« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008年4月

2008年4月29日 (火)

ブログ仕掛けの摩天楼

「海だー!!!」

目前に広がる光景に、少女は歓喜の声を上げた。

「おい蘭、うるせーぞ!運転の邪魔になるだろ!」

ハンドルを握るのは、探偵毛利。知り合いに招かれ、伊豆のとあるペンションに向かっているのだ。そして車にはもう一人。

「だってすごいんだもん!コナン君も見てる!?・・・あれ?」

静かに寝息を立てる少年。コナン。

「うふふ、朝早かったから寝ちゃったんだね」

「まったくよ・・・ガキは気楽でいいぜ!」

こうして3人は目的地へと向かったのだった。

「お久しぶりです、毛利さん!」

そう言って3人を迎えたのは、一人の痩せた男だった。このペンションのオーナーで、毛利とは古くからの付き合いがある安田である。

「他にも何人か客がいますが、まぁくつろいでくださいね」

安田に連れられ、部屋に案内される。広くはないが、小奇麗な部屋。何より窓から海が見渡せるのが、毛利たちを喜ばせた。

「お父さん!コナン君!早く海行こうよ!」

「おいおい落ち着けって!」

「もうお父さんったら。そんな格好で言っても説得力ないんだからね!」

毛利の腰には、すでに大きな浮き輪が装備されていた。要するに浮かれているのだ。

「コナン君もいこ!」

「うん!」

蘭の誘いに元気よく返事をするコナン。メガネに青のジャケット。胸には蝶ネクタイ。半ズボン。一見普通の小学生である。ところがこの少年、実は幾多の事件を解決してきた名探偵なのだ。その頭脳は、実は毛利の比ではない。見た目は子供、頭脳は大人。それがコナンだった。

昼は海で遊び、夜は美味しいものを食べる。絵に描いたように楽しく幸せな旅行だった。そう、あの事件が起きるまでは-。

200804282



「うわー!!!」

朝の目覚まし代わりになったのは、穏やかな波の音でも、鳥達の歌声でもなかった。切り裂くような悲鳴。早朝のペンションに悲鳴がこだましたのだ。毛利はベッドから飛び起き、急いで悲鳴が聞こえた部屋へと走る。そこにはオーナーの安田と、そして血まみれで倒れる男の姿があった。

「ど、どうしました!?」

「あわわ、これ、朝起こしにきたら・・・これ・・・」

「この男は!?」

「しゅ、宿泊客の・・・佐藤さんです・・・」

毛利は倒れている男に近づく。(ダメだ・・・死んでいる・・・)

「こりゃ刺殺だな・・・」

そう言う毛利の近くで、誰かの声がした。

「そうだね・・・」

またか・・・。毛利は激怒する。

「おいこのクソガキ!事件現場に近づくんじゃねぇって何度言ったらわかる・・・ん・・・」

毛利が振り向いた先にいたのは、青のジャケットに半ズボン。胸には蝶ネクタイ。毛利が見間違えても仕方がない姿である。しかしそこにいた少年は、いつものメガネをかけてはいなかった。しかもよく見ると少年でもなんでもない。いい年だ。

「コナ・・・ン・・・じゃない!?」

「あ、こちらは宿泊客の・・・」

オーナー安田の紹介をさえぎるように、彼は言った。

「見た目はまだしも、頭脳は魚。斉藤アナン。探偵さ」

そこにコナンと蘭がかけつけてきた。幾多の事件を経験してきたコナンだ。この部屋で何が起こったのかはすぐにわかった。部屋を見回し、そしてアナンと目が合う。自分とそっくりな格好をした、もう一人の探偵。

200804281

調べてみていくつかわかったことがある。部屋に鍵はかかっていなかったこと。第一発見者はオーナー安田。そして佐藤が殺されたのは昨夜10時頃であるということ。窓はおよそ人が通れるほどは開かず、また、玄関を潜ると自動的に音声がなるシステムになっているのだが、誰もその音を聞いていないこと。つまり、今ペンション内にいる誰かが佐藤を殺した。毛利がそう言うと、コナンとアナンが頷いた。

「他の宿泊客を集めてくれ。アリバイを聞きたい」

毛利のその一言で集まったのがこの3人。

20080428_6

安田「その時間私は滝沢さんと話をしてました」

滝沢「えぇ、そうです。安田さんと食堂でお話を・・・」

黒男「いや・・・その・・・別に・・・テレビとか・・・。はい・・・全然怪しくないです」

他にこのペンションにいたのは毛利、蘭、コナンの3人。3人は同じ部屋の中にいた。残るはアナン。

「えっと、僕はブログの更新をしてました」

この時点でアナンが犯人という線は消えた。ブロガーに悪いやつはたぶんあんまりいないからだ。

コナンは思う。(犯人は間違いなくあの人だ)

アナンは思う。(僕も「蘭姉ちゃん!!」って甘えたら怒られるかな・・・)

およそ信じられないとは思うが、今から述べるのは紛れもない事実である。名探偵であるコナン、本当は高校生なのだ。いや、高校生だった、と言うべきか。悪い軍団に薬を飲まされ体が小さくなったのは、もうずい分前のことである。だから見た目は子供、頭脳は大人というのだって、本当はなんのレトリックでもない。大人の中でもずば抜けてはいるのだけれど。本名は新一。コナンが新一であることを知るものは少ない。毛利も、蘭だって、コナンはコナンだと、当然そう思っている。

コナンは毛利に向かって腕時計型麻酔銃を向ける。こうやって毛利を眠らせてから、蝶ネクタイ型の変声器を使って毛利の声を出し、事件を解決に導くのだ。コナンはいつもそうやって来た。小学生の推理など、信じる者などいないからだ。だから毛利が世間で名探偵と言われているのは、実はコナンのおかげだと言える。

20080428_2

麻酔銃はきっちり毛利に命中し、毛利が眠った。(よし、後はおっちゃんの声に合わせてっと・・・)。コナンがそう思った時だった。

20080428_3

毛利が起きた。というか、アナンの腕時計型なんか痛いのが飛び出るやつによって起こされたのだ。まさかの妨害を見てコナンは思う。こいつが殺されればよかったのに・・・。

まぁ、毛利が眠らなくても(コナンが出なくても)、誰から見ても犯人が明らかな事件だ。ほとんどがコナンの功績とはいえ、毛利だって一応は探偵なわけだし、事件は無事に解決をむかえる。しばらくして警察が到着し、犯人の黒男は無事に連行されていった。

「あーあ、せっかくのバカンスが台無しだよ・・・」

毛利は愚痴をこぼす。

「まぁまぁお父さん。ホラ、元気出して!海いこ!海!」

蘭が慰める。

「ほら、コナン君も!」

「う、うん!」

ペンションを出るときに、コナンはアナンと目が合った。

20080428_4

(なかなか楽しかったぜ。バーロー)

コナンは声に出さずにそう思った。

20080428_5

(これブログのネタにできるかな・・・)

アナンはそう思った。

外に出ると、眩しい日差しと心地よい潮風が彼らをむかえた。

>【応援よろしくお願いします。これをクリックすると僕の順位は上がるのに、読者の皆様には何の影響もございません。ちょっとずるいですね↓】

Banner2_4

Banner88_3

 

| コメント (4) | トラックバック (1)

2008年4月27日 (日)

まるで価値のない真珠

最近ひどく涙もろい。こんなことは決して言いたくはないのだけれど、年のせい、なのかもしれない。

とあるテレビ番組で、飼い主がピンチの時に飼い犬は飼い主を助けるのか、という実験をやっていた。例えば飼い主が熊だとか化け物に襲われて、そこで飼い犬が吠えるなり立ち向かうなりしたら成功。というわけだ。すごい勢いで逃げ出したり、おしっこをしちゃう犬もいたりするんだけど、中には勇敢にちゃんと飼い主を守る子もいるわけで。これがやヴぁい。THE・来る。僕も実家で犬を飼っていて、愛犬に会うためだけに帰るほど溺愛しているせいもあるだろう。なんかね、見てて涙が出てしまうわけですよ。

「ポ、ポメ・・・ポ、ポ、ポ、ポメ・・・ラニアン・・・」

などと、大の男が嗚咽まじりにほざく図は確かに尋常ではない。ふと目を覚ましたら、横で母親が自分のペットボトルのコーラを思いっきり振っていたかのような、絶対見たくもないし、また、見せたくもない図である。でもね、すごいんだって。あんなに足短いのに立ち向かうんだもん。自分よりずっと大きな相手に。飼い主のために。その健気で勇敢な姿に、僕の体は涙に見合う価値があると、さっそく判断したのだ。

20080401271

僕は昔から涙腺が弱いところがあった。高校時代にとある女の子と、苦労のかいあってようやく遊びに行くところまで漕ぎつけたとがある。そして僕らは映画を見に行くことを選択した(ファインディングニモ)。魚のお父さんが、魚の息子を探しにいくというストーリー。あぁ、魚の映画なんだね。ふーん。この子熱帯魚?なんか可愛いねぇ。本編が終わりスタッフロールが流れる。しかし、待っても待っても僕が立たない。何も言わない。業を煮やしたのか女の子が声をかけてくる。「ちょっと泣いちゃった」。うんうん、わかるよ。そう頷くのが精一杯の、隣で号泣している僕(ファインディングニモ)。およそバカである。しかもその後マクドナルドで映画の感想をお互い言い合ううちに、思い出してまた涙が頬を伝うという、まさかの悲劇第二章(ファインディングニモ)。あぁ、僕はなんでハンバーガーを食べながら泣いているんだろうか。今まできゅうりしか食べたことない人だって、きっとハンバーガーを食べて泣きはしないだろう。挙句の果てに、「俺は将来可愛い魚屋さんになりたい」などと涙ながらにほざきだす始末。もはや人間じゃない。もちろんそれ以降その子からメールが返ってくることはなかった。

いつか友達に恋愛相談を受けたことがある。切な過ぎて。悲しい。相談というより、報告に近いものだった。友達は泣いている。あぁ、マジだったんだね。好きだったんだね。そこで何を思ったか、何を間違えたか、何故か僕までつられて泣いてしまったのだ。まず間違いなく不必要なパートである。結局男二人で泣く泣くという地獄絵図を、ファミリーレストラン『ジョナサン』にて繰り広げてしまった。そのことを未だに僕は、いい思い出フォルダに入れるかどうか迷っている。

20080401273_2

友達数人からバースデーカードをもらったときも感動のあまり泣いてしまった。サプライズとして渡されたそれ。あぁ、僕はなんて幸せ者なのだろう、と。僕はなんて愛されているのだろう、と。まぁ実際の誕生日から3ヶ月遅れでもらったことから考えて、やつらにとって僕の誕生日が決して重要ではないことは明白なのだが、「うわ忘れてた!どうする?一応やっとく?俺あいつから誕生日プレゼントもらったし・・・」感は否めないのだが、そのときは本当に嬉しかったのだ。どう考えても足りない子だ。

こうやって書いてるうちになんだか泣きたくなってきたけど、僕、もう少し頑張るよ。

20080401272_2

このように元々涙もろい上に、冒頭でも述べたとおりここのところさらに拍車がかかってきた。このままいくといつか尿の出番が無くなりそうな勢いである。女々しい? 弱そう? 涙もろい男は、女の子から見てどう映るのだろうか。おそらくそれこそ泣きそうになる意見が返ってきそうなものだが、かといって涙は隠せても、完全にコントロールできるものではないし。じゃあ感動する場面や、心揺さぶられる場面を避けて生きればよいかと言われたら、そっちのほうがよっぽど泣きたくなりそうだ。

結局のところ解決策はないように思える。だったらそれを逆手にとってみてはどうだろうか。当ブログにて誤字脱字が目立つのは、泣きながら書いているために、涙で画面がうまく見れないからなのだ。だからまぁそこのところは多少大目に見て欲しい。

・・・いつもいつも本当にすいません。

【応援よろしくお願いします。これをクリックすると僕の順位は上がるのに、読者の皆様には何の影響もございません。ちょっとずるいですね↓】

Banner2_4

Banner88_3

 

| コメント (4) | トラックバック (1)

2008年4月25日 (金)

一緒に遊んでもらった

だーるまさんがころんだ!
200804252_3

だーるまさんがころんだ!
2008042502


だ-るまさんがころんだ!
200804251

だーるまさんがころんだ!

200804254_2

だーるまさんがころんだ!

200804256_3

だーるまさんがころんだ!

200804255_2

【GLAY。応援よろしくお願いします。これをクリックすると僕の順位は上がるのに、読者の皆様には何の影響もございません。ちょっとずるいですね↓】

Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (7) | トラックバック (1)

2008年4月24日 (木)

僕が笑顔を失った理由(わけ)

唐突だが、僕は過去に何度か

笑顔が気持ち悪い

といわれた事がある。えええええ、と。ちょ、おま、えええええ、と。あ、それ言っちゃう!?、と。冒頭からいきなりこんな不幸丸出しで申し訳ない。でも事実なのだ。それも違う女の子から言われているので、きっとリアルなのだろう。っていうかお前らそんなこと言うなよ。いや、マジで。僕普段おちゃらけてるけど意外とナイーブなんだぞ。

それはつまり僕に、笑うな、と? 人は幸せだと笑う。楽しいと笑う。つまりそんな気持ちを僕に味わうな、と? 放棄しろ、と? 笑顔が気持ち悪い。およそ人として幸せになれそうにない特徴である。ちっきしょう。僕だって生きてんだぞ。笑いたいときぐらいあるんだよ。バーカバーカ。

20080401241

まぁね、まぁ実は僕自身薄々感づいてはいたんだ。それはひどくいたく可哀想なことなのだが。自分の笑顔が気持ち悪い。数はそう多くはないのだが、昔の写真を見ると、僕が満面の笑みで写っていたりする。幼稚園か小学校低学年の頃だろうか。そして成長していくのだが、ある時期を境に笑顔がパッタリと消える。そんな写真を見て僕は思う。「あぁ、気づいたんだね」と。「あぁ、わかってしまったんだね」と。こんな未熟な少年が背負ってしまった十字架。その重さは想像に難くない。

笑わなくなった少年。だから僕は知っていたんだ。そんなこと昔から。はは、あらためて言うことないじゃない。面と向かって言うことないじゃない。知ってたって傷つくんだよ。再認識だってチクチクするんだ。泣いちゃうぞ。え?それがお望み?そんなに笑って欲しくないの?

僕が笑うとアジアが浮き彫りになる。なんというか僕の笑顔は、インド人がカレーを食べた後の手にそっくりなのだ。もっとわかりやすく言うならば、うなぎで顔を引っぱたかれた自分を想像して欲しい。うわ、なんか顔にぬるぬるついた!そう、そういった嫌らしさが僕の笑顔にはある。なんか誰にも見つからない秘境で暮らしたくなってきた。

だから僕はなるべく笑わないように過ごしてきた。それは何も、自分から不幸を選んで生きてきたというわけではない。僕の生活を知るものにはそうも映るかもしれないが、それは大きな勘違いである。え?僕これでも幸せ探してるつもりなんだよ? そうではなく、人前で笑うのを我慢してきたということだ。男同士だとそんなこと気にすることもなく、笑うときは大いに笑ったのだが、女の子の前だとそうもいかない。モテたいモテたい、と狂った九官鳥のように言い続けてきた僕だ。気持ち悪いとわかっている部分を、包み隠さず見せたりするだろうか。いや、しない。だから僕は女の子の前で笑うことが極端に少ないのである。

20080401243

そこら辺の加減は非常に難しい。だってまったく笑わないというわけにもいくまい。女の子の話を聞いて愛想笑いの一つもする。友達の○○ちゃんが見た面白い夢、という耳にごはんですよを詰めたくなるような話でもちゃんと歯を見せたりする。それは、笑顔を見せないとつまらなそうに見えるから。相手を楽しませるためには、少なくともこっちが楽しんでるように見せることが大事だ。本当は楽しいのに笑顔を隠す誰かより、楽しくもないのに笑顔を振りまく誰かのほうが、好感度としては高いように思う。しかし僕の笑顔は悲しいかな気持ちが悪い。見せすぎず隠しすぎず。不幸が生んだヒット&アウェー。その微妙なラインを僕は生き抜いてきた。もちろんうまくいかなかったこともある。

こんなことがあった。あれは大学に入って間もなかった頃だ。僕はとある女の子に誘われた。その子は「原宿を案内して欲しい」と言う。遠い遠い地方から一人上京してきたその子が、生まれてこの方東京に住み続けている自称オシャレな僕を頼ったのだろう。正直そりゃもう浮かれましたよ。えぇ。その子は可愛らしかったし、僕は少なからず好感も抱いていた。

天気のいい日曜日、人の多い原宿を僕とその子は歩き回る。気になる店に入り、買うとか買わないとかではなく楽しかったし、彼女も楽しそうだった。デート?少なくとも僕はそう考えていた部分があった。「クレープ食べたい」、と言う彼女とクレープを食べる。「帽子を見たい」と言う彼女と帽子屋に行って、わざとド派手な帽子を被り笑わせる。悪くない。むしろこれは、いい。そんな暖かい空気を切り裂くように、突然に事件は起こった。最後に入った古着屋さんでのことだった。

多くのメガネがかけられたラックの前に立つ彼女。「伊達メガネ欲しいんだよねー」、そう言っていくつかのメガネを試している。僕は遠くを見る。この先彼女と色んなとこに行く姿を想像していたのだ。かなりのバカである。そんな僕に、彼女は「これ似合うかなー?」と振り返った。フレームの、正式名称はわからないが鼻に当たる部分にて、だ。

値札がプランプランしている。

いやいや、確かにメガネの試着にてこういったことはよくある。しかし何故かこの店に限って異様に値札が大きかったのだ。

20080401242

お前は七夕か。と。僕はそこに願いを書けばいいのか。と。

どうしたらいいのだろう。単純に「似合うよ」と言ってあげればいいのか。しかしどう考えてもそれはおかしいだろう。彼女だって気づいているはずだ。だって彼女が呼吸をするたび、ぶら下がったそれがプラプラ揺れている。いわゆるツッコミを入れるべきなのか?でもそれで彼女を傷つけたらどうしよう。笑ってあげるべきなのか。いや・・・。どうすればいい。

結局僕は答えがわからず、無言での半笑いに徹した。僕の気持ち悪い笑顔の中でも、とっておきの破壊力を誇る「半笑い」。僕は窮地に立たされその最悪の選択肢を選んでしまった。半笑いの僕と彼女の間に訪れた無言の数秒間。店を出た後も、歯車の狂ったおかしな空気は最後まで払拭しきれずに終わった。もちろんその後、その子と2人で遊ぶようなことがなかったのは言うまでもない。あの時正しい選択をしていれば、何かが変わったのだろうかと。笑っていなければと。そんなことに悩まされた時期も確かにあったのだ。

最近では僕は割と素直に笑うようになった。だから油断して冒頭のような辛辣な言葉を浴びせかけられるときもある。その度に傷ついたりはするのだが、まぁね。免疫が出来たのか、それとも諦めがついたのか。笑わないことがバカらしくなったこともあるだろうし。やっぱり僕自身笑うのも笑わせるのも好きなんだろう。うちのブログを読んで、どれだけの人が笑っているのかはわからない。もし僕のブログを読んで笑ってくれる人がいて、例えその中の誰かの笑顔が本当に気持ち悪かったとしても、僕はきっとその人にビスケットをあげたくなってしまうのだ。

ちなみに今日僕は一度しか外に出ていない。ご飯を買いにコンビニに行ったのだ。こんな日々、決して僕は笑えそうにない。それは何かに遠慮して笑わないのでは、決してない。

【応援よろしくお願いします。これをクリックすると僕の順位は上がるのに、読者の皆様には何の影響もございません。ちょっとずるいですね↓】

Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (3) | トラックバック (1)

2008年4月23日 (水)

チャンネル争い

さて、我が家のテレビの調子がおかしい。
具体的に言えば、フジテレビとテレビ朝日が映らないのだ。僕は普段そうテレビを見るほうではないが、これではいくらなんでも具合が悪い。

20080401231

そもそもテレビのリモコンを失ったのがいけなかった。うちで飲んでいるときに、酔っ払って、友達に30円で売ってしまったのだ。何故友達も使えないリモコンを買ったのかは定かではないが、それもアルコールが成す悲劇の一幕なのだろう。数日後事態に気づき、その友達に駆け寄ったときにはもう遅かった。無くしちゃった。僕にその一言を責める権利はない。だってリモコンは、少なくともそのとき彼のものだったのだから。

手で操作すればいいじゃない。その通りだ。不便だなんて言うつもりもない。しかし我が家のテレビ、手動で操作するとおかしな現象が起こるのだ。ちなみに僕の住んでいる地域では、フジテレビが8、テレビ朝日が10チャンネルとなっている。1チャンネルから順にチャンネルを増やしていく。2、3、4、5、6、7。ここまでは順調。そしてもう1度ボタンを押す。チャンネルが替わり、テレビの右上にその数字が表示される。「11」。おかしいじゃないか。7の次が11?そんな数の数え方など習った事がない。そしてもう一度押すと9になる。8が飛んでいるのだ。もう一度押す。なんと「11」。ここで再び11が登場する。もう一度押す。「11」。11の連続ヒットである。このあとはちゃんと12チャンネルが映るのだが、12分の3、つまり4チャンネルに1つが11チャンネルである。ほっほ。これはいい具合に狂っている。

ちなみに11チャンネルでは見たことも聞いたこともない番組が繰り広げられている。どこかのローカル放送なのだろうか。もちろん新聞のテレビ欄を見てもどこにも情報は載っていない。それでも、ただでさえ映る主要な民放が少ない上に、これだけ11チャンネルを推されると、これはもう仕方なく見てしまう。僕の家の近所のタイ料理屋(メニューが4種類しかない)で一番大きな字で書かれている、なんかお米の辛いのを頼んでしまうのと同じ原理である。ちなみに後の3種類は、僕の知らない日本語が書かれており、残念なことに最後まで読めずに終わった。本当は一番頼みたかった「なんとかフィシッュ」の発音の仕方がわからず、泣く泣く諦めたことを思い出す。

さて肝心の11チャンネルだが、基本的に通販番組で構成されている。僕がテレビを見る時間帯がたまたまそうなだけなのかもしれないが、さっきも言ったように情報がないのでわからない。だから少なくとも僕の中ではそういう認識である。一人暗い部屋で、こういった毒にも薬にもならない番組を見る僕。買う気は毛頭ないけど、なんとなく通販番組は好きなので、まぁそこは不幸中の幸いと言えるだろう。しかし、たまに通販でテレビの販売などが行われる度に僕の心はひどく傷ついてきた。「薄型テレビ!」などとテレビの中の人が言うのを、やたらと四角い、それもろくにチャンネルも映らないテレビで観ているのだ。なんの嫌がらせかと唇を噛んだ日々。もう耐えられない。そんな思いはもうたくさんなのだ。

「世の中に叩いて直らぬものはなし」-おばあちゃん

そんな名言もある。ここはひとつ自力で直してみようじゃないか。僕はそう思った。世の中には、色んなテレビに対応するリモコンが売られていることは知っている。それさえあれば、おそらくうちのテレビも正常に機能することだろう。しかし何でもお金で解決するという考えを僕は持ち合わせていないし、また、何でも解決するためのお金も持ち合わせていない。チャレンジだ。ここは機械に人間様の実力を見せ付けてやれ。

方法は単純。叩く。ただ叩く。テレビの直し方は古今東西そう決められているのだ。この方法以外ははっきり言って邪道である。電気屋さんに持っていく?修理の人に来てもらう?はは、笑わせる。そんなものできればそうしたいに決まっているじゃないか。ただ、残念なことに今の僕は叩く以外のカードがない。叩け!横を叩けぇ!

「よいしょ!」

バン!という大きな音が鳴る。自分で鳴らしたその音にビックリする僕は頭の悪い犬にそっくりだ。試しにチャンネルを回してみる。1、2、3、4、5、6、7、11。ダメだ。直っていない。もう一度。さっきより強く。

「そーれ!」

バン!立派なのはテレビを叩いたその音だけで、効果はまるで現れない。もう一度。「うりゃ!」。もう一度。「くらえー!」。もう一度。「アターック!」。もう一度。「ヨガフレイム!」。もう一度。「トムとジェリー!」・・・ハァハァ。何度やっても7の次が11である。あ、あぁ。真っ赤だ。もう手が限界だ。くそ、ここまでか。テレビは直らないのか。いや、まだだ。諦めるな。直すんだ。叩く=衝撃を与える。ということは何も、手だけが武器じゃない。足。足がある。キックするんだ。

僕は体操をしたりジャンプをして体を動かす。大袈裟にも見えるが、何せミスは許されない。足のことを考えてもテレビのことを考えても、おそらくチャンスは一回だろう。それ以上は危険すぎる。大丈夫。きっとうまくいく。体も暖まってきた。

そして僕は近くにあったギターを首から下げた。気分を高揚させるためだ。最高のラブソングをあなたに。最高のキックを、あなたに。僕は弦をかき鳴らす。和音が部屋の静寂をかっ裂いた。

「ふんふんふふふーん ふんふふふふふーん♪」

奏でる曲はもちろんこの曲。ビーズで「ウルトラソウル」。歌詞はよくわからないけど、何故かこの曲以外にはないような気がした。

「その手でドアをー ふふふふんふん♪」

いいぞ。曲のおかげで気分は最高潮だ。出番はまだか。足がそう訴えている。落ち着け。あと、少し。そして来た、その時。見せてやるぜ!僕の魂のキックを・・・!

「そしてかがやーく ウルトラソウル! ハイ!!!

ここ。瞬間。刹那。僕は「ハイ!!!」と叫ぶのと同時に、思いっきりキックをテレビの横っ腹に叩きこんだ。

20080401232

テレビはさっきまでとは比べ物にならないほど音を立て、大きく横にずれこんだ。ど、どうだ・・・?蹴りの反動でギターとともに吹っ飛んだ僕は、床を這って恐る恐るテレビに近づく。幸いにも外傷はないようだ。テレビをつける。7チャンネルが映し出された。ここでチャンネルボタンを押してちゃんと8になれば成功。11になれば・・・。僕は少しづつチャンネルボタンに添えた震える指先に力を込めた。チャンネルが替わる瞬間は一瞬だった。

・・・11。

失敗だ。あれだけの努力も、この手と足の痛みも、すべては意味を成さなかった。僕はため息をつき、テレビを元あった位置に戻す。こういうときに吸うタバコは総じて不味い。仕方ない、か・・・。僕は力なく独り言を呟く。どうにも素人の力では及ばなかったようだ。でも、やるだけのことはやった・・・かな?少しだけ、疲れた。もういい。

僕はゆっくりテレビでも観ようとチャンネルを回す。見れる番組を見ればいい。1、2、3、4、5、11

・・・いや、おい。

6チャンネルまで映らなくなった。前よりひどい。やり過ぎた。

【応援よろしくお願いします↓】

Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (6) | トラックバック (0)

2008年4月19日 (土)

アナスイさんの告別式

Omoidesyasinkan

今現在、ここ東京はサルコ寺にて、悲劇のブロガー斉藤アナスイさんの告別式がしめやかに行われています。

斉藤アナスイさん、本名斉藤なんとかさん。わずか22歳でその早すぎる人生の幕を閉じました。死因は、両親の強い思いを尊重いたしまして、車に轢かれそうになった子供の身代わりとなって亡くなったことになっております。その突然の悲報に、日本中から悲しみの声が届いております。

この告別式には現在、降り止まぬ雨の中にも関わらず、アナスイさんが生前親交の深かった3人もの人が集まっております。両親は「雨天中止だと思ってた」という理由でまだ到着はしていない模様ですが、やはりこれだけの人数が集まったのということが、生前のアナスイさんの人物像を物語っているのでしょう。

生前、口癖のように「僕は一匹狼だ」と言い続けていたアナスイさん。それでも親しい人に話を聞けば、「本当はかまってもらいたくてしょうがない。でもあんまり友達がいないから言い訳としてそう言っているだけ」とのこと。そんな隠れた素敵な一面もあったようです。

「あなたが産まれた時、あなたは泣いていたでしょう。そして周りは笑っていたでしょう。だからあなたが死ぬ時は、周りが泣いて、あなたが笑っているような人生を歩みなさい」

世の中にはそんな名言もあります。これだけの人に囲まれて、アナスイさんはさぞ幸せなことでしょう。

あ!今新たな情報が入りました!もう間もなく両親が到着するそうです!

サルコ寺の前にはブログ「あん」のファンのための献花台が設置されています。その前の行列は一向に途絶える気配がありません。献花をしてくれた方にもれなく豚汁を配るというサービスをしているため、たくさんのホームレスが道端で花を摘んでは並んでいるようです。あ、中には女子高生もいますね。ちょっとインタビューしてみましょう。

「『あん』は私にとって最高のブログでした。辛い時は立ち直らせてもらいました。楽しいときはもっと楽しくしてくれました。いつでも私の心の支えでした。これから『あん』の更新がないと思うと寂しくてしかたがありません。正直どうしていいのかわかりません。『あん』は私の青春そのものでした。私は、本当に、『あん』が、そしてアナスイさんが大好きだったんです。私の全てを捧げてもいいと思ってたんです。それなのに、それなのに・・・アナスイさんなんで死んじゃったの!びえーん!」

このようにアナスイさんのブログ「あん」にはたくさんの根強いファンがいました。ブログ「あん」。2007年に開設以来、アナスイさんが自分で自分のブログをクリックしまくるという荒業で一気に人気ブログの仲間入りを果たしました。笑える話、泣ける話、はたまたさっぱり意味不明な小説など幅広く執筆し続けたアナスイさん。その偉業はファンの心の中にずっと残り続けることでしょう。

あ!今新たな情報が入りました!鍵をちゃんと閉め忘れたかが心配で、両親が一回家に戻ったそうです!

えー、それではここで、アナスイさんと生前親交の深かった方たちのインタビューの様子をまとめたVTRをご覧下さい。

「私たち親より先に死ぬなんて本当に大バカ者ですよ。でも怒らないから・・・なんでも許すから帰ってきて欲しい。本当の死因が、スーファミのカセットに息フーフーやりすぎて酸欠だってことは誰にも言えそうにありません」-母親 ババァさん

「昔からずっと一緒でしたからね。本当にショックです。心からご冥福をお祈りします。あーくそ、なんでこんなに早く逝っちまうんだよ。また遊ぼうって約束したじゃねーか・・・ってかあいつアナスイなんて名乗ってたんだ。変な名前(笑)」-幼馴染 Mさん

「顔はよく覚えてないけど、変な人だった記憶はあります。盛り上げようと必死で、それが空回ってて逆にどうしたらいいかわからなかったですね。2次会のカラオケでアニソン歌いだしたときは本当にどうしようかと思いました」-合コンで一回だけ会った女の子 Tさん

「クレアおばさんのークリームシッチュー♪」-グリコ クレアおばさん

再び現場です!
今新たな情報が入りました!なんと坊主までまだ到着してないようです!中では一体何が行われているのでしょうか?

なお3時から予定しておりました、特番「生きてるって素晴らしい!みんな笑顔でセイ!ハロー!」は、ニュース中継延長のため、予定を変更しまして3時15分からとさせていただきます。ご了承ください。

えーこれは私事なのですが、実はですね、私、喪服を着ている女性に非常に興奮いたします。何かこう、絶対的にお堅いからこそメチャクチャにしたくなるっていうか。不謹慎だからこそ燃えるっていうか。わーお!って感じが・・・えー失礼いたしました。

あ、今新たな情報が入りました!なんと先ほどインタビューした女子高生はバイトとして雇ったサクラだった模様です!

えー生前アナスイさんは親族の方に自分の死を予言するようなことを何度か言っていたと聞いております。「僕が死んだらどんな葬式にしよう?」。そんな風に言っていたそうです。そしてその際に、さらにこうも続けていました。「僕はブロガーだし。人に見られるのが仕事。そうだな、せめて皆の前に出る出棺のときだけでもド派手にやりたいな。なにかこうビックリするようなサプライズを用意したい」。

そして間もなくその出棺のときだという情報が入ってきました!

あ!今です!たった今アナスイさんを乗せた霊柩車が出てきました!
あ、でももう時間が・・・!うそ、どうしよ・・・。

3:15

「命があれーばーなんでもできーるー!セイ!ハーロー!」

【応援よろしくお願いします↓】

Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (9) | トラックバック (1)

2008年4月18日 (金)

一人遊び

実家の押入れを探索していたところ、何やら楽しそうなゲームが出てきた。えー、こんなのうちにあったかな。聞いたこともないようなメーカーから販売された商品である。しかし1度気になってしまった以上はやるしかない。まぁ、一緒に楽しんでくれる相手はいないのだが、長年一人でゲームに興じてきた僕ではないか。大丈夫。できるできる。一人でできる。

題して『斉藤アナスイ 一人きりのすごろく

2008040141

最初のサイコロを振る。良い目でろよー。気合と願いを込める。4。
まぁスタートはこんなものだろう。えーと何々?

「台風飛ばされる 2マス戻る」

台風に飛ばされた。ちっきしょー台風め!僕は自分のコマを2マス下げた。

よっしゃ二投目。1。
あー。やってもうた。止まったマスに何も書かれていない。なんかちょっと寂しい。

三投目。また1。
うあ、まただ。1マス進める。

「台風に飛ばされる 2マス戻る」

台風に飛ばされた。今この日本に僕より不毛な時を過ごしている人は一体何人いるだろう。再び2マス戻される。

サイコロを投げる。今度また台風に飛ばされたらもうやめてしまおう。目は3。
やった!台風を突破した。

「スポーツカーにのせてもらう 3マス進む」

誰か知らないけれどありがとう。スポーツカー。

サイコロを振る。5。

何も書かれていない。なんだろうこの感じ。胸がザワザワする。小学校で好きな者同士グループ分けをしたときに自分だけ余ってしまったときの、きっとそんな感じ。

サイコロ。4。

「蛇にかまれる。一回休み」

蛇に噛まれた。一回休みか・・・。・・・。どうしたらいいのかわからない。普通なら一回自分の番を飛ばされるわけなのだが、一人でやっている場合はどうしたらいいのだろう。とりあえずタバコに火をつけ缶コーヒーを飲む。これで休んだ事にしてもらえるだろうか。いや、まだ足りないだろう。僕はお布団に入り仮眠をとることにした。

2時間後。さすがにもう休んだだろう。サイコロを振る。6。
なんか良い目が出ても悪い目が出ても嬉しくも悔しくもない。何せライバルが誰もいない。これが孤独、か。僕は痛いほどその言葉の意味を知る。

またしてもマスには何も書かれていない。よく見ると全体の4割ほどのマスが空白である。なんて素敵なすごろくなんだろう。

サイコロを振る。2。

「クマに襲われる。一回休み」

・・・またか・・・。もう眠れないぞ。どうやって休もうか。・・・仕方がない。僕はおばあちゃんの元に足を運んだ。両親が働いているこの時間、我が家には僕とおばあちゃんしかいない。おばあちゃんの元で僕は一回休むことに決めたのだ。おばあちゃんはテレビを見ていた。そんなおばあちゃんに僕は言う。

「あのさおばあちゃん、ちょっと肩揉んでくれないかな

最悪な孫である。鬼畜である。我ながら死んだ方がこの世のためだ。おばあちゃんは僕を、カバンを開けたら中に天ぷらが入っていたときのような顔で見ている。さすがにルールとは言えこれはひどすぎる。良心の呵責に耐えかねた僕は、逆におばあちゃんの肩を揉むことにした。突然の孫の孝行におばあちゃんは気持ちがよさそうだ。しかし、これでは一回休んだ事にはならない。むしろ働いている。

結局僕は、スウェットに着替え、頭にババァ(母)のカーラーを巻きつけることにした。およそ人前には出られないスタイルである。せめて格好だけでも「休みの日」をイメージしたつもりだ。すごろくさんこれで許してください。

2008040142

格好と気持ちを一新して再びすごろくに挑む。3。

「大地震にあう 3マス戻る」

コマを戻されることなどもはや痛くも痒くもない。いくらコマが進むのが遅くてもかまわない。ライバルは自分だけ。これが本当にそうなのだ。だから怖いのは自分と戦わねばならぬ、「一回休み」だけだ。

再びサイコロを振る。1。

2008040143

「ライオンに襲われる 一回休み」

・・・。いい加減にしろよ。
ふざけるなよ動物達。僕が一体何をしたっていうんだ。なぜ僕をすぐ休ませるんだ。っていうかこのすごろくちょっと「一回休み」多すぎやしないか。バランスが悪いなんてもんじゃない。働くのも辛いけど、働きたいのに働けないのもまた辛いことを知る。ひどく心が痛い。

さて、次は何をして休めばいい。正直きつい。心が砕けそうだ。これ以上続けることをはっきりと体が拒絶している。

・・・あぁ、そうか。

僕は思い立ってすぐすごろくを片付けた。そう。すごろくを続けることを一回休んだのだ。

だから、僕は未だにゴールの瞬間を迎えていない。もう、サイコロは振れない。何か、こう、ゴールをしてはいけない気がするのだ。一人ですごろくをやってゴールをしてしまうと、ついでに人としてまでゴールしてしまいそうで。それはもちろん悪い意味で、だ。

一つだけわかったことがある。

そもそも勝ち負けを競うすごろくを一人でやっている時点で、明らかに大切な何かに負けているのは、これはもう間違いない。ということだ。

【応援よろしくお願いします↓】

Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (3) | トラックバック (3)

2008年4月12日 (土)

(SS)おっさんサンクチュアリ

病院を出ると、冷たい風が僕を包んだ。最近はすっかり夜が早い。なんて木なのかはわからないけれど、とにかくこの病院の前には太く大きな木がある。なかなかお目にかかれないような立派な木だ。そしてその木がよく見えるところに位置する姉の病室は、すでにカーテンが閉められていた。

雨が降っている。傘を持ってこなかったことを後悔した。あーあ。ため息の一つと共に空を見上げる。え?その時、その方角にて、予期せぬ何かが僕の視界の隅に入り込んだ。木の中で、確かに何かが動いたように見えたのだ。風だとか雨だとか、そんな感じじゃない。季節の流れで段々と葉が落ち始めた木の、それでも多い葉に埋もれた闇の部分。僕は目を凝らした。いる。人だ。確かにいる。初めは猿かと思ったが違う。レインコートを着ているし、間違いなく人である。年配の。おっさんだ。おっさんが木に登っている。えええええ。

関わらないほうがいい。本能がそう僕に伝える。もちろんそのつもりだ。わざわざ関わるわけがない。僕は、なかば逃げるように近くのコンビニに行って傘を買った。その帰りに再びその木の前を通ると、まだおっさんが木の上にいた。やはり、関わらない。僕は他人との交流が得意ではないのだ。おかげで友達も多いほうではないのだけれど。僕は家路を急いだ。

姉の病気は、普通の大学生の僕には聞いたこともないような名前だった。多くの漢字を羅列した名前。それでもとにかくやばいことだけは、はっきりとわかった。むしろ少し福与かだった姉が、今や見る影もなく痩せている。白より薄い色があったのかと思うほどの顔色をしている。医者の話では、手術をしなければ、姉はまず助からないとのことだった。そしてその手術の成功する確率は五割を切るそうだ。その話を聞いたときに母は泣崩れた。僕は黙ってそれを支えるのが精一杯だった。あのときもし母が凛としていたら、僕の方こそが泣崩れていたかも知れない。親父を早くに亡くし、働きに出る母に代わって僕の親代わりを尽くしてくれた姉。そんな姉が、今病魔に侵されている。親父の代わりをしてくれた母。母の代わりをしてくれた姉。僕のままだった僕。何もできなかった僕。

今日も学校帰りに姉の見舞いに行く。母も忙しい仕事の合間を縫っては見舞いに訪れていたが、それでも暇な僕が一人で見舞いに来れることのほうが遥かに多い。

上を見上げる。まさかとは思ったが、しかしあの木の上におっさんの姿はなかった。

「姉さん、様子はどう?」

どう意味を込めたのかははっきりとはしなかったが、姉は笑顔で頷いた。明るかった姉の口数は日に日に減っていった。瞼を腫らしているのは、もしかしたら泣いたのかも知れない。でも、こうやってお見舞いに来れるのは、姉と普通に会話できるのは不幸中の幸いとも言えるだろう。それができなくなったら、今度こそついに、僕が姉にできることはなくなってしまうから。いつも通り世間話をし、いつも通り面会時間が終わった後に帰る。少し気になって、病室の窓からあの木を見下ろしてみたが、やはりその中に人がいる様子はなかった。カーテンを閉め、僕は姉の病室を出た。

ところがどっこいだ。あのおっさんがいるではないか。僕は病院を出てすぐおっさんの姿を見つけた。しかし今日は木の上ではない。木の下だ。しかも警察二人に囲まれている。警察がおっさんに問う。

「ちょっとあんたなんで木に登ろうとしてたの」

なるほど。どうやら木に登ろうとしていたところを運悪く警察に見つかったらしい。いけないとは思いつつも、そのやりとりが無性にきになり、僕は盗み聞きしてしまう。おっさんはしどろもどろだ。

「あんた名前は?」
「え・・・あの・・・木の精です」

えー。どうやらあのおっさんは木の精だったらしい。いやいや、そんなわけあるか。こんな精がいてたまるか。警察も困った顔をしている。当然のリアクションである。

「・・・職業は?」
「え・・・だから・・・精霊です・・・」

おっさんはさらに続ける。
「あの、私は木の精霊なんです。木を守っているんです」
「・・・」
「他にも色々いてですね。花の精とか水の精とか・・・花の精とか」
「・・・それさっき言ったよね」

とにかくもうこんなことはするんじゃないぞ、という一言を最後におっさんは解放された。その様子の一部始終を見ていた僕に気づくと、おっさんは僕に照れたように笑いかけ、足早に去っていった。やばい、関わってしまった。少し長居しすぎたかもしれない。

季節はすっかり冬になる。僕は相変わらず姉の見舞いを続けていた。あれからも何度もおっさんの姿を目撃した。警察に注意されたのもなんのその、まったく懲りずに木に登り続けていた。生い茂っていた葉たちは寒風に曝され散り散りになり、もはやおっさんの姿は丸見えである。僕はいざおっさんが木に登ろうとする場面に遭遇したことがあるが、おっさんは運動神経が鈍いのか、その姿がひどく滑稽だったことを覚えている。ときには落ちている葉っぱを拾っていたこともあった。その葉を持って木に登り、なんと枝にボンドでくっつけていたのだ。さすがにその時はその姿に、何故そうまでして木に隠れたがるのか、と疑問を抱かずにはいられなかった。

姉の手術の前日になった。なにやら血とか臓器だとか色々を入れ替える大変な手術らしい。成功すれば助かる。失敗すれば死ぬ。なんとわかりやすく怖ろしい二択であろう。その日の姉は、手術前日になり開き直ったのか、むしろ饒舌なくらいだった。

「昔ね、今ほどじゃないけど病気になってこの病院に入院したことがあってね。あんたがまだこんなちっちゃい時の話」

初めて聞く話だった。姉がここに入院したのは初めてじゃなかったのか。僕は黙って姉の話の続きを待つ。

「そのころはまだお父さんも生きててさ。あんたをおぶったお母さんとよく見舞いに来てくれたのよ」

親父。はっきり言ってまったく覚えていない。僕が1歳になる少し前に亡くなったという話は聞いた。一体どんな人だったのだろうか。

「そんでさ、あたしもまだ小さかったしさ。病気なんて怖いじゃない。そりゃもうワガママ言いまくってさ」

今のできた姉からは考えられない姿だ。姉は確かに元気がない。それでも元気がないなりに心配させまいとする姿勢は、痛いほど伝わっていた。

「ちょうど今みたいな季節でさ。あの病院の前に大きな木があるじゃない?なんの木かわからないけど」

あぁ、おっさんの木だ。

「あれの葉が全部落ちたらあたしは死ぬんだー!なんて泣き喚いてさ」

・・・うん。・・・え?

「そしたらお父さんどうしたと思う?運動神経悪いのに木に登ってさ。落ちた葉っぱボンドで枝につけてるんだもん(笑)」

・・・あぁ。

「・・・でも今はそんな甘えられないしね。お父さんも死んじゃったしさ」

・・・。

僕はそっと口を開いた。

「・・・大丈夫。きっと親父は傍で見ててくれてるよ」

何度も生死の境をさ迷ったが、姉の手術は成功に終わった。難しい手術であったそうだ。医者の腕がよかったのか、それともみんなの気持ちが天に届いたのかはわからない。なにはともあれ、姉は助かったのだ。

病院を出ると、あのおっさんが木に登ろうとしていた。僕は他人との交流が得意ではない。だけれど、今はそうではない。

「もう登らなくていいよ」

おっさんは驚いたようにこっちを振り返った。僕はさらに続ける。

「姉さんはもう大丈夫。ありがとう」

おっさんは少し考えたような様子の後で、あの時よりも、ずっとちゃんと笑った。

「大きくなったな」

そしてそう言い残すと、まるで闇に溶けるかのように消えていった。

Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (12) | トラックバック (1)

2008年4月10日 (木)

週末の彼女

昔の、話だ。

確か高校3年生だったろうか。学校のない土曜日や日曜日になると、僕は毎週のようにバイトをしていた。どうにもお金がない時期だったのだ。そしてバイトの昼休憩では、毎回のようにいつも近くの牛丼屋で食事をとっていた。どこにでもあるチェーン店。その値段と量は、お金のない僕にとっては重宝せざるをえなかった。最初はそう。そう思って通っていた。

そこでとある女の子が働いていた。日本語のイントネーションから、彼女が日本人ではないことがわかる。韓国だろうか。それとも中国か。胸のネームプレートに「陳」と書かれているところから考えると中国の方の可能性が高い。ちんさん、か・・・。いくつか年上だろう。初めはさして気にもならなかった。とびきり美人というわけでもない。可愛らしくはあったけれど、目立つようなタイプではないように思われた。

季節は冬のこと。外は寒い。他のお客さんの前には暖かいお茶が置かれている。僕の前にだけ、お茶と、そして水があった。彼女が置いてくれたのだ。僕は何も言っていないのに。そしてこの一杯の水が、僕と彼女の切ないストーリーを紡ぐ。

僕は猫舌であるため、熱いお茶が飲めない。だからいつもその店に入ると水を頼んでいた。それを笑顔で持って来てくれたのが彼女、陳さんである。たまたまシフトが被っていたのか、それとも彼女が毎日のようにそこで働いていたのかはわからない。でも、僕が行くといつも彼女がいた。

そんな繰り返しが何回あったろう。いつの日か僕の前には何も言わずとも、彼女が運んでくれる水が置かれるようになった。こんな些細なことが、なぜか僕にとってはすごく嬉しかった。冷たい水なのに、心が暖まる。彼女は、僕がお茶を飲めないことを憶えてくれている。それはつまり、僕のことを覚えてくれているということだ。他のお客さんの前にはない、その一杯の水がそう語っていた。

200804091

それからというもの、その店に足を運ぶのが楽しみになってきた。もっと近くに他の牛丼チェーンもできたのだが、僕は相変わらずいつもの店に通う。量だとか、値段だとか、そんなものはすでに関係なくなっていた。

ときには陳さんががいない日もあった。そういうときは僕は口にして頼まないと水を飲むことはできなかった。彼女が奥にいる日もあった。そういうときは、わざわざ出てきて水を置いてくれた。目の前にいたときは、そう、いつも通り水をくれた。そうしているうちに僕は一つの答えにたどり着く。あぁそうか。この子はきっと、僕のことが好きなんだ。そう思うと、僕も段々と彼女のことが気になり始めた。いや、本当は水を僕にだけ置いてくれているとわかったときから気にはなっていたのだけれど。それが加熱した、というか。浅はかだけれど、そうだった。そんなものだった。

それから何も出来ないまま時は過ぎる。僕のバイト最後の日が訪れた。家から遠くもないが、そんなに近くもないこの場所。そうそう訪れることはないだろう。最後の日の食事も僕は当然の如くその牛丼屋に行った。ここに来る事は、今日でおそらく最後になるだろう。いつも通りあの子がいる。いつも通り僕の前に水が置かれる。でも、本当はいつも通りじゃない。今日が、最後なのだ。そのことを彼女は知らない。それを知ったら彼女はどんな顔をするだろう。

本当にこのままでいいのだろうか。何も言わなくて。何も伝えなくて。幸いな事に彼女の仕事が終わる時間は、たぶんだけれど僕と被っていた。バイトの帰り道に、1回か2回、彼女の私服姿を見かけた事がある。僕の仕事が終わって、その牛丼屋の前で待っていれば、おそらくだけど彼女に会える。午後のバイト中はほとんどそのことばかり考えていた。最後の仕事だというのに、まったく僕というやつは。いや、最後だからこそ、か。

そして仕事終わり、僕は本当に牛丼屋の前にいた。

200804092

今思えば滅茶苦茶である。若かったなんて言い訳は苦しいけれど、でもおそらくその通りで。そもそも僕のことを好き、という前提自体からして狂っている。それでも仕方がなかったのだ。だって、そう思ってしまったのだから。誰かが止めてくれるわけでもなかったし、誰かに止められても止まらなかっただろう。

そして彼女が店から出てきた。

僕がいたのは、牛丼屋の前とは言っても目の前というわけではなく、その入り口が目に入る位置。一気に心臓が高鳴る。喉が渇く。こんなときにこそ、彼女に水を差し出してもらいたいものだ。緊張、紛れもない緊張。深呼吸なんかで治まるレベルではない。血が沸騰でもしてしまったんじゃないだろうか、と思うほどだった。彼女が近い。さっきまで何度も頭の中で復唱した言葉が、一歩一歩に連れ吹っ飛んでいく。おそらく呂律もまわらないだろう。でも、いい。好きだとか好きじゃないだとか。本当はそういうレベルの話をしたいけれど、どうやら今の僕には無理そうだ。でも、いいんだ。最悪気持ちが言葉にならなくてもいい。ただ、一言だけ。「ありがとう」だけは、どうしても伝えておきたい。

200804093

彼女の目の前に立つ。彼女が少し驚いた表情で歩みを止める。帰りの会社員の多い街の中。そのはずなのに、その瞬間は不思議なほどに静かだった。心臓の音だけが、そのときのリアルだった。

黙っている僕を不審そうに一瞥して、再び僕をかわし歩き出そうとする彼女。ダメだ、行かないでくれ!待ってくれ、陳さん!くそ、黙るな、口を開け。言葉を発するんだ。僕の緊張は最高潮に達していた。僕は、痛くてひどく無様で。それでも、今しかないんだ。最後にそう思った。大勝負には不釣合いな、まるで音を投げ出すかのような声。それでも精一杯に僕は叫んだ。



「あ、あの、さんちん!



え?あ、あぁ。あ・・・嗚呼嗚呼あああああああああ!!!!!!その瞬間ゲームセットの笛が高らかに頭に響いた。え?誰?さんちんって誰?なんということだろう。緊張のあまり「陳さん」を「さんちん」とかなんとか言ってしまうという凶行。頼む、陳さん。一杯でいいから、僕に頭から水をぶっかけてくれ。なんなら灯油とかでもいい。僕を消し去ってくれ。どうやらもう、僕は、駄目みたいだ。

彼女がその後発した言葉は、小さくはっきりとは聞き取れなかったのだが、おそらく

「パカじゃないの・・・」

といったような気がした。えぇ、そうですね。疑いようもないパカですね。こんにちは。

今でも僕は牛丼屋にて水を頼む。相変わらずお茶は飲めないでいる。でも、陳さんはもういない。頼まないと、僕の前に水はこない。そしてそうして飲む水は、ひどく心の傷に沁みるのだ。

Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (9) | トラックバック (0)

2008年4月 9日 (水)

あとどのぐらい

朝起きて姿見を見ると、足が短かった。いやいや、それはない。どうせ夢か何かだね。そう思ってもう一度寝てみる。再び目が覚めて鏡の前に立つと、やはり足が短い。おやおやおかしいねぇ。今までも、鏡の前で自分の足の短さに気づくことはあった。しかしその度に、これは偶然だ、と思ってきた。「今日は雨だから」とか「週末だから」とか「そういえばさっきクリボーにやられた気がする」などと言い訳をしてきた。でも、本当は僕だって薄々気づいていたんだ。もう逃げ道はない。だってどう見ても短い。どう見ても、僕の足が、短い。

僕は身長が170cmある(自称。本当は168cm)。決して高い方ではないが、これといって低い方でもない。背が低くて困ったことといえば、天井に吊るされたバナナが取れないことぐらいである。しかしこの台と棒は何に使うのだろう。座高は、何cmだったかなぁ。とにかく修羅を極めし如く数字をたたき出していたはずである。

200804081

何でも足が短い人は、幼少期の生活が影響しているらしい。足の筋肉を発達させ過ぎたとか、椅子に座らず床にあぐらをかいていたとか。それが本当に関係があるのかはわからないけれど、確かに足の短い僕は間違いなく後者の生活を送っていた。あぐらが一番しっくりくる。今だって椅子に座るのに慣れてはいない。実家に椅子はあったことはあったのだが、下にタイヤが付いているタイプだったため、幼い僕はそれを家具ではなく乗り物と認識していた。もちろん基本的な座り方は、本来とは逆向きで、片膝をつき背もたれを握る。そして片足でえらい勢いで地面を蹴るゴーゴータイプ。それで狭い家中を駆け回っていた。家族皆で車に乗って東京から熱海まで旅行に行くという話になったときには、「僕はこれ(椅子)で行くから大丈夫」と、しつこく言い張って親に怒られた記憶がある。我ながらなんて大丈夫じゃない子供なんだろう。そうして僕は、移動手段としてしか椅子に座ることはなかった。

200804083

そもそも、ただでさえ下町の中でも、冷蔵庫に貼ってあるシールの数しか自慢のなかった斉藤家に、椅子なんて上等な文化が根付くわけがないのだ。もちろんベッドだってない。ババァや親父が椅子に座っているところだってほとんど見た事がない。え、あ、ほんとだ。両親も足が短いや。うわぁい、お兄ちゃんも!飼い主に似たのか愛犬の足ももれなく短くなっている。僕の足が短いのは、そうか、環境だったのか。

だから自然と僕の歩幅は小さくなる。頑張って歩かないと周りに遅れてしまう。ぽーっと歩いてるときなどは、寝たきりの老人に抜かれるんじゃないかと思うほどだ。女の子の歩くスピードに合わせてて優しいね?褒められて嬉しくないことはないが、それは違う。僕は必死だ。一生懸命なのだ。

あぁ、足が伸びたらいいのに。スラっとしたジーンズなんかもばっちり穿きこなしてみたい。ぴゃっぴゃと足を組み替えてみたい。成長期はもう終わっているし、待っても伸びるのは爪ばっかりだ。欲しいよぅ、欲しいよぅ。なんがい足が欲しいよぅ。

200804082

ただ僕は、何を隠そう足の短い女の子が好きなのである。それは自身のコンプレックスだとか、一緒にいて恥をかきくないからだとか、そんなものではない。あの、いい意味で、もへっとした感じが好きなのだ。じゃあ足が短い男だったらどうだろう。残念だがたぶんそこにニーズはない。そこにこだわりがない子がいたとしても、「まぁ短くてもいいけど、できれば長いほうがいいかな」とか言っちゃうに違いない。なくても困らないけどあったほうがいい。世の中を構築している大半のものが所属するレベルに落ち着くのが関の山だ。そりゃ僕だって、なんか雑誌の後ろのほうに載ってるような香ばしい広告を食い入るように見たくもなる。背伸びしながら歩いて駅の階段から転げ落ち、知らない熟年夫婦に心配されたりもする。しかしそんな慎ましい努力の甲斐もなく、足は伸びてはくれないのだ。僕の足が、短い。

今からでも足が伸びる方法を知っている方がいましたら、どうかご一報ください。首を長くして待っています。こうやってまた、僕の座高が伸びるのだ。

Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (3) | トラックバック (0)

2008年4月 8日 (火)

久しぶりと懐かしいは違うから

そう、久しぶりに僕らはその部屋に集まっていた。高校時代の同級生の家、数少ない高校時代の友達、あの頃のいつもの3人。タバコの煙で視界は曇り、それでもそれぞれがいる位置はわかる。この場所ならばきっと目をつぶったって歩けるんだ。この家の主である、まぁ仮にH君としておこう。そのHの一言で僕達は久しぶりに再び集まった。Hがなにやら僕らに相談があるというのだ。

「なぁ、どうやったらモテる?」

単刀直入なHの質問は、ほとんど誰もが知りたくて、ほとんど誰もがその答えを模索したそれ。当然自分で考えるべきである。あらゆるメディア、さらにはこのように友達からヒントを得ることもあるだろう。しかし、こういったものは大部分が自分で失敗して学び、そして知っていくものである。そうは思う。

でも僕らは相談にのった。考えうるもっとも正解に近いものを彼に教えようとした。なぜなら彼には時間がなかったのだ。彼にはこの後合コンが控えていた。それは彼にとって遊びのレベルではなく、言うなれば真剣勝負である。僕らはHが高校時代どれだけ悲惨な生活を過ごしていたか知っている。今まで何故彼にだけこんな不幸が訪れるのかと、半笑いで神を恨んだ事もある。ここで何かを教えてしまう事は、もしかしたら甘やかしかもしれないし、彼のためにならないかもしれない。でも、僕らは彼の、ただ彼の笑顔が見たかったのだ。

どうやったらモテるか。何度も考えて何度も失敗してようやく尻尾を掴んだかと思えば、するりと手の中から逃げていった。答えがあるならそんなの僕が聞きたいくらいだ。そもそも僕らに聞くほうが間違っているんだ。しかし、彼が頼ったのは他の誰でもない僕らだった。その選択を間違いだったとは思われたくない。そして、思わせたくない。だから僕らは考えた。部屋が白く濁るほどにタバコを吸った。

200804070

もう一人の友達、仮にOとしよう。沈黙を破るようにそのOが口を開いた。

「やっぱ見た目だよな」

怖ろしいほどに的確な意見である。根本的な部分はどうにもならないが、服装ならまだアドバイスの余地はある。何度も言うがHが僕らに頼んだのであって、余計な事を偉そうなわけではない。Hが合コンに着ていくつもりの服を見せてもらう。しかしなにか、こう、インパクトが足りない気がする。ような気がした。

「もっと男らしいほうがいいかな。元気丸出し!みたいな」。僕がそう言うと、Hは洋服ダンスの中を漁りだした。Oと僕もこれに続く。「お、これいいじゃん!」。そう言ったOが取り出したのはデニムのショートパンツだった。ほうほう、さっそくHに着替えてもらう。

・・・あぁ、なんて短いんだろう。それはショートパンツというより、半ズボンといった表現がぴったりだった。昔のアイドルのような、小学生のような。

僕「これ、何?」
H「俺もわかんない・・・」

本当にまるで小学生だった。彼は何を思ってこの半ズボンを入手したんだろう。でも母性本能をくすぐる・・・だなんてこともよく聞いたりするし。これはこれでありなのかも知れない。「何か足りないな」。Oが言った。確かにそうなのだ。これはこれでいいとしても、何かが足りない。・・・もしかして。僕はHのはいている靴下をドーナッツ状に丸めた。

200804071

O「そうだ!それだ!」
僕「こんなやつクラスに一人はいたよな!」

きゃっきゃ喜ぶ僕とO。それを道に落ちているサバを見るような目で見るH。

H「およそモテる気がしないんだが・・・」
僕とO「大丈夫。頑張れ」

さらに探求は続く。Oが言う。

「やっぱり女の子が好きなものを持ってるべきだろ」

それはごもっともだ。Hも僕もうなずく。女の子が好きなもの?・・・お菓子?

僕とOによって、Hの各指にとんがりコーンがはめられていく。全ての指にとんがりコーンがはまったHは、確かに今までの彼ではなかった。

200804072

「おーこれはモテるな」

そう言いながら、Hがこれから合コンに着ていく予定のさっきのデニムで自分の指の汚れを拭くO。その相変わらずの姿に少しほっとする。これもいけるんじゃないかということで、Hの耳にピアス代わりのの小つぶカール(チーズ味)をつける。微笑ましいスメルを放っているが、そういう香水をつけたと思えばまぁなんとかなるはずだ。

H「お前ら完全にふざけてるだろ」
僕とO「いや、ふざけてなんか・・・ねぇ?」

さらにダメ押しだ。こうなったらとことんまでHにモテてもらおうじゃないか。

僕が「女の子ってのはギャップに弱い。らしい」といえば、「それは本当にそう。らしい」とOが続く。ギャップってなぁに。普段はツンツンしてるのにふいに優しかったらキュンってしちゃう。ってことなのだろう、たぶん。気持ちはなんとなくわからなくもない。素敵なギャップがあれば、それは確かに武器になる。だから僕らもHのギャップ探しに全力を注いだ。

O「メガネかけてるのに本当は目がいい、とかは?」
H「それただの伊達メガネじゃん。俺本当に目悪いし」
僕「じゃあ普段は背が低いのにふいに高くなる、とかは?」
H「え?それどうやんの?」

いざ探してみるとこれがなかなか見つからないものだ。なるほど、だからギャップを持ってる男はモテるのか。結局Hの推しのギャップは

うお座なのに肌がカッサカサに乾いてる

に決まった。これを自己紹介で言ってもらおう。後はHの幸運を祈るだけだ。

H「いや、お前らいい加減にしろよ」
O「ってかH、もうこんな時間だよ?」
H「うわ!ホントだ!やべぇ、早く支度しないと!俺の服どこだ?」
僕「はい」
H「そのデニムのやつじゃねぇよ!最初に決めといたやつだよ!」
O「さっきお前がトイレ行ってる間に隠しといた」
H「バカ野郎!」
僕「ねぇOさん。一番モテない男ってどんなんだと思う?」
O「やっぱり時間にルーズなやつじゃないですかねぇ?」
僕とO「ですよねー」
H「ちっきしょー」

そして本当にあの半ズボンを穿いて僕らのもとから走り去ったH。

残された2人で飲みに行く僕とO。

「俺らをおいて一人で合コンに行くあいつが悪い」
「まったくだね」

帰り道の月ときたらそれはそれは綺麗で。あいつらとはずっと友達でいたい、そんなふうに思った夜だった。


【ブログデザインを一新してみました。不評だったらすぐに戻します】

Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (6) | トラックバック (1)

2008年4月 4日 (金)

知らない知らないわからない

先日トイレの話を書いた。鏡張りのトイレでは逆向きに便座に座ればいい。そんなことを書いたときに思ったのだが、もしかして本当はみんな普通に逆向きで便座に座っているんじゃないだろうか。だとしたら、僕が普段普通だと思っていた座り方が本当は逆だったということになる。それでもこれといって困らないが、なんとなくセンチメンタルな気分にもなりそうだ。

閉ざされたトイレの個室で、他人が何をしているのかはわからない。そんなテーマの会話をすることもないし、それを無理に知ろうとすると、逮捕ということにもなりうる。そりゃ用を足してるんだろ。そう、それはもちろんそうなのだが、その方法が人と違うだとか、何か僕の知らない儀式的なものが行われているのかも、だとか。例えば、僕がそう教えられなかっただけで、みんなはトイレットペーパーで小さな兜を折り、それを頭に乗せて用を足したりしているんではないだろうか、ということだ。

200804021

こればっかりはわからない。え?どうなの?皆そんなことしてるの?本当はみんな便座に立ってうまいことバランスをとりながら用を足しているかも知れない。水を流すレバーは「大」と「小」とで分けられている事が多いが、「大大大小大小」の順にひねると「中」という隠しコマンドが出てくるなんて裏技があるのかも知れない。なんだよ、中って。僕が知らないだけでみんなトイレで「中」をしていたりするのだろうか。ウォシュレットが本当は、すごいレベルのが出たときに、それを祝う祝砲としての機能だったりしたらどうしよう。

200804022

トイレの仕方はたぶんだけど親に教わった。そんな記憶はもうないけれど、まぁそうなのだろう。そしてその時に、本当は必要のない工程までも教えられていた、という可能性も否めない。親のちょっとしたいたずら心である。皆がしていたのに自分だけ知らなかったことがるなら、その逆の、みんながしていないのに自分だけしていたことだってあってもおかしくはない。考えてみろ。今の自分のトイレに明らかな無駄な作業がないか。皆さんもちょっと考えてみて欲しい。幸い僕が行っている工程は全て必要不可欠のように思えるが、「僕はいつも便座に座る前に、服を脱いですぐにまた着ます」だとか「私いつも便座に座りながらコロッケに感謝しているの」だとかいう人は、たぶんどこかのタイミングで親に騙されたのだろう。それともこれも僕が知らないだけで、みんなそうしているのだろうか。あぁ、深い。

200804023

もし間違っていても誰も注意はしてくれないし、何か足りなくてもそれを知る術は少ない。この上なくプライベートな空間で、だからこそ落ち着いたりもするのだが。トイレってなんだろう。知っているのに、でも、未知である。っていうか僕はなんでこんなこと考えてるんだろう。立て続けにトイレネタって。バカじゃないの。

様々なスタートを切るはずの4月だというのに、トイレのことばかり考えている僕のあまりの体たらく。こればっかりは水に流せそうにもない。


Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (3) | トラックバック (1)

2008年4月 2日 (水)

あ、僕だ

誰が何の目的で設計したのかはわからないが、ときに便座の真正面に大きな鏡が位置する個室のトイレがある。顔をうつすための小さな鏡ならさして問題はないのだが、トイレ中が隅々までうつるそれは非常にやっかいだ。

200804011_4

そしてうちの近くにあるカラオケ屋のトイレが、それなのだ。だから設計上便座に座るとその姿が鏡にうつり、当然それと向き合いながら用を足さねばならない方式になる。わずかな時間ではあるが、僕にとってこれほどどうしたらいいのかわからない瞬間は多くない。増してやそのカラオケ屋のトイレは、内側のドアまでも鏡張りになっており、前を見ても便座な自分、横を見ても便座な自分というもれなくプライドを粉々にしてくれる構造になっている。料金設定も悪くないし、設備も部屋も高水準なのだが、どうにもそこだけは勘弁して欲しいものだ。

僕は誰も見ていない場面において、大にしろ小にしろ便座に座って用を足すというお茶目な一面がある。男らしくないと言われればそれまでだが、まぁ、可愛くない事もないはずだ。だからトイレに入るたびに、その自分との対面を果たさなければならないのだ。女性も如何様でも座って用を足すものだし(少なくとも僕はそう思っている)、僕と同じ悩みをかかえている方も多いのではないだろうか。まぁ今までそんなの聞いたことはないけれど。目の前に便座に座った自分がいる。ズボンを下げパンツを下ろしている。それはもうこの上なく間抜けな姿だ。これでは出るものも出ない。というかその姿を見ていると、もうなんと言うか、死にたくなってくるのだ。

今日もそのカラオケに行くことになり、そのトイレと対峙した。トイレのドアをしめ便座に座る。やっぱりだ。やっぱり今日も青天井で間抜けだ。なんだよこいつ。こっち見てるよ。鏡にうつった自分がどうにも許せない。これはどうすればいいんだ?僕はカラオケが好きだし、最寄であるこの店はこれからもおそらくお世話になるだろう。だったら考えねばいけない。対策を。トイレ対策を。いつまでもこの問題で悩まされるのも、僕の中ではよしとしないから。

200804012

目をつむってみた。こうすれば視界に余計なものが入ることはない。小さな声でお経を唱えれば、少し立派な気持ちにもなれるかもしれない。ただ、ドアがものすごい薄いトイレだったりすると『お経の聞こえるトイレ』として七不思議の一つに数えられてしまうから要注意だ。それに尿ならまだしも、大だったらどうだろう(女性ならエブリタイム)。目をつむったままトイレットペーパーを探しちぎり、目をつむったままお尻をふく。これはあまりにリスクが高い。もし間違えてお尻にトイレットペーパーを挟んだまま部屋に帰ってしまったりでもしたら、それはもう完全なハイパーJOYである。しかし、しかしあらゆる可能性を恐れて目を開ければ嫌いな自分がそこにいる。そう考えると優秀な作戦とは言いがたい。

ではずっと下をむき続けていたらどうだろう。視線を床に集中し、是が非でも鏡を見ないようにする。これならお尻をふけないこともないし、特に問題はないように思われる。僕も最初はそう思っていた。しかしこれ、試してみてわかったのだが、長時間その体勢をキープすると、つまり下を向き続けていると非常に首が疲れるのだ。もしこれで首を痛めてしまったりでもしたら楽しいカラオケが台無しである。病院に行っても「トイレでひたすら下を向いてたら首を痛めました」と言う羽目になり、医者から「こいつは化け物だ」と思われることうけ合いだ。成功と思われたこの作戦も結局はダメであった。

あらゆる方法を考えた。上をむく、電気を消す、すっごい長い服を着てごまかす。しかし結果はどれも一緒だった。「ここのトイレは避けたほうが無難か・・・」そんな弱気な考えにも至った。そもそもの発想の転換に気づかなければ僕はもしかしたら諦めていたかもしれない。

そして僕は、苦心の末にようやく一つの答えにたどり着いた。

200804013

便座に逆向きにこしかける。これだ。後ろの壁まで鏡張りだったらそれはもうお手上げだが、少なくともその店はそんなことはなく(後ろまで鏡張りのトイレには未だかつて遭遇した事がない)、これならちゃんとお尻もふける。そしてズボンを上げ、正面の鏡にうつるのはちゃんとした自分だ。最初にそう座った時は謎の心臓の高鳴りに見舞われたが、慣れてくればいたって平気。むしろ手元にある便座のフタを握り締めれば、ちょっとしたパイロット気分も味わえる。なんてこった。すごすぎる。こうして僕は一つ、弱点の克服に成功した。

ただ、一つだけ。これだけは言っておきたい。絶対に鍵だけは忘れないでください。そんな体勢を見られてしまった人の気持ちを考えて、また、そんな体勢を見てしまった人の気持ちを考えて。僕はその警鐘を鳴らす。


Banner2_4

Banner88_3   

| コメント (5) | トラックバック (4)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »