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2007年9月

2007年9月28日 (金)

きれいきれい

Kireikirei 先日誕生日の前に、この1年の清算をしようと部屋の大掃除をした。別に掃除するのが1年ぶりだとか、そういうわけではないけれど、ちょうど部屋も汚れていたしいい機会だと思ったのだ。そこら辺に散らばるペットボトルを捨て、そこら辺に広がった服を畳み、そこら辺に転がるぬいぐるみに名前をつけた。あぁそれにしても散らかり放題散らかっていたのだと、綺麗になった部屋を見るとそう思う。やたらと広く感じる片付けられた部屋だと少し落ち着かなかったりするのがバカらしい。でもよく頑張ったな。この状態をいつまでもキープするほうが、掃除をするよりもよっぽど難しいのだけれど。

まずマンガの量に辟易する。いつの間にこんなに増えたのだろう。そりゃいくら待ってもお金が貯まらないわけだ。そりゃマクドナルドの値上げに死ぬほど頭を悩ますわけだ。僕は以前書いた通りマンガ喫茶にも足しげく通うのだが、お気に入りのマンガは手元に置いておきたい派なのだ。でもちゃんと順番通り巻数通りに並べようとはするのだけど、必ずと言っていいほど、どのマンガにも抜けた巻があるのは何故なんだろう。本棚がかっこつかないではないか。マンガを並べてはニヤニヤしてる時点でかっこはつかないのかもしれないが。そして何故この巻は2冊あるのだろう。履歴書に趣味読書と書くには、少しばかり軸がぶれてきた気がする今日この頃である。

服も畳むのにも相当の時間を要した。面倒ではあるけど、このままにしておくと場所をとるし、皺になるし。あーこの服よく着てたなぁ。文化祭で着たみんなで作ったTシャツ。あの子との初デートで履いたジーンズ。お気に入りのストール。公園で拾ったカーディガン。公園で拾った軍手。公園で拾ったスリッパ。公園で落とした人としての尊厳。それぞれにそれぞれの思い出がある。

あ、これ。

初めての人から借りて結局返せなかったハンカチ。洗って返すという約束は、今もなお、どこかの宙を寂しくさ迷っている。こんなものまで僕は一人暮らし先に持ってきていたのか。バカだな。なんて弱く儚いんだ。なんて脆く小さいんだ。今の僕はうまく笑えているだろうか。ねぇ、君はどう思う。僕には思い出を笑い話にはできても、美化することはできない。未練なんて上等なものでは決してない。ただ今もし出会えてもきっとなんの感情も抱けないけど、あの時いなくならなければ今でも好きでいたかもね。なんて。まぁそんなこともあったよな。なんて。まぁ僕の青春の1ページであったことは間違いない。僕は少しでもあの頃の日々を思い出せるように、ハンカチをそっと顔に近づけた。死んだカメの匂いがした。死にたくなった。

よく着るやつだけを残して、あとはクローゼットで待機してもらおう。

ところがクローゼットの中もめちゃくちゃで。この中にも服やら本やらが所狭しと納められている。いつ雪崩が起こるかわからない。うわー。でもいつかは手をつけなきゃいけないところだし、テスト勉強中に掃除をしたくなるというまさかのきっかけも、今の身分としてはないし。どうせならやってしましますか。ということでクローゼットのお掃除開始。ところがどっこい。こうゆうときに限って中から卒業アルバムなんかが出てきてしまうから、掃除は難しい。だってこうなったら中断せざるをえないもの。

高校生か、懐かしいな。僕はあの頃の気持ちに帰る。我が3年C組。そのページには懐かしい面々が。みんな元気でやってるかな。みんなの個人写真。当時好きだった子もいた。ピースサインをしたり思い思いのポーズをしたり。みんな若いな。その中に僕がいた。なぜかカレー粉にかじりついている。まさかのバーモンド。なんだろうこれ。なんで一生残る卒業アルバムにこんな個人写真を残してしまったんだろう。なんで当時の僕はこれを面白いと思ったんだろう。この大掃除が終わってもこの写真は消せそうにない。思い出の汚れは落ちそうにない。

アルバムを見ていたらあっという間に小一時間が経っていた。これはまずい。いくらなんでも中断過ぎる。もう夜も遅いし、とっととケリをつけねば。僕は高校の卒業アルバムを閉じ、元あった場所に戻そうとした。あれ?なにこれ?隣りに中学の卒業アルバムもあるじゃない。こうなったら再びの中断はいたしかたない。何度も言うが、これだから掃除は難しい。

小学校のアルバムはなかったため、今一度の中断は避けられたが、それでも掃除が終わるまでに時計の針は多くの時間を刻んだ。雑誌は雑誌でまとめて、書籍は書籍でまとめて、文庫は文庫でまとめて。まぁ雑誌は別として、なんで僕はこうも本を捨てられないのだろう。もう二度とは読まないとわかっているのに。

ゲームだのパソコンだのの周りはもうわけがわからない。何このコード。どこにも繋がってないじゃん。絡まるな、おいそこ絡まるな。いや、だから絡まるなって。解こうとすればするほど絡まる。じゃあ逆にと、絡めようとすればするほどやっぱり絡まる。お前ら仲よすぎなんだよ。ムキー。何だよこれ。あーもう。そしてなんでスーファミの本体ないのに、コントローラーだけあんだよ。一体どういうつもりなんだろう。しかも連射機能までついているし。大して友達いないのにマルチタップとか買うなよ俺。

食器を洗って、最後に自分を洗おうとお風呂に入った。どのシャンプーが空で、どのシャンプーがまだ入っているのかがわからない。ここも掃除しなければ。

掃除が終わって広くなった部屋で、僕はタバコに火をつけた。別に僕はたぶんそこまで片付けられない子ではないのだろうけど、最近では来客も少なかったし、それなりに忙しかったりで。ほら、これからは僕の家遊びに来ていいんだよ。ウエルカム・マイ・ホーム。いつ女の子が来たって恥ずかしくない程度には仕上げたつもりだ。今度女の子が来るまでに、この状態をキープするどころか、もしかしたら引越しているかも知れないが。ただ綺麗に片付いた部屋はやはり気持ちがいい。来客云々に関わらず、これからはちゃんとしよう。頑張って小まめに掃除をしよう。よし、やるぞ。

立ち上がると同時にひっくり返した灰皿に、僕は早くも前言を撤回しそうになった。

【ゴミの分別とかちゃんとして偉いからご褒美↓】

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2007年9月26日 (水)

特別な日

Tokubetu 一人暗い部屋でブログを更新しています。

今日誕生日なのに。

こんな僕はどうですか。




【そんなアナスイにせめてもの誕生日プレゼント↓】

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2007年9月25日 (火)

伊達に願いを

Megane なにやらメガネ男子がモテてるらしいという情報が、「マジもてハッピーウハウハ人生虎の巻」という架空のメルマガから届いた。なかなか信頼できそうな情報だ。確かにメガネ男子は増えた。確かにオシャレメガネをかけている男子というのは、その名の通りオシャレに見えて、メガネの通り知的に見えて、こりゃ好印象間違いなし! といった感はある。そう考えると興味深い風潮ではあるが。へっ、何がメガネだよ。そんなもんに頼ってモテたら苦労しないんだよ。僕はずり下がってきたメガネを、人差し指で押し上げた。

この知的に見せるって、言葉では簡単に言えるけど、実戦するとなるとなかなかどうして難しいわけで。知的という単語に、おそらくマイナスのイメージを抱く人はいないと思われるし、なんとか身につけたい鎧ではあるんだけれど、日々うまくいかずの思考錯誤の連続だ。どうしたら知的に見える? 文房具でも持ち歩いたらいいのだろうか。「見てあの人超クーピー」みたいなことを言ってもらえるのだろうか。「トンボの新作秋モデル」などとファッション雑誌の表紙を飾る日はくるのだろうか。
こちらも一応書き手として、何か面白いことがあったらメモをとるようにしてはいるんだけど、それは僕としてはなかなか絵になっていると思うのだ。散歩中に小さなノートを取り出し、小難しそうな、それでも宝物を見つけた少年のような瞳でペンを走らす。この姿どうだろう。なかなか知的じゃないか。書いてる内容が、「ババァがサボテンと本気で喧嘩してた」とかだからいけないのかしら?
今のところ「すいません、そこのベンチでドストエフスキーについて語りませんか」などという女性は現れない。僕は最近ドストエフスキーが犬の種類じゃないことを知った。知識は万全だ。熱いトークバトルを繰り広げる準備はオッケーなのに。
本を読む?本は読んでいる。なるべく難しそうな文庫本をチョイスして。それでもやはり誰も寄ってはこない。文庫本に隠して少年ジャンプを読んでいるのがバレているのかもしれない。こうも苦労に苦労を重ねて得られなかった知的の称号が、たったメガネ一つで! 簡単に! すごーい。今なら同じメガネがもう一個ついてくる! みたいなね。

それを抜いても、単純にメガネが外見に作用することはある。普段眼鏡をかけている人が眼鏡を外すと、なにやら物足りない思いに駆られたり、ときには誰だかわからなくなることさえある。「ほら、あのメガネの」なんて誰かを紹介することもあり、やっぱりメガネの影響は侮れない。

「そんなのお父さんじゃない!」

娘が家をサンダルで飛び出したのは遠い夏の日のことだった。そのときメガネを外していた私にきっと何らかの違和感を感じての事だろう。ただそのセリフを眼鏡に対して言っていたのが気になるところだ。本体は私なのに。お父さんは私なのに。今頃ベラ美は何をやっているのだろうか。元気でやってくれていればいいのだけれど。

とまぁ、こんなふうにメガネの魔力は偉大なのだ。ベラ美が誰だかはわからないが、これはメガネをかけない手はないと。僕はそう思うわけなのだ。全てはモテたいがために。僕はいつでもチャレンジャーなのだ。

僕は今目がいい。手術をしたのだ。視力回復の。改造人間アナスイ。

昔は本当にメガネが必要だったし、コンタクトもしていた時期がある。コンタクトは本当に面倒だった。目薬がないと不安になり、保存液がないと不安になり、警察の前を通ると何もしてないのに不安になった。面倒くさがりの僕のことだ。確かにそれによって見えるようにはなったのだが、その分のリスクも大きく、僕は裸眼で過ごす日が段々と増えていった。学校に行かない日はコンタクトをしない。そう決めていたのに学校に行く日もコンタクトをしなくなった。そうなると黒板の字は見えないし、遠くから手を振られても誰だか認識できない。手を振られたので、わからないからといって無視するのも感じが悪いしとりあえず、「おーお疲れー」などと言ってみたら教授だった、なんてことはザラにある。黒板の字も見えないし、仕方なく隣の席の女の子のノートを盗み見ていたら、「美香マジ死ね」と書いてあったので、僕もうっかり自分のノートに写してしまった。
今は視力概ね良好。黒板の字は見えるし、運転にも支障はない。だからかけるとしたら、伊達メガネになる。

実はすでにもうちょこちょことメガネをかけて外出する機会が増えてきてはいるのだ。スーツのときはメガネと決めていたのに、私服でもワンポイントとしてメガネをかけるようになった。まだ慣れないので外している時間も多いが、それでもコンタクトとは逆に段々と登場機会が増えている。これがまた驚いたことに確かに評判がいいのだ。

「いいメガネだねー」

「メガネいいよー」

「メ・ガ・ネ!メ・ガ・ネ!」

などとよく言われるようになった。全てが僕に対してではなく、メガネに向けられているのは少しばかり気になるが、それでももちろん悪い気はしない。妹喫茶にて「にぃーにぃーメガネかっこいい」と言われた時は本当に嬉しかった。近くにアロンアルファがあったら二度と外れないように固定していたに違いない。

なんで今までの人生、メガネのニーズに気づかなかったのだろう。それに気づいてさえいれば、人生に少なからず鮮やかな色がついたのに。まぁメガネが流行りだしたのなんてそんなに前のことじゃないし、その前はメガネといったらがり勉の、オタクだのの代名詞だったので仕方のないことではあるのだけど。一体何が起こってのメガネ人気なんだろう。こんな僕にはあやかることしかできない。

僕は今日もメガネをかけて外に出る。

行く当てはない。何も見えない。

【もう必死。いろいろ必死。↓】

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2007年9月21日 (金)

ガクブル

Kowai 確かに最近じゃ夜更かしすることも多かった。ブログを書いてる日もあれば、お酒を飲んでいる日もあった。でも今日は違う。

怖くて眠れない。

齢21にもなって、もうすぐ22を数えるこの身をもって、まさかこんな理由で寝れない日が来るとは思わなかった。恥ずかしながら、でも事実だから仕方がない。

電気は消さない。怖いから。電気を消さないと眠れない。お風呂も入っていない。シャンプーなんて危ないこと、まさかできるわけがない。

朝日を待つ。実家に帰りたい。

昔からお化けだの怪談などは苦手だった。その手の話を聞くと、鳥肌が立って寒気がして喉が乾いて目が悪くなる。その手の話を聞いたあとに脂っこい物ばかりを食べると胃がもたれたりする。時代によっては不景気になる。ほら大変だ。だからそういった類の話になると、僕は両手で耳を塞ぎ、ひたすら大声で歌う。決してエアーレコーディングなどという新境地ではない。だって怖いものは怖いもの。僕は深夜の物音一つで、心臓がマックスビートを刻むほどの小心者なのだ。

今日まったく予定がなかった僕は趣味である古本屋巡りをすることにした。僕は古本屋が大好きなのだ。最近はブログを書いたり、バイトがあったり、公園で寝たり、爪楊枝と空き箱でロボットを作ったり、カステラの紙剥がした部分を小一時間眺めたりと、色々と忙しくてあまり行けなかった。久しぶりの巡業に気合が入る。全部で4件回り、結果は良好。探していたものは大体抑えられた。気分は晴れ晴れだ。例えばコンプリートを目指すマンガの抜けている巻を、古本屋で見つけたときの嬉しさといったら、そりゃもう。僕には本と交換するお金を勿体無いとはどうしても思えない。マンガに囲まれる生活は幸せってやつだろう。

ただある一冊のマンガを買ったのはまったく予定外だった。偶然の出会い。存在は知っていたし、過去に読んだこともある。怖ろしいぐらいに面白くて、面白いぐらいに恐ろしいマンガ。望月峯太郎先生の「座敷女」。お勧めだけど僕は決して責任とりません。ちなみにこれはお化けの話ではないです。

棚にポツンとあったその本を見つけた時は、もうすでに「買い」の脳内指令が出ていた。最初にこのマンガを読んだのは中学生ぐらいだったか。怖ろしくて寝れなくなったことを覚えている。あの時は確かにそうだったけど、今更大したことないだろう。そう軽く考えて読み始めた大人になった僕は今、電気と間接照明を着けて、布団に潜り込みながらブログを書いている。完全な判断ミスだ。情けない。情けないけどしかたない。誰かトイレついてきてくれませんか?珍しく一人暮らしを憎んだ。

例えばお化けにしてもそうなんだけど、僕はそういった話をすごく信じやすい。感化されやすい。頭ではわかっていてもチキンハートが勝手に反応してしまう。真性の怖がりなのだ。例えば女の子と肝試しに行くなんてことになったら、「あはは、大丈夫大丈夫!怖くないよ!僕についておいで!」などと口では言うが、服の下に内緒で書いた体中のお経が汗で滲んでいるに違いない。もちろん携帯の着メロにもお経をセットして望むつもりだ。怖い。怖すぎる。ご先祖様助けてください。もし本当にご先祖様が助けに来たら、僕はやはりお化けが出たと大騒ぎするだろう。

あと僕が高校生の頃なんかは、チェーンメールなんてものが流行った。今はあるのかないのか。「このメールを1週間以内に5人に回さないと不幸になる」といったテイストの、まぁ舞台がメールになっただけでベタと言えばベタな内容だ。少しばかり内容が違っても、似たような種類がいくつかあった。くだらない。まったくバカらしい。こんなものに泳がされてたまるか。こんな失礼なメール誰かに送れるわけがない。何が送らなきゃ不幸になる、だ。ふざけやがって。このメールを僕に送りつけてきたのが、当時好きだった子の時点で僕の不幸はとっくに確定しているじゃないか。だから僕は送らなかった。いくつものチェーンメールを止めた。でもその度に不安になった。

大丈夫・・・だよな。でも、もしかしたら不幸が・・・。不幸って。まさか死ぬことは、ないよな。いやいや。それはないって。ないない。はっ、でもこの前コンビニで研修中のバイトに冷やし中華を温められたのはもしかして・・・。確かにお願いしますっていつもの癖で言った僕にも非はあるけど・・・。

考えれば考えるほど不安は増した。今思えばバカらしいが、じゃあ今そんなメールが来ても少しも心が乱されないかと聞かれたら、胸を張っては答えを出せない。僕は本当に怖がりだから。

「座敷女」とお化けとチェーンメール。ジャンルは違うけど根底は僕にとって一緒。全部怖いもの。全部僕を乱すもの。

この文を書いてるうちにようやく朝日が出てきた。

朝日に包まれると成仏しそうになるあたり、僕も彼らもさして変わらないの気はするのだけれど。

【1日1回押すと確かにアナスイが幸せになります↓】

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2007年9月20日 (木)

みぴょこぴょこ

3pyoko 実家にカエルが出た。

なぜ?なぜこんなところにカエルがいるの?僕は生まれてこの方東京暮らし。こちとら江戸っ子でい、なのだ。だからそうそうカエルなどお目にかかれるものじゃない。少なくとも家の中でカエルをみたのはこれが初めてだった。すごく小さくて、鮮やかな緑。「うわぁ、カエルがいる」なんて何の工夫もないことを言ってしまう。深夜の突然のお客様は、ソファに我が物顔で座っていた。我が家は4階。一体どうやって入り込んだのだろう。まさか階段を一段づつ登って?確かにそれはカエルっぽいけど。エレベーターに乗ったのか?だとしたらよく4のボタンまで届いたものだ。カエルの跳躍力は侮れない。

そこに僕の最愛のペット、愛犬セプがやってきた。僕だって、さっきも言った通りカエルなんてあまり見たことがないのだ。僕の3分の1ほどしか生きていない彼女にとっては、おそらく初めての出会いだっただろう。彼女の目には一体どう映っているのだろうか。不思議そうな顔をしている。別に恐怖ではないようだ。食べちゃダメだよ。

捕まえて外に逃がそう。僕はそう考えた。まさか飼うわけにもいかないし。この東京砂漠でカエルが無事生きていけるかは疑問だったが、少なくともうちにいるよりは可能性がある。僕はカエルにそっと手を伸ばした。跳んだ。少しビックリした。

そりゃそうだよな、カエルだもんな。跳ぶよな。

大丈夫、恐くないよ。僕は君の味方だよ。

僕はそっと手を伸ばした。また跳んだ。僕はそっと手を伸ばした。また跳んだ。・・・この野郎。幾度も挑戦するが捕まえられない。

おいおいおい。逃がしてやると言っているのに。お前は外の世界に飛び立ちたくないのか。なんどやってもカエルは僕の手からすり抜けていく。

こうなると僕も段々と本気になってくる。絶対に捕まえてやる。僕は腕まくりをした。そしてさっきまでの4倍の速さで動く。ふふ、この動きについてこれるか、緑の者よ。くらえぇ!シュッ!

カエルが跳んだ。僕の手が壁に突き刺さった。あ・・・あ・・・。い、痛い。ち、ちきしょう。カエルはなにやら僕をバカにしたような目をしている。ふふ、わかったよ。確かに僕の力だけじゃ捕まえられないようだ。でもここは斉藤家。文字通りホームだ。運が悪かったな。我が家のとっておきのコンビネーションを見せてやる。いくぞセプ!

僕はカエルをじわりじわりと追い込む。少しずつ逃げ道を断っていく。最終的に1本だけ残した逃げ道。その先にはセプがいる。見たか。これが知恵だ。これが斉藤家だ。作戦は完璧。カエルは僕の思惑通りに動き、ついにポイントに差し掛かった。さぁ、今だセプ!捕まえろ!

セプがお腹を見せて寝転がった

な、なぜだ!?なぜそこで服従のポーズを!?なぜカエルに敬意を!?最近じゃ僕にも見せないお腹をなぜ。

どうやらいつの間にか、

カエル>愛犬>僕

という絶対に信じたくない図が完成しているみたいだ。もしかしたらセプは、カエル一匹捕まえられない僕に愛想をつかしたのかもしれない。言い訳しようにもできないし。まったくセプといいカエルといい、言葉が通じないというのは困ったものだ。一体どうすればいい。

深夜のドタバタ騒ぎに、親父が起きてきた。これ幸いと、僕はことの顛末を話す。親父は視線をカエルにうつす。そしてまた僕を見た。

「何、お前カエル一匹捕まえられないの?なっさけない。これだから現代っ子はなぁ。まぁ見てろよ」

カエル一匹で頭ごなしに否定されるのは少し納得がいかなかったが、これは期待できそうだ。任せたぞ、親父。俺が小さい頃はなぁ・・・誰も望んでないのに語りだす。ただその視線は確実にカエルを追っている。親父は闇雲に手を出さない。なるほど、次に跳ぶ地点を計算して捕まえる気か。さすが長寿の功。そして訪れたその刹那。勝負は一瞬だった。僕の目には親父の手の動きがほとんど捕らえられなかった。

「どんなもんだ。ホラ、逃がすなよ」

親父が僕の手に手を重ね、手を開いた。しかし中には何もいなかった

ふと下を見ると、カエルがピョンピョンと元気そうに床を跳ねている。

おいおいおい。親父さん。偉そうなこと言っといて全然捕まえられてないじゃないの。完全な空振りじゃないの。さっきの大袈裟な動きは一体何なんですかね。

深夜のドタバタ騒ぎにババァが起きてきた。これ幸いと、僕はことの顛末を話す。

何?こんな時間に帰るの?

この人はダメだ。

そのあとも親父と僕で協力しながら、カエル捕獲に必死になった。なんとか捕まえられた頃にはもう空が開け始めていた。なんだか少し楽しくなってる僕がいる。思えば親父と何かをするというのもあまりなかったなぁ。カエルの捕獲なんて、自慢できるような家族計画じゃないけどさ。でもこれがカエルがくれたプレゼントだとしたら、決してお粗末なんかじゃない。

僕はカエルを逃がさないように慎重に外へと運んだ。

手を開けるとカエルは少しだけ僕の手に残り、すぐに外の世界へと旅立って行った。僕は口に出さず思う。

達者で暮らせ。

ついでに飲み物とタバコを買って家に帰った。最近の朝はもう、少し肌寒い。

家に着くと、親父もババァもまた眠ったようだった。いつも通りの静かな家。

さっきまでカエルが座っていたソファーに今度は僕が座る。

セプが近寄ってきて膝の上に座る。

ずっとここにいたいと思った。ずっとこのままでいて欲しいと思った。

少しだけカエルに悪い事をしたと思った。

【僕も高く跳ねたい↓】

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2007年9月17日 (月)

僕の帰る場所

Tadaima 先日「妹喫茶」というとても素敵なラビリンスに迷い込んだ。初めての体験。妹に若干恐ろしいほどの憧れを持つ僕にとっては、まさに夢のような場所。前々から、客をお兄ちゃんのように扱ってくれる店がある、との噂は聞いていたのだけれど、どうやらそれは本当のようだ。入り口をくぐると「おかえり、お兄ちゃん」 と妹達が迎えてくれた。「ただいま」。お兄ちゃんである僕ははちょっと照れくさそうにテーブルに案内された。

正直言えばドキドキしている。かわいい。かわいすぎる。やばいな。何をされても許してしまえそうだ。心臓の音がクリアに聞こえた。

とりあえず飲み物でも頼むか。渡されたメニューを開くと、そこには多くの知っている飲み物と、いくつかの知らない飲み物が記されている。妹の気まぐれドリンク的なやつ?650円するのだが、妹が好き勝手飲み物を混ぜて、ようするに、オリジナルレシピで僕をもてなしてくれるらしい。妹が僕のために試行錯誤を繰り返し、苦心のすえようやく出来上がった一杯の飲み物。それで650円だなんて。本当にそんなデフレ価格でいいのだろうか。お兄ちゃんお金なら持ってるんだよ?だってここ来る前におろして来たんだから(食費4日分)。650円か。うーん、でもまぁそう言うんならお言葉に甘えようかな。

届いたそれはまるでルビーのような色をしていた。妹の手によって輝いた宝石。真紅。素晴らしい。見ているだけでも満足だが、それでは妹に悪い。もったないない気もしたが、僕はストローに口をつけた。・・・ん。んと。あれ。

「ねぇ、これ何が入ってるの?」

僕は妹に尋ねる。妹は笑顔で返す。

「んーと、オレンジジュースとカルピスとジャムケチャップ!」

うふふふふ。ジャムとケチャップかぁ。そりゃ赤いわ。そりゃストローに詰まって出てこないわ。うふふ。まぁ味は想像できたので、これはやっぱり見て楽しむことにしよう。まったく妹はイタズラっ娘なんだから。かわいいなぁ、もう。

店内を見渡すといろんなことが書かれている。撮影禁止。休日禁煙。そして僕は気になる一文を見つけた。

「ゲーム3分500円」

な、なんだと!?妹とゲームができるのか!?頭の中の僕が指示を出す。ゴー。当然やる。だってこんなかわいい妹たちと3分もゲームができて500円しかかからないのだ。こんなおいしい話そうそうあったもんじゃない。物価が高い高いと言われるけど、それはもう過去の話だ。日本もずいぶん住みやすくなったものだ。僕は席を立ち、ゲーム券を買いにレジへとむかった。

受け取ったゲーム券にはなんと名前を書く欄がある。な、なんだと!?もしかして名前を呼んでくれるのか!?なんてよくできた妹たちなんだ!なんて書く。さすがにアナスイと書くのは恥ずかしいものがある。でもなぁ。確かにアナスイお兄ちゃんって呼ばれたい。切に。どうするか。うー悩む。悩んでる間に、妹と他のお客さんのやりとりが聞こえてきた。どうやら他でもゲームをやっているらしい。

「○○にぃーにぃー、つよーい」

な、なんだと!?にぃーにぃー!?つまり兄ぃ兄ぃ。にぃーにぃーと呼んでくれるのか!?あああああ。パラダイス見つけたり。アナスイにぃーにぃー。悪くない。むしろいいぞ。ひどくいい。それを支えにこの先どんな困難をも乗り越えて行けそうだ。・・・でも。でもなぁ。やはりネタテキストブロガーとしての血が騒ぐ。騒いでしまう。ここは是が非でも妹を笑わせたい。もちろんそのリスクの高さは十分理解しているつもりだ。でも面白い人=好印象という完璧な方程式。それができれば僕と妹の距離は一気に縮まるのだ。そうだ。守るな。攻めろ。名残惜しいけどアナスイの名は隠そう。ここは笑いの修羅となれ。一世一代の大勝負。「○○にぃーにぃー」。なるほどね。僕は考え抜いた名前を書いて妹に渡した。ほどなくして妹がやってきた。

オーヤンにぃーにぃーなんのゲームで遊ぶ?」

・・・どうしよう。いたって普通に呼ばれた。すっごい考えたのに。全然笑ってない。え?これ面白くない? あれ、もしかして欧陽菲菲知らないのかしら。ほら、オーヤンフィーフィー。ほら、ラブイズオーヴァーの。それで欧陽兄兄。なんちゃって。
そっか妹だもんね。年下だもんね。残念残念。隣のテーブルの、おそらく興味本位で来店したであろうカップルが笑いを堪えているのがわかる。心から恥ずかしい。穴があったら入りたい。すいません、どなたか頭から水ぶっかけてはくれませんか? もしかしたら今年一番の後悔だったかもしれない。

しかしここは紛れもなく勝負の場。そうひよってもいられないのだ。さっきは完敗だったけど本当の勝負はここからなのだ。勝つと福引が引けて、ステッカーやらうちわやらがもらえるらしい。正直欲しい。つまり勝つ。勝たなければいけない。妹たちはとてもかわいらしいけれど、ここは心を鬼にしよう。オーヤンにぃーにぃーと呼ばれるたびに心が折れそうになるけど、今は勝負に集中だ。
選択したゲームは「黒ヒゲ危機一発」。樽にナイフを刺していって黒ヒゲが飛んだら負けというアレだ。制限時間は3分。僕らは次々とナイフを刺していった。黒ヒゲはなかなか飛ばない。まだ飛ばない。手に汗握る展開。樽の穴が減るたびに、緊張感が増す。そしてついに。

残された穴は一つ。ここに刺したら間違いなく飛ぶ。最後の一刀は妹の順番だった。長き戦いの決着だ。勝った。僕は小さくガッツポーズをする。「えーあたしの負けじゃん!」。ごめんな、お兄ちゃんつい本気を出しちゃったよ。妹が最後のナイフを刺した。

飛ばない。

ピクリとも動かない。

「あれ?ちゃんとセットできてなかったかな?」

ゲーム終了を告げるアラームが鳴った。

んー。500円かかって、そして福引を引けないという事実。僕は思った。まったくなんてかわいい妹なんだろう。

そのまま妹喫茶でご飯を食べて、デザートまで食べた。その他諸々も食べた。段々と他のお客さんが帰っていき、結局、閉店時間まで居座った。伝票には多くの数字が並び、初来店にも関わらずスタンプカードが半分ほど埋まった。明日からは食パンをプレーンで食べよう。食パンも買えなくなったら消しゴムを食べよう。あは、お財布かるーい。

「行ってらっしゃい」

妹の最後までかわいらしいその言動に見送られ、僕は店を後にした。駅へと向かう帰り道。カバンから財布を取り出し僕は薄く笑う。笑うしかない。少しだけため息がこぼれた。喪失感。でもそれはお金を失ったからじゃないことは自分でもわかっていた。財布をしまい、今度は手帳を開く。僕は次の給料日に丸をつけた。

【せめてブログだけは守りたい↓】

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2007年9月15日 (土)

鳴らない鳴らない

すごく退屈だった。とても寂しかった。

家で一人、何もすることがない。

普段は思わない。誰かに会いたい。

テレビを見る?否。

ネットを見る?否。

かまって欲しい。成人だって。男だって。

携帯は一向に鳴らない。あいつからの着信もあの子からのメールもない。

電波のいい所に置いてみる。何度も問い合わせをしてみる。

鳴らない。鳴らない。

台所で寝てみる。少しだけ涼しい。

お尻を叩くといい音がした。

外出はやめておく。だって外で携帯の電池が切れたら大変だから。そしたら外出できないから。

漫画を読んでみる。少し眠くなる。

漫画のキャラクターは楽しませてくれるけど遊んではくれない。

何かあったらすぐに起きれるよう携帯の着信音量を最大にして眠った。

でも、夢は、覚えていない。

目が覚めた。

本能のままに眠れた。思う存分。何の妨げもなく。

鳴らない。鳴らない。

夜になった。寂しさが少し成長した。

テレビをつけた。すぐに消した。

お尻を叩くといい音がした。

部屋が静寂に包まれる。秒針が時を刻む音がやけに気になった。電気は消さない。怖いから。お化けとかではなくて。闇に包まれたら何かを失ってしまう気がしたから。

ご飯を食べた。味も量もどうでもよかった。

タバコが悲しいほどに不味かった。

僕はここにいるよ。

声には出さない声で呟く。

携帯が鳴った。僕はすぐに飛びついた。足をぶつけたけど別に気にならなかった。

メール。1件。

「お前今日なんで学校来なかったの?あ、もしかして今日から学校なの忘れてたとか?もう夏休み終わったんだよ?(笑)」

・・・?

迷惑メールだった。きっと迷惑メールだった。これは迷惑メールだった。たぶん迷惑メールだった。

僕は携帯の電源を切って放りなげた。

携帯電話は静かに横たわった。

携帯電話は

鳴らない鳴らない。






【せめてもの救い↓】

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2007年9月14日 (金)

アナスイときつね

Annasuitofox 眠い。ちゃんと頭は回ってる? それすら答えが出せそうにない。

布団はすぐそこにあるんだけど。今そこに飛び込むには、ちょっと条件が悪すぎる。

その日はまだ何も食べていなくて。水分だけのカロリー補給じゃ、後からしわ寄せがくるのはわかりきったことだ。何か食べねば。何でもいい。大事なのはとにかく人間らしくいることだ。

家中探してようやく唯一出てきた食料は赤いきつねだった。それがきつねとの出会いだった。

カップラーメンと称され、ジャンクにカテゴライズされる、それでも優秀な食べ物。

よかった。本当に。頼る。当然。何でもいいのだ。とりあえず栄養源でさえあれば。たかがカップラーメンがやたらとありがたく、その赤いフォルムがやたらとかわいらしく見えた。

お湯を沸かす。この間に寝てしまうと我が家に悲劇が訪れるので、耐える。

寝ないようにとタバコを吸う。ここで寝てしまうと我が家の悲劇は確実なものになる。

うちはガスコンロではなくて電気コンロが設置されている。昔の蚊取り線香のような渦巻状の金属が熱を発するシステムだ。その上に鍋を置いたり薬缶を置いたりして事を成す。しかしまた我が家の電気コンロというのがどうにも褒められたものじゃない代物で。とにかく弱いのだ。火力を最大にしてもお湯を沸かすだけで1日の48分の1ほどの時間を要する。つまり30分。そういう意味じゃ我が家ではカップラーメンだって手間隙かけたご馳走なのかもしれない。

今か今か。まだかまだか。きつねはまだか。何故こうも待つ時間は長いのだ。

ようやくお湯が沸いた。僕の限界は近い。

記された通りに、フタを開け、粉末スープをかける。これを食べたら寝よう。目が覚めれば世界はきっとそれなりに変わっていてくれるはず。

僕はお湯を入れるため薬缶を持ち、赤いきつねをペットボトルや食器などで散らかった台所の、唯一平らなところに置いた。くそ、眠いな。頭がぼんやりしやがる。台所での唯一平らなところは、さっきまで薬缶が置かれていた、渦巻きの上だった。僕はなんて愚かなんだろう。

ジュュー!

あ、あ、あ、あ、あ。あー!

我が家ではめったに拝めない煙の量と、何かの溶けるひどく不快な匂い同時に押し寄せる。や、やばい。電気コンロの上に赤いきつねを置いちまった。スイッチは切っているものの、かといってすぐ熱が引く代物でも、またないのだ。本当に熱しにくく冷めにくい。とりあえず僕は、薬缶片手に傍観するしかない。だって熱気で近づけやしない。ようやく騒ぎが治まったころには、もう僕は憔悴しきっていた。

はぁ。なんなんだよ。何の仕打ちだ。まったくついてない。でもやっとだ。やっと食べれる。ここまで長かった。僕は、渦巻きの上に置かれた赤いきつねに薬缶を傾けた。待たせたなきつね。

しかしお湯を入れても入れても一向に線まで達しない赤いきつね。入れたそばから吐き出していく。き、きつね? 電気コンロの周りがどんどん水浸しになっていく。おいおい。絶対なんてことはこの世にないらしいけど、こりゃ絶対に穴が開いてやがる。コンロの熱で底が溶けたのだろう。当然の結果と言えば確かにそうだ。もうダメだ。僕は薬缶を床に置いた。

コン。

・・・え・・・?きつね今・・・鳴いた?・・・こいつまだ生きてる。まだ命がある。食べて欲しいの? それはきっと本当に最後の最後に、きつねが投じた一石だった。

電気コンロの件で、きつねはその体に深い深い傷を負った。かわいそうなきつね。我が家に来てしまったばっかりに。ごめんな。ごめんよ。もうお湯は貯められない。もう粉末スープは流れ出した。きつね。きつね。きつねが最後に一滴こぼしたお湯を、僕は「涙」と名づけた。もうきつねは本来の役目を果たすことはない。でもきつねは訴えた。僕を食べて。ねぇ、僕を食べて。あの「コン」は床と薬缶が接触した音だと、僕は本当はわかっていたけど、そんなことは重要ではなかった。だから。

いいよ、きつね。君はよく頑張った。あの灼熱の鉄を押し付けられても、よくぞ緑のたぬきに変わらないでくれた。ありがとう。きつねは勇敢な戦士だった。

ただ一人ひよってたのは僕だ。食べられれば何でもいいと言ったのは誰だ? そうだ。ここからは僕の番だ。そうだ、やろうと思えばできる。負けるもんか。電気コンロの熱と共に、きつねは段々と冷たくなっていく。君の命無駄にはしないよ。

食ってやる。例え麺がバリバリだろうと。例え味がしなかろうと。きつねの命は僕の血となり肉となって生きるのだ。きつね、これからはずっと一緒だよ。僕は傷だらけのきつねを持ち上げようとした。さぁ、きつねこっちにおいで。しかし。

・・・は、剥がせない・・・!!

きつねが渦巻きから離れない。溶け出した容器の底がコンロと接着に至っている。強引にひっぱたらきっと大変な事になる。どうする。どうすればいい。強大な不幸の前に僕は余りに無力だ。きつね!カムバーック!きつねー!

でもいくら叫んでもきつねは動かない。きつね、そこがお前の死に場所か。わかったよ、きつね。君はそこにいて。うん、動かなくていい。思えば君にぴったりだ。我が家で一番暖かくて、我が家で一番冷めにくい場所。そこならぐっすり眠れるんだね。

僕は四角く固いままの麺と、これまた四角く硬いままのお揚げを皿に移した。きつねの中には何もなくなった。硬い。本当に。バリバリいっている。でも食べなくちゃ。きつねだから。食べなくちゃ。きつね、本当にごめん。そして本当にありがとう。本当なら味がしないはずのそれは、僕の舌には何故だかしょっぱかった。  

きつねは今日もそこにいる。動けない。動かない。

僕は毎朝きつねにコップ一杯分の水を注ぐ。きつねはそれをおいしそうに飲んでは吐き出す。

【そんなきつねに花束を↓】

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2007年9月12日 (水)

マンガ喫茶の夜

Mannkitu 最近やたらとマンガ喫茶で朝を迎えることが多い。帰る電車がなくなって、あーじゃあマンガ喫茶でも行くかなぁ、とかなんとか。昨日もそうだった。マンガ喫茶はすごく好きなんだけれど、なんだかな。ちょっと焦る。もうちょっとちゃんと生活できそうなものなのに。そんな日々は非生産的だから。学生の身分だし、いや、学生の身分でしかできないのはわかってても。ほら、卒論とか未だに白紙だし。卒論の資料集めにマンガ喫茶通ってるなんて言ったら教授にぶっとばされるかな。今度言ってみよう。

マンガ喫茶を知らない方のために説明を加えておこう。マンガ喫茶には、マンガがあってネット環境があってテレビがあってDVDなんかもあってゲームがあって、影もある。ドリンクは大抵飲み放題だし、食べ物も売ってるし、シャワーなんかもついてるし、タバコも吸えるし、この物件に決めちゃおうかしら、という施設だ。まぁ一人に与えられるスペースはそれほど広くはないが、寝るにしろ時間を潰すにしろ、さして問題にはならない。あえて欠点を言えば、当然ながら自分の他にお客様もいるわけで、壁で区切られてはいるもの、人の音がする。それは会話であったり、いびきであったり。時に男女の営みであろう声が聞こえてくることもある。

「美味しんぼの海原雄山の髪の白い部分って、これメッシュ入れてんのかな?」

などと僕の声が聞こえてくることもある。それでも始発が出るまで待って千円と少しが相場。これは利用しない手はない、と僕は思う。例えば旅先でのホテル代も浮くし。 

マンガ喫茶っていうぐらいだからまずマンガを読む。マンガは今まで莫大な量を読んできたつもりだが、それでもその何倍も何十倍も何百倍も読んでないマンガが日本にはあって。それは楽しみでもあるし、一生かかっても確実に読みきれないという、寂しさとも不安ともとれる思いにも変わる。マンガが隙間なく詰められた連立する本棚の前に立つだけで、少しひよってしまう。
昨日読破したのは『スラムダンク』。名作中の名作と評されるその作品を、僕は今まであえて避けてきた。だってなんだか登場人物みんなして眩しくて頭にくるではないか。リアル社会でも「スラムダンク大好きー」、「流川ちょーかっこいー」、「えーあたしミッチー派」などという女性が多い。おかしな話だ。だって「あん大好きー」、「アナスイちょーかっこー」、「えーあたしババァ派」だなんて聞いた事がない。中には、

「俺はスラムダンクを読んで本当に感動した。ワクワクした。こうなりたいと思った。だから決めたんだ。高校入ったらマンガ部に入ろうって」

となどと語ったH君のようなやつもいた。元気でやってんのかなあいつ。とにかく高校時代の大半を、マリオカートのタイムを一秒でも縮めることだけに費やしてきた僕にはちょっと辛い作品だった。それでもそんな壁を乗り越えて、いざ読み始めたらもう止まらない。うっは、こいつかっこいい。一気に読み終えた僕の目が光る。「うん、これは売れるぞ」。すでに大ヒットとされる作品に対し、ちょっとわかった評論家ぶる僕へのニーズはない。

ついでにちょこちょこネットも触ってみる。適当にミクシィを徘徊したり、人のブログを読んだりする。そんなことを言うと、「おいおい、そんな暇あるならお前とっととブログ更新しろよ」との声も聞こえそうだ。ただ僕は、それに対して一言言わせてもらいたい。本当に仰るとおりです。本当にごめんなさい。言い訳させてもらえるなら、僕はベストな環境、つまり一人の家でないとなかなか集中して書けないというデリケートな心の持ち主なのだ。デリケートというか、まぁ集中力がない。物音や視線一つで心がいとも簡単に乱される。昨日も一応マンガ喫茶で書いてみようと試みたのだけれど、冒頭が

「コロッケをサクッと揚げるだけがとりえのニューヒーロー」

などと明らかに方向性を見失った文章になってしまったので、前文削除に至った。本当に書けないんです、ごめんなさい。ちなみに変な色の豆を食べるとお腹を壊すデリケートな体も持っている。「じゃあさっさと家帰れよ」、と言われたら。それに対する返答を出すのは簡単だ。本当に仰るとおりです。本当にごめんなさい。

やがてネットにもマンガにも飽きると、ひたすら足をバタバタしたり、薄暗い店内をさ迷ってみたり、パソコンのペイントソフトを起動してわけのわからぬ犬やゾウの絵を描いては保存する。自分でもなんて迷惑なやつだと思う。この店内においていくらでも時間を潰す方法はある。ただ僕の奇行はマンガ喫茶での時間の過ごし方としてはおそらくレアケースだろう。

そして今やっと自宅に帰って、こんな文章を書いてしまったことを後悔している。

こんな文章を書くと、体が、細胞が僕をまたマンガ喫茶に行きたがらせるのだ。

【みんなでアナスイを天狗にしよう↓】

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2007年9月10日 (月)

僕が見たそれは

Bokugamita とある駅前で、

托鉢僧にめっちゃ絡むババァを見た

少しだけ息苦しくなった。




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2007年9月 7日 (金)

ありがとう抱きしめて

Arigatou 台風が通り過ぎた後の風は思ったよりも涼しくて。夏の終わりを実感するにはまだ早い気もしたけれど、それでも汗はほとんど出なかった。日差しは笑ってしまうほどに穏やかだ。とても優しく。とても明るく。こうゆうのを「幸せ」だと思える自分は、やはり幸せ者だと思う。

ピクニックなんて一体いつ以来になるんだろう。思い出せない。きっとずっと前のことだ。実にいいもんだ。すごくいい。ただ公園を歩く事が、こんなに気持ちがいいことだとは知らなかった。いや、正しくは忘れていたのだろう。公園では時間も人もゆっくりと流れる。池に浮かぶ鴨も、小さな小さな虫も、お天道様の下では平等で。僕らが腰掛けたベンチの近くでは、近くの美大生らしき若者が見慣れない楽器を奏でていた。ハトは低く飛んでいる。

君がその手に持つ紙袋。最初から気になってはいた。中に何が入っているのだろう。その中身、もしかしてもしかするのかな。期待してもピエロにはならないかな。そんな不安を君はいとも簡単に払拭してくれる。お弁当作ってきたんだ。そういう君は、誰よりもこの公園にいる資格がある。君がお弁当を作ってきてくれたおかげで、ピクニックがよりピクニックとなり、その舞台となる公園がより絵になる。この公園が、僕にとって、単なる思い出ではなくなる。

僕は料理が得意じゃないし、手作りのお弁当は用意できない。でも、だからじゃない。

朝から何も食べていないし、すごくお腹は減っている。でも、だからじゃない。

だから嬉しいんじゃない。僕が作れないものだから、空腹を満たせるから。そうじゃない。嬉しいのは君が作ってくれたから。朝早く起きて、お弁当を作る君を想像できるから。他でもない、僕のために。

本当はちょっと期待していたけれど。手作りのお弁当を持ってきてくれるんじゃないかって。そりゃ考えてはいたけれど。

でも今僕の喜び方は決して演技でも大袈裟でもない。本当に嬉しかったんだ。

例えそれがどんな味でも満面の笑みで返すつもりではいたけれど、そんな無理をする必要はなさそうだ。これがまた本当に美味しいのだ。客観的にも。もちろん主観的にも。感動的ですらある。料理が得意だって前々から聞いてはいたけど、本当に体感できるとは。きっとこの手料理を独り占めしている僕に、世界中が嫉妬している。これから夜道に気をつけよう。空手習おう。僕はウインナー炒めが大好きで、そのことでよく子供っぽいなんて言われるんだけれど、君の手作りのお弁当にウインナー炒めが入ってるのを見つけたときの嬉しさは、決して子供なんかに味わえるものじゃなかった。

そんなお弁当をつまみながら2人で少しだけお酒を飲む。これも大人になったから。夜はアルコールを美味しくする。昼はアルコールを気持ちよくする。太陽と風と。お弁当とお酒と。隣を見れば君がいて。気持ちよすぎる。ここが天国でも、それはそれでいいかもな。こんなにタバコを美味しく感じれる場所なら。このまま朽ちてもいいかもな。

「ここのボートに乗ったカップルは別れちゃうらしいよ」

その噂は僕も知っている。君はさっきから目に入るボートに、乗ろうとは言い出さない。じゃあボートに乗らなきゃずっと別れないで済むかと言えば、それは悲しいけど絶対に違くて。たぶん多くのカップルが別れた理由はボートに乗ったからではない。それに仮にもしその噂が本当だったとしても、僕らは、うん、付き合ってるわけじゃないから。お弁当とお酒を広げる僕らに、通りがかりの人々は好奇の視線を投げかけるが、それに答えられるような関係じゃないから。確かに仲はいい。仲良くしてもらってる。でも違うんだ。2つだけ年の離れた先輩である君から、僕はかわいがってもらっている。それはすごくすごく、本当に心から嬉しいんだ。でも違う。付き合うとか、そういうのとは決定的に違う。

君と君の話をする。君と僕の話をする。君と2人の話をして、君と2人とは関係のない話をする。すごく楽しい。時間がゆっくりと、でも確実に過ぎる。少しだけ日が落ちてくる。そろそろ行かなくちゃ。君はお弁当箱を仕舞い、僕はゴミをまとめる。ごちそうさまです、お弁当本当に美味しかったです。名残惜しいが立ち上がって、ずっとお世話になったベンチを後にした。

数歩歩く。ふと振り返ってベンチを見る。決して忘れ物が気になったわけじゃない。

ずっと気になっていたことを改めて思う。

男2人で何してるんだろう。

どう見てもホモです。

数組見かけたカップルに、僕はボートに乗るよう強く念じた。

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2007年9月 4日 (火)

自分探し

Jibunnsa 最近知り合ったとある友人が、過去に自分探しの旅に出たことがあるらしい。東京から北海道まで自転車で往復。1ヶ月ほどを費やしたそうだ。その話を聞いていた僕は、どうにもワクワクが隠せないでいた。だって本気で興味がある。羨ましくて仕方がない。淡々と旅を振り返る友人を、僕はショーウインドウに並ぶ憧れのトランペットのように見つめていた。

僕が今大学4年生。就職や卒論などの十字架こそあるが、確かに好きに使える時間がある。体力と時間を考慮して、もし僕も自分探しを実行するとしたら、一番リアルなのは間違いなく今だ。自分探しに出れば本当に自分が見つかるの?残念だけど、たぶん答えは僕の想像通りだろう。でもそんなことは重要ではないのだ。僕がもしその類の旅に出て、見つけたいのは、きっと自分なんかじゃない。思い出の、達成の、自信の柱。しゃんと背筋を伸ばして歩けるための背骨。それに尽きると思うのだ。そしてまた僕は、そんな目に見えないものが欲しいのだ。

話に現実味を付加させるために、僕は実際に日程を考えてみる。1ヶ月という期間。難しいことは確かだ。1ヶ月?正直わからない。その期間をたった一人僕だけのために使うとは一体どんな塩梅なのだろう。ただ、今抱えているものをある程度投げ出してしまえば、なんとか抑えられないこともないことが判明した。それが嬉しくもあり、少しだけ恐くもあった。行けると自分でわかった以上、行かなかったら後悔に変わる。現実的に不可能なことと、諦めてしまうことは違う。でも行こうと思えば行けるなら、行こうと思えば行けるのだ。その一面は間違いなく僕にとっては朗報なのだ。一生のうちの1ヶ月。それと引き換えの一生分の何か。どっちが大事かは、頭ではわかっている。

次にリスクを考える。プラスの面だけ見ても、それは総じて結果としてプラスではない。メリットとデメリットをきちんと天秤にかける。得るものはあれとあれ。失うものはそれとそれ。最後の揺れが治まって、審判の結果が出た。天秤は綺麗に水平を保っている。なるほどね。僕は僕はタバコを灰皿に置き、メリットの皿をそっと指で押した。天秤が大きく傾き、敗者であるはずのそれが、大きく手を上げた。行ってみますか北海道。

さぁそうと決まったら動き出せ。有言実行。やることはたくさんある。まず無駄のない移動ができるよう、通るであろうルートを決めよう。しかし経路を見出そうにも、うちには困ったことに日本地図がない。そこで我が家で唯一地理を示す、地球儀で代用してみる。丸っとしたボディーに僕は真剣に視線を送る。

・・・あれ?なんか北海道すごい近い気がしてきたぞ。だってこれで見ると東京と北海道までペットボトルのフタ一個ぐらいしかない。いやいや、いくらなんでもこれで実距離は測れないよ。そりゃそうだ。そりゃそうなんだけど。・・・でも言ってもフタ一個だぞ。フタ一個ってあんた。見れば見るほど近いような気がしてくる。・・・これ本当にそんなに遠いのかな。友達は往復1ヶ月、つまり片道で言うと15日ほどかかったと言っていた。いやー、でもこれを見る限りでは、そんなにかかる気はしない。どころか、僕の頭の中では今日中に着くのでは、という考えすら芽生えつつある。だってフタ一個なのだ。しつこいようだけれど。

友達は、きっとキツネに化かされ同じところをグルグル回るはめにあったのではないか。あるいは道中でお世話になったババァのこしらえる煮っ転がしがあまりにおいしくて、つい長いこと居座ってしまったとか。もしかしたら、自転車のスタンドを立てたままそれに気づかず14日ほどペダルを漕ぎ続けて、移動距離0メートルという頭の弱い記録を作ってしまったのかもしれない。じゃなかったらもう、自転車だと思っていたそれが実は発電機だったかしか考えられない。いずれにしろ彼は愚かだったのだ。フタ一個に半月を費やすなんて。その点僕は違う。僕はクレバーだ。こんな距離なら日帰りでいける。コンビニ感覚でいける。

前途は洋洋なはずだった。しかし。ここで僕は、この旅に出るにおいて、かなり重要なことを思い出してしまう。と言うのも、つい2週間ほど前に自転車を盗まれたのだ。えー。そうだよ、今自転車ないんだった。これでは自分探しに行けない。そりゃ確かに鍵をつけなかった僕も悪いのだけれど。でも犯人のほうが圧倒的に悪いに決まっている。怒らないから返してください。それなりに困っています。自分を探すために、まず自転車を探さねばならない。自転車が見つからなければ、自分も見つからない。

探しにいきますか、まずは自転車から。星のようにある自転車の中から自分のを見つけるなんて、途方もない作業になることは容易に想像がつく。多くの時間と多くの労力が必要となる。

あぁ、そうか。探し物を見つけるために、1ヶ月かかるというのはどうやら本当のようだ。

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2007年9月 2日 (日)

未だ線路は続く

Photo また朝までお酒を飲んでしまう。新宿の朝日はどこで見るそれよりも眩しくて、正直言ってちょっと謹んでもらいたい。最近のアルコール摂取量は、おそらく異常で。別に望んでるわけじゃないのだが、そんな機会がたまたま重なっている。それを「私生活が充実しているから」などと訳のわからぬ言い訳でごまかしてはいるが、まぁ単純に楽しいのだ。残念ながら。ごめんなさい。

僕は以前にも書いた通りお酒は強くないし、体力があるほうでもない。だから朝方などはそりゃもうボロボロになる。きっと僕を間に置いても、そのドミノはうまくいくだろう。パタパタといく。本気を出しても卵一個割れるかどうか疑問なところだ。遺体とケンカしても負けるかも知れない。そんな状態で頭の中に浮かぶのは、将来のことでも人間関係のことでももちろんなく、力いっぱいお布団のことだ。寝たい。早く家に帰りたい。枕が恋しくてしょうがない。

チラホラ街が動き出す時間に電車に乗る。僕は家に帰るのだ。そして寝るのだ。早く着け目的地。もぅこの電車ターボとかないの?早く早く。ただこの旅路はいつもより楽しそうだ。運良く座れたし、そして何より、僕の隣に同じく新宿から乗った女の子が座ってきた。見ず知らずの女の子だが、これがまたかなりかわいい。年はたぶん僕と同じくらい。いいぞ、この偶然はいい。よく熟れた偶然だ。目的地までどうぞよろしくお願いします。僕は頭の中で至極丁寧に挨拶をする。女の子は携帯をいじっている。

電車が走り出して何分経っただろう。女の子はうつらうつら、としていた。たぶん僕と同じで、朝まで遊んで、そして今この電車に揺られているのだろう。だとしたら睡眠欲に駆られて当然だ。僕はまぁ、そうね、君のおかげで目が覚めてはいるんだけど。お疲れ様、いい夢見てくだい。僕は頭の中で女の子の幸せを願う。うつらうつら。おや?女の子の体が段々と僕のほうにもたれかかってきている。気のせいではない。段々と、ゆっくりと、でも確実に。これは嬉しい。もちろん悪い意味で、だ。いや、それどころか今年のアナスイハッピーニュースランキングの上位に食い込む可能性すらある。なんたる幸運。体の重みが増えるごとに、ランキングの順位を、また一つと上げていく。そうらもっと来いもっと来い。いい調子だ。僕が描くゴールは近い。僕の頭の中ではサライが流れ始めた。
そしてついに迎えたそのとき。女の子の頭が僕の肩に乗った。いっらしゃいませ、ランキング一位です。パンパカパーン。やったー。僕は体勢を崩さないように、心の中でだけ万歳をする。このシャンプーのいい匂いだけで、きっとご飯4杯はいける。なんて愛らしいんだ。頭を撫でたい衝動に駆られるが、それではきっと起こしてしまうので、じっと我慢する。もしかして、ハタから見ればカップルに見えるのではないか。幸せってなんだっけ?その答えがようやく見つかったような気がした。僕の夢を乗せ、走り出せドリーム急行幸福行き。ずっとこのままで。何一つ変わらぬに。あぁ今よ、永遠なれ。

電車が走り出して何分経っただろう。今さっき降りるはずの駅を通り過ぎた。だって降りるわけがない。だって降りれるわけがない。ずっとずっと大好きだったあの人との初デート中に、眠いから帰りたい、などと思うだろうか。それと根本的には同じなのだ。いつかは終わりが来るとわかっていても、人はみなその中で生きていかなければならない。きっとこんな僕を笑い卑下する人もいるだろう。それでもいい。この席だけは譲らない。幸運なことに他にいくつも席は開いている。ご老人が来ようと怪我人が来ようと、僕がこの席に座っていることに罪悪感を感じる必要はなさそうだ。さぁここからが本番。今までは目的地まで行くという、それこそ目的があった。ただ今は違う。今や目的地は過ぎたのだ。ただこの幸せを純粋に感じればいい。なんて贅沢なんだ。早く家に帰りたい?黙れ。早く寝たい?黙れ。今はこの子が目を覚まし、降りないことだけを、ただ、ひたすらに願え。

電車が走り出して何分経っただろう。幸いにも女の子の頭は未だ僕の肩にある。起こさないようにと、ずっと同じ体勢で微動だにしないままここまで来たので、さっきから体のあちこちで悲鳴が聞こえる。でもこんな痛みぐらい気にしない。僕は今幸せなのだから。今電車が走るは、地理的に言うと東京の西の西。青梅だとかその辺り。あぁ、山が見える。大きいなぁ。
とある駅に着いて、電車のドアが開く。すると急に女の子がビクっと体を起こし、2度3度辺りを見回した後に、その駅に駆け足で降りていった。え?え?うそ?僕は急な展開に動けないでいる。ドアが閉まった。ま、待って!女の子は降りてしまった。それでも僕は何故かまだ目的地から遠ざかる一方の電車に乗ったままだ。これが世間一般で言う「終わってる」というやつなのだろうか。僕の中で何かが崩れる音を聞いた。

電車はようやく目的の駅に着いた。いや、戻ってきたというほうが正しいのか。時計は当初の予定とはかけ離れた時刻を示している。フラフラした足取りで家に向かう。

早く寝たい。脱いだ服は片付けない。布団に飛び込む。

・・・んーん、違う。違うよ。何言ってんのさ。僕は本当は山が見たかったんだ。それでわざわざ満身創痍の体を引きずってあそこまで行ったんだよ。そうだ、そうだよ。山見れたし悲しいことなんか一つもないよ。うふふ。うふふふふ・・・。

そんな自分の独り言に対する自分からの返事はなかった。僕は泥のように眠っていた。

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