007、8、12    斉藤アナスイ

あんオフ会(仮) 2607年8月12日予定。

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2007年8月 6日 (月)

夏の夜の夢

Natunoyonoyume_2  みなさんが思ってること、僕が代表して言います。

暑い。

それにしても夏。一生懸命夏。バタバタしてる間に雨が上がって。空が遠く遠く感じます。でもあんまり得意な季節じゃない。夜なんかは少し心躍るものもありますが。

最近じゃ浴衣の女の子なんかもよく見かける。色んなカルマを含んだ視線を送ってます。浴衣かぁ。花火大会でもあるのかな。夏の風物詩ですね。いいなぁ、浴衣で彼女と花火大会なんて。僕もそんなベタなのやりてぇなぁ。わぁー綺麗。お前のほうが綺麗だよ。なんて。手繋いでそんなこと言うのだろう。ちっきしょう、お焼香みたいな顔しやがって。

まぁデブが浴衣着てるの見るのは大好きなんだけど。すごく幸せな気分になる。大木に帯巻いたみたいな。柔道家の稽古じゃないんだから。冷蔵庫に紐巻いたみたいな。お引越しじゃないんだから。

僕はチャキチャキの江戸っ子だし、自分の浴衣も持っている。過去に実際花火大会で着た事もある。ただ、そのときなぜか草履だけ見つからなくて。ちゃんと用意したはずなのに。下駄は一回もないし。愛犬がいたずらして隠したのかななんて思って、愛犬のおもちゃ箱見てみたんだけどババァの三味線のバチしか見つからない。あー、そういやババァ探してたなぁ。愛犬のいつもより多く頭を撫でてあげた。あー。草履ない。最悪の結果だ。スニーカーですよ。でももう浴衣着ちゃったし、着替えるのも面倒くさい。浴衣にスニーカー。メリットはちょっと早く走れるぐらいなものだ。江戸時代からきた教育実習生みてぇだ。まったく江戸っ子の看板が泣く。

花火とか海とか。そんなジョイフルな企画とは程遠いところにいる。そんな今年。あーどうしよう、泣きそうだ。僕も遊びに行きたい。

でも、でも。そんな僕にだってひと夏の思い出があるのだ。いやいや、聞いてください。それも花火大会の夜だった。スニーカーとは違う年のことだ。ナンパだ。マジで。ナンパをしたのだ。そのとき一緒にいたのは高校時代の友達だった。モテない遊び人と有名だった男だ。花火大会が終わって多くの人がハケた色っぽい時間帯。僕らは前方に浴衣の2人組みを見つけた。そして僕らがその後ろをついて歩く形だった。その時の僕らはさぞ浮かれてたのだろう。高校時代というのは雰囲気だけである程度酔えるとんでもない下戸なのだ。
ナンパしちゃうか! そんな話になった。夏って改めて恐いな。でも僕は一緒にいた友達が声をかけてくれるものだとばっかり思っていたから。それでお互い2人組みだからあわよくば僕も仲良くなっちゃったりして、なんて妄想は膨らむばかりだったから。そりゃナンパにも乗り気になる。夏。いいじゃないか夏。でも友達は僕の肩を小突くばかりだ。何やってるんだ。早くしないと行ってしまうのに。友達はニヤニヤしている。え?お前・・・まさか?・・・僕に行けと?

小心者なのに、昔から。見ず知らずの女性に声をかけるだなんて。そんなことできてたまるか。お前いけよ。そういう僕に友達は落胆の色を見せる。そう来ますか。はいはいはい。わかったよ。もちろん葛藤はあった。でも。小心者なのに目立ちたがり屋で。期待されてるのに応えられないのは耐えられなくて。そんな僕だった。だから僕がいく。見てろよ勇姿。咲いて散るのが花。あの花火だって夜空に散って行ったのだ。そんな大層な見本がさっきまでそこにあったのだ。僕にもできる。できるはずだ。

とは言ったものの。心臓が高鳴る。吐きそうだ。緊張?それはそうに違いない。でも何かが違う。失敗する可能性があった。立ち直れないほど罵倒される可能性があった。外見という本質を否定される可能性があった。すごく恐い。本当に僕は今大地に立っているのか?なんだか体が硬い。僕らは前方と少しづつ距離を縮める。意識して歩かないと右手と右足が一緒に出てしましそうだ。もうこれ以上は近づけない。実際に手を伸ばせば届く距離。いっそのこと追い抜いてしまおうかと思ったが、友達の目は相変わらず厳しい。わかったよ。上ずった声だった。今でも思い出しただけで恥ずかしくなる。それでも僕の声は浴衣の帯に届いた。何やってるんですか?暇なら遊びませんか? 浴衣の2人が顔だけで振りかえる。モデルがモデルなら見返り美人といったところか。

「え?お寺巡り

そんな答えとは。なんで僕はいつもそうなんだろう。神様は絶対教科書の隅の方に僕の悪口を書いている。友達がさらに落胆の色を濃くするのがわかった。ただ今回ばかりは決して僕のせいではない。僕はできないなりにちゃんと声をかけたのだ。

振り返ったその人たちはどう見ても熟年だった。おばさん。いくら夜とはいえ、もう少し観察すべきだった。なんて凡ミス。自分を呪う。バカ野郎。ポンコツ。役立たず。あれだけの覚悟で僕は一体何をしでかしているのだ。
「ねぇ君たちこの辺のお寺案内してくれない?」。しかもこのおばさんノリノリである。なんでそうなる。助けてくれ。しかしこっちから声をかけた手前、引くに引けない。あぁ。あぁ。

ここから壮大なミステリーツアーが始まった。煩悩だらけの寺巡り。息子と母ほど離れた年の差。ハタから見たら親孝行な好青年にうつっただろう。ただ現実は誰かが言ったようにいつも奇であって。僕は花火大会の夜に何をしているのだろう。僕は一体何を。浴衣を着た女の子たちと歩く男達が視界に入った。あれもナンパだろうか。いや、あれがナンパだろう。僕たちがやっていることはナンパなどではなく、何かの間違いなのだ。頼む、そうであってくれ。友達はなにやらおばさんと話している。クラスで一番かわいい女の子の名前を出しては、その子が自分の彼女だなどと、とんでもない捏造を行っている。ただその目は悲しいほどに虚ろだった。寂しすぎる。きっと何かのショックで頭がどうかしてしまったのだろう。

短いはずの夏の夜がどれよりも長く感じられた。僕はコンビニで買い物をしたときにもらったビニール袋に寺の土を入れた。さようなら僕らの青春甲子園。こうして僕らの夏は終わったのだ。

これから苦手な夏まっさかりだ。世間が騒がしくなる。居心地が悪い。でもあの苦行とある種の悟りを共にした悪友からの連絡を待っている僕もいたりする。花火でも海でも付き合うよ。今年の夏はいいことあるといい。楽しくあるといい。

毎年そう思っている。今年の夏こそは。毎年そんな叶わぬ期待を抱いてしまうから苦手なのかもしれない。

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2007年8月 3日 (金)

下町七不思議 其の三

Sitamati3 世界には未だに解明できない怪奇現象や生物が確かに存在している。そして東京のとある下町で起こったそんな不可思議を紹介していくコーナー「下町七不思議」。これらの話はすべて確かに起こった事実である。
恐怖への扉が今開かれる・・・・。


━からくりババァがやってくる

からくりババァ。

機械と一心同体のババァ。からくりババァは止まらない。原付自転車にまたがり町中を颯爽と走り抜ける。主に車道で発見できるが、たまに歩道でも見かける。そしてその悪行は、何の罪もない歩行者や車に多大な迷惑をかける。例え歩道でもクラクションを鳴らして通る凶行ぶりである。ほとんどの場合ヘルメットは被っておらず、一方通行もなんのその。人間界のルールを破る危険極まりない妖怪。

ただスピードは時速7キロほどなので、その点ではそれほど被害は聞かれない。チャリやものすごい綺麗なフォームで走る女子に簡単に抜かれていく。からくりババァがまたがるのは、歩くのが辛くなった高齢者が乗る補助的なそれではなく、確かに原付である。車種は白のDIO。不気味に薄汚れたその車体のカゴには、たくさんの荷物や野菜が積まれている。

都心または通行量の多い道路にはからくりババァは表れない。複雑に入り組んだ路地や、地元の人しかわからないような陽の当たらない小道。いわゆる下町らしい道がババァのテリトリーだ。あまり警察の目の届かないような独自の文化、町並みが生み出した妖怪なのである。

なおからくりババァに関する目撃談が寄せられた。

S藤 アナスイさん・21歳・大学生 からの目撃談

「あ、はいはい。からくりババァね。僕の家の横の路地でもよく見ましたよ。別に怖くはないけど迷惑ですよね。どこでも原付で走りますからね。え?ヘルメット? いや、僕が見たときはちゃんと被ってましたよ。広島カープのやつでしたけどね。僕それ見たときその場でうずくまりましたもん。笑いすぎて。そうですそうです、例の赤ヘルです。ファンが被ってそうなやつ。まぁどっちにしろ違反なんですけどね」

なぜ原付に乗り続けるのか。S藤氏はこう続ける。

「普通のおばちゃんのいわゆるチャリ代わりなんでしょうね。確かに原付のほうが漕がない分楽ですし。何せあの荷物ですからね。いつも小旅行レベルの荷物積んでますもん。あ、でも動かなくなった原付をガンガン蹴ってたときはビックリしましたね。たぶん単純にガス欠かなんかだと思うんですけど。衝撃与えたら直るって昭和のテレビじゃないんだから。まぁ、はい、ざまあみろって感じです(笑)」

人間界の掟では決して縛れない妖怪たち。ただそんなからくりババァも最近では影を潜めているという。

「最近じゃこの辺もかっちり整備されちゃって。それがからくりババァとしてはやりずらかったんでしょう。あ、でも元気そうですよ。からくりババァから普通のババァになっただけです。まぁでもそうゆう迷惑行為がなくなったのは確かにいいんですけど、少し寂しい気もしますね。下町の味が薄れたと言うか。良くも悪くも健全になったんです。」

S藤氏はなおも続ける。

「人間に住処を破壊されるのは、動物だけじゃなく、また妖怪もそうなんでしょう。」

からくりババァが鳴らすクラクションは、もしかしたら人間の自然破壊に対する警鐘だったのかも知れない。

世界には未だ解明できない怪奇現象や生物が確かに存在している。今ロウソクの火がまた一つ消された。

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2007年8月 2日 (木)

先生は魔法使い

Kyoudinojyumonn_2 僕の通う高校は、少なくとも僕らにとっては校則がかなり厳しかった。例えば頭髪検査なんてふざけた行事があってそれにひっかかり続けると本当にバリカンが登場した。体罰だって平気で行われていた。僕も何度か憂き目にあった。鉄の棒を持ち歩くビリーカーンのような先生に、その武器で尻を引っ叩かれたりした。そのせいで尻が腫れ上がり、痛くて椅子に座れず、次の授業で他の先生に「何をふざけてるんだ」と怒られる。なんて理不尽なんだ。教師陣は親に体罰を宣言していたし、あまりにも校舎内では当たり前の光景だったため騒ぎにもならなかった。

それでも僕らはそんな網の目を潜って反抗した。反抗とはいってもかわいいもので。タバコを吸ってみたり。お酒を飲んでみたり。そんなハタから見れば大したことないことが、僕らにとってはギリギリのスリルだったのだ。だって目立ったら即罰則だったから。鉄拳が飛んでくるから。退学になった友達もいる。校則が厳しくてやめていった友達もいる。

女子には優しくて甘いなんて意見もあったが、まぁ数年前まで男子校で、ここ最近共学になったような学校だ。僕らと同じように教師も女子の扱いに慣れていなかったのだろう。

でも今はそんな縛りが少し恋しくもある。当時はあれだけ鬱陶しかったのに。僕はそこまで目立つ生徒ではなかったけれど、それでも何度かは説教をくらう事があった。僕のことをかわいがってくれる先生と、僕のことをたぶん嫌いな教師。はっきりしていた。僕のことをたぶん嫌いな教師は、たぶん僕のことを嫌いだった。

それは高校2年の秋のこと。

放課後、職員室に呼び出される。僕を含めた3人。仲間内でゲームセンターに行った事がバレたのだ。確かに生徒手帳にはゲームセンターへの立ち入りは禁止と書かれている。でもいいじゃないか、ゲームセンターぐらい。犯罪じゃあるまいし。誰に迷惑かけたわけでもない。なんて馬鹿げた校則なんだ。本当にそう思う。でも残念なことにそんな学校だった。職員室で椅子にふんぞり返る教師の前で、俯きながら立つ僕たち。もちろんポーズだけで反省なんかしていない。運が悪かっただけだと誰もが思っている。面倒なことになった。いかにも元男子校だったといううちの学校の流れを汲んだ教師。きっちりしやがって。迷惑なまでに職務をまっとうしやがって。話が長い。声が大きい。たぶん僕のことを嫌いな担任の先生だった。「お前ら何を考えているんだ」、なんて。ゲームがやりたかったとも答えられないし。暇だったからなんて言ったら、青春の素晴らしさと大切さをクドクド語るに違いない。あーあ、殴られるのいやだな。10分、20分と説教が続く。「反省」と「校則」という言葉が何度も何度もループする。早く帰りたい。あー、お腹空いたなぁ。教師の声が段々遠くなる。あー、眠いなぁ。あー、「さくらんぼ」の「んぼ」って何だろう。あー・・・。僕は異世界に飛び立つ寸前だった。

まずは・・・。そんな前フリのあとに。「お前さんだ!」。ぽーっとしていた僕の体が一瞬ビクっとなる。教師の指は明らかに僕を差している。今ならわかるが、彼は一人一人に反省のセリフを言わせたかったのだ。まぁいかにもこの教師が好みそうな戒めだ。

ところが当時の僕は大きな勘違いをした。それまで何せぽーっとしてましたから。ええ。教師が言った「お前さんだ!」を、「お前サンダー!」と本気で聞き違えてしまったのだ。まったくもって終わっている。

そしてそうなったら何がなにやらさっぱりわからない。

え?何?今何て? お前サンダー? お前サンダーって何? 呪文? どうすればいいの? 僕は大いに焦った。SOSの視線を送っても友達は俯いたままで気づかない。やばい、ちょっと待ってくれ。何が起こった。なんでこの教師は急にお前サンダーなんて言い出したのだ? 自分の血圧が上がるのがわかる。ヘルプミー。一体何が正解だ?

僕も他の誰かを指差して、「お前ファイヤー!」とか言えばいいのだろうか。そしたら指された両隣の人が「ファンタジー!」とか声を揃えて言ってくれるのか? そんな中高生が好みそうなライトなゲームが始まったのか? 本当に? 間違えたら罰ゲーム? え、ルールよくわかんないんだけど。いや、違う。それはない。そんなわけがない。どう考えてもそんな浮かれた空気じゃないのは明白だ。

じゃあ何か。お前サンダー。僕にだけカミナリが落ちたということか? 僕だけ特別怒られているのか。冗談じゃない。僕は確かに説教を聞き流してはいたけれど、ゲームセンターには誘われたから行ったのだ。主犯ではない僕だけが何故サンダーを受けねばならぬ。

そんな迷える子羊に教師が追い討ちのムチを打つ。「何も言えないのか?」。うん。確かにその通りだ。でも頼む、何を言って欲しいのかをまず教えてくれ。お前サンダーって一体何なのだ。僕の頭の中でちょうちょが飛んでる間に一体どんな展開があったのだ?

黙り込み一向に進展のない僕に、教師はふんっと大げさに鼻から息を出した。え?何?今、鼻から出したのがお前サンダー? へぇ、意外と地味なんだなぁ。そんなどうしようもない勘違いをする僕にはもう触れず、教師は次に隣のやつを指名した。

こんな時に頼りになるやつもいたもので。指されたこいつはまたペラペラしゃべりやがる。反省点。今後。当校の生徒として。絶対そんなこと思ってないのに。もはやペテンの領域だ。そいつのしゃべる時間が増えるにつれ、見るからに教師の顔から怒りの色が薄れていく。あぁ、なんと素晴らしい仲間を持った。っていうかそうゆう反省を見せるコーナーだったんだ。そこでやっと気づいた。

そいつの活躍もあって僕らはこの後ほどなく解放された。僕はといえば、教師に愛想を尽かされたのか一度も目を合わせてもらえなかった。まぁ殴られなかっただけよしとするか。

その帰り道、僕らは一緒に帰っていた。ついてなかったな、なんて話しながら。お前サンダーの話を笑われたりしながら。電車に乗ると、その適当な口ぶりで教師を治めたあいつが言う。「暇だからゲーセン行かね?」。もちろん僕の答えはOK。高校生なんて大体そんなもんだった。長くて長くてとても静かな、誰も気づかないような闘争だった。当事者の僕達でさえ戦っていることに気づいていなかったのかも知れない。

卒業してから僕は母校に一度も足を踏み入れていない。別に避けてるってわけでもないのだが。

ただ母校の最寄駅は今でもたまに利用する。駅の改札を出ると、通いなれた道が広がる。あの頃とは通るルートも違うわけだが。ただその辺りで吸うタバコは格段にうまく感じる。

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2007年8月 1日 (水)

やせの夏

Yasenonatsu 1人暮らしを初めて2年と3ヶ月。僕がどんな生活をしていたかを物語るはっきりとした数字がある。8。これがなんの数かわかるだろうか? おそらくピンと来ないだろう。正解はそれまでの僕の体重から引かれた数。つまり僕は1人暮らしを初めて今までに8キロほど痩せたのだ。右肩下がりのそのグラフは僕が必死で生きた軌跡なのだ。

久しぶりに会う友人なんかには必ず言われる。痩せた? あぁ、その通り。痩せてしまった。お金がないのと、食べるのが面倒になったのが一番の原因だろう。当初の予定と現実は違い、自炊なんてできなかった。服を着替え食べ物を調達しにいくのは時に面倒だった。そしてその調達費を稼ぎ出すのはもっと大変だった。僕の身長は170センチと思っていただければ、まぁ間違いない。それを支える体重は53キロ。なんてこった。

僕より身長が高くて、僕より体重が軽い男たちを僕は数人知っている。確かにそんなやつらもいる。ただ彼らは例外なく綺麗に痩せているのだ。華奢というか、うん、それはそれは不思議な魅力があるのだ。セクシーであったり。それに比べ僕は無駄に肩幅が広く、背中が広い。牛乳飲むとお腹痛くなるくせに骨格だけはしっかりしてやがる。男らしくてけっこうじゃないか、なんて意見も出そうだが、これが痩せるとどうなるか。悲惨なのだ。ものすごく。かわいそうなのだ。明らかに不釣合いで。見るからに不恰好で。痩せ方に愛嬌がない。痛々しいのだ。かなりざんない体をしている。だから服を着ているうちは見た目は普通。脱いだりすると、「え、小枝?」という話になる。服を着ているうちは見た目は普通。脱いだりすると、「え、お前宗教とか信じるんだ?」という話になる。違うよ、普通に暮らした結果痩せたんだよ。神に仕える身としての断食とかじゃねぇんだよ。

僕は本当に食べなくなった。1日2食なんて大学生にとっては普通なのだろうけど、僕は1日1食でも平気でこなす。1週間食パンしか食べずに過ごしたこともある。2日でアップルパイ1個しか食べなかったこともある。なぜそこでの選択がアップルパイかというと、果物と炭水化物が一緒に採れて栄養満点な気がしたのだ。なんて頭の悪い発想だろう。Tシャツの襟を噛んだらちょっとしょっぱくて、それがまたおいしくて、情けない事にそんなありもしないごちそうに夢中になってしまったこともある。本気で爪楊枝にマヨネーズをつけて食べようと思ったときはすでに限界を超えていた。

その上何の考えもなく頻繁にジョギングしたりする。もう野球なんてやってないのにバットを持って公園まで素振りをしに行ったりする。謎のダンスを小一時間踊る事もしばしば。急にバク転がしたくなりネットでやり方を調べて、しかしそんなことでできるわけもなく頭を強打し丸2日ほど寝込むこともある。貧乏ゆすりは微震と間違えられるレベルだ。まったくもってカロリーを大事にしろって話である。

最近でこそ生活も安定して、普通にメニューさえ選ばなければ腹を膨れされることぐらいは容易になった。きちんとお腹も空くし、それに答えて食べている。でも残念なことに不思議と体重は戻らない。

だからじゃないが、女の子と話すのはウキウキドキドキなんだけど苦手な話題がある。ダイエット。苦手というか素直に受け入れられない。うん、ダイエットの話はどうも。でもかなりの割合の女の子がダイエットって言葉にただならぬ反応を示すのも事実で。

そこで。1人の男としてちょっと一言いいですか。

今体重で悩んでる女の子、マジで気にしなくていいです。ほとんどの子はダイエットなんて必要ないです。むしろもうちょっとふくよかなほうがもっと魅力的なのになんて子も少なくないです。それ以上無理に痩せないで。僕は女じゃないんで気持ちはわからない。でも男だから言えることもある。なんでそんなに痩せたがるんだい?

例えば男にちやほやされたくて?例えばかわいくなりたくて?

だったらケーキほお張ってありのままの満面の笑みを見せてください。そっちのほうがよっぽどかわいくて魅力的だから。

僕を見て。痩せるってそんなに幸せじゃないかもよ。

まぁ中にはいますよ。痩せたほうがいいって子も。まぁいますよ。「あたしって小食だから」とか言ってね、フライドチキン握り締めてる子ね。まぁいますよ。「あたしこれからカレシとデパート行ってプレゼント買ってもらうんだ」とか言ってね。おいおい、どうせ技のデパートだろって子ね。まぁいますよ。でもそれは例外です。ほんのほんの一握り。大体の女の子はそうじゃないんです。と、僕は感ています。

それで自分に自信を持てるなら好きなだけやっていい。それでちゃんと笑えるようになるんだったら。だったらダイエットって素晴らしいことだと思う。でもそうじゃないなら。

ガリガリが好きって男もいる。でもそうじゃないほうが好きって男のほうがはるかに多いって経験上胸を張って言えます。僕を含めて。

痩せれば痩せるほどいいって風習は心からどうかと思う。

このブログを見ている男性の方で僕のこの意見に異論のある方はいますか?

このブログを見ている女性の方で僕のこの意見に同意してくれる方はいますか?

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