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2008年7月

2008年7月28日 (月)

観察日記

小学生の頃、虫が大好きなやつがいた。ダンゴ虫なんかを見つけると、まるで埋蔵金でも掘り当てたかのように目を輝かせ、そして確保しては家に持ち帰っていた。小学生の、それも男子に限定すれば、その単純さは青天井。彼が抱える興味のほとんどが、虫に注がれていたのだ。

いつかのある日の休み時間。半ズボンを逆にはいてきてしまい、それをどうやって皆にバレないようにはき直すか必死に考えていた僕に、そいつが近寄ってきて言った。ほとんど意味のないヒソヒソ声で、機密情報を知らせるかのように。

「なぁ今日学校終わったらうち来いよ。すっげぇ虫捕まえたんだ」

まぁまぁ、だから小学生なんて単純だ。それは僕だって例外ではなくて。すっげぇ虫を捕まえたなんて言われたら、例えば熱い薬缶を触ったとき手をひっこめるような反応、そんな本能レベルの反応で見たくなってしまう。だってすっげぇ虫って。それはそれはすっげぇのだろう。そんな話を聞いたらもう、半ズボンのことなんて95%ぐらいしか頭になかった。

え? どんな虫なの? そいつは見てからのお楽しみ。そんな流れを踏みつつ、舞台は放課後に移り変わる。

家に帰りランドセルを置いて、彼の家まで、なぜか流行っていたマウンテンバイクで駆けつける僕。半ズボンも履きなおし、気分は上々だ。

彼の家に着くと、さっそく僕の前に1つの虫かごが差し出された。彼の抱える数多くの中で、一際立派な虫かごだ。その虫に対する思い入れの強さが伺える。これは期待ができるぞ。僕は自分のワクワクを止められない。

「これだよ、これ。見てみろよ」

僕は彼に促されるままに虫かごを覗き込む。どこだ? 例のすっげぇ虫とやらはどこにいる? しかし探せども探せども、虫かごの中には1本の細い木の枝と昆虫用のゼリーがあるだけだ。肝心のすっげぇ虫の姿はどこにも見当たらない。ひょっとしてすごい小さいタイプなのかとも思ったが、いくら凝視しようと、結局僕はその生命を見つけることはできなかった。おいおい、ひょっとしてかつがれたのか? 冗談はよしてくれ。

「えぇ? 虫なんてどこにもいないじゃん」

不満げにそう言う僕に、そいつはひどく得意そうな顔をした。

「やっぱりわからなかったか。まぁまぁ俺も最初は気づかなかったしな。こいつな、すげぇんだよ。もうちょっとで俺も見逃すとこだったもん。お前、ナナフシって知ってるか?」

「ナナフシ?」

・・・ナナフシ。

ナナフシ(七節、竹節虫)は、節足動物門昆虫網ナナフシ目に属する昆虫の総称。草食性の昆虫で、木の枝に擬態した姿が特徴的である。

漢字では「七節」と書かれるが、体節が7つだからではなく、「7=たくさん」ということから「たくさんの節を持つ」枝に似た昆虫ということで「ナナフシ」と命名された。ちなみに中国語では「竹節蟲」であるから七節と書いても通じないが、日本にも「竹節虫」と言う表記は存在する。-ウィキペディア引用

そう、ナナフシという虫は枝に擬態する。簡単に言えば、敵に見つからないように枝のフリをする、ということだろう。ということは何か、この虫かごの中の枝が、その、ナナフシ? というやつなのか?

そいつの説明を聞いた僕は衝撃を受けた。これが虫? どう見ても枝である。確かにこれはすっげぇ。言うだけのことはある。だって、しつこいようだけれど、本当にどう見ても枝にしか見えないのだ。世界にはこんな虫がいたのか。

僕は虫かごから目が離せない。これが本当に虫なのか。ナナフシ超すげぇ。初めて見るナナフシ興味は意尽きなかった。いや、すごい。できれば毎日でも見ていたいほどだ。でも、毎日ここに来るのは面倒くさい。んー。・・・そうか! そうだ! その手があった!

「ねぇ、これ明日学校に持って行って、学校で飼おうよ!」

「え?やだよ! なんかあったらどうすんだよ! せっかく捕まえたんだぜ!」

「でもこれ持っていったらヒーローになれるよ!」

僕のその一言に、彼はまんざらでもなさそうな顔をした。実際自慢するために、こうして僕を呼びつけた彼だ。そういうのに弱いのだろう。よし、あと一押し。

「ね! だってこれすごいもん。絶対人気者になるよ!」

「・・・そうかなぁ。じゃあ持って行ってみるか!」

次の日、登校してきた彼は、いつもの荷物の他に例の虫かごを持っていた。クラスメイトの視線が、自然とそこに注がれる。そう、皆こんなのが大好きなのだ。え? 何それ? これが虫? すっげぇー。 誰しもが一様に、昨日の僕と同じようなリアクションをとる。当然だ。それほどにその擬態にはインパクトがあったのだ。それでもってそのときの彼の表情といったら。もう。嬉しそうで嬉しそうで。おそらく虫を捕まえてこれほどによかったと思ったのは初めてだろう。

「ほら、みんな席に着けー!」

そうこうしているうちに先生が教室に入ってきた。いつもの教室の、いつもとは違う雰囲気。生徒たちが囲む虫かごに、先生が気づいた。

「ん? なんだそれ?」

「○○君がナナフシを捕まえてきたんです!」

「ナナフシ?」

ナナフシのいる虫かごを覗き込む先生。何か難しそうな顔をしている。きっと先生だって、驚くのだ。大人だって、驚くのだろう。これが虫? って皆と同じように。僕はそのリアクションを期待していた。そしてナナフシを捕まえた彼も、今か今かと次の台詞を待っている。そしてその期待に背中を押されるかの様に、先生が口を開いた。

「・・・これ、枝だよ

え?

「これナナフシじゃないよ。普通に枝だよ」

クラス中がポカンとする。え? 枝なの? 枝って? 枝?

そりゃ枝に見えるわけだ。だって枝なんだもん。枝?

時のヒーローは顔面蒼白である。それも当然だ。大げさに枝を捕まえて、学校にまで持ってきたのだ。おめでたいことに、ゼリーまであげている。いや、っていうか俺泳がせちゃったんだけど・・・。どうしよう・・・。

「ほら、席につけー!」

いつも通りの学校が始まる。

その日1日、彼はずっと俯き、空気にでも擬態したかのように気配を消していた。

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2008年7月23日 (水)

揺り揺られ

大型家電量販店が好きだ。

知らない製品も楽しいし、知っている製品も面白い。

大型家電量販店が好きだ。

時間なんていくらでも潰せる。一人でも、それほど一人を感じない。

その日も僕は用もなく広い店内をブラブラしていた。扇風機にあーってやってみたり、携帯電話の新機種を意味もなくパカパカしたり。冷蔵庫にはさまれたり(その痛みが三日三晩とれなかったり)。悪くない。どのフロアにも興味がある。なんかな。楽しさ、なんてものは結構容易く見つけられるのだと思う。継続させるのがひどく難しいだけで。

新型のパソコンはそれだけで僕を引き付けるし、使い方もわからない変てこなそれはパッケージだけで妄想に浸れる。

そしてなんといってもマッサージチェア。これに座ってダラダラする時間は何事にも代えがたい。ここで飲み物でも飲みながら本でも読めたら最高なのに。まぁしかし、そこまではしない。できない。でもそれでも十分なのだ。それは妥協ではなく、納得。家に一台欲しいけど、置く場所もなければ買うお金もない。近くて遠いオアシスがここにある。

薄く開けられた目が捕らえるのは、家族連れが多いけれど静かで落ち着いた店内。やっぱり家電量販店はいいな。

再び歩き出し、今度は顔のマッサージ器を試す。振動で顔がシュッとするらしい。ヴィーという音と共に、顔が刺激される。近くに鏡があったので、割と本気でカッコつけてみた。本当に効果はあったのだろうか。わからない。でも不思議と、今はちょっと背伸びをしてもいい気がした。

相変わらず決め顔のまま、とあるフロアを散策していたときのことだ。ん? あれは、何? 僕の目がそれを捕らえた。存在は知っている。が、経験したことはない。恐らく今を逃せば、これ以上近づくこともない。

ジョーバ

フィットネスマシンだ。これに乗ればウエストが細くなったり、運動不足が解消されるという。そのサンプル台が置いてある。

へぇ。こうなってんだ。

僕は何の気なしにジョーバに跨る。あくまでもクールに。視界に入る子供を見て「落ち着きがない。ふふん、子供だね」などと思ったりして。僕は大人になったのだ。

色々と動くスピードを設定できるようだが、とりあえず最強にしてみた。

そしてジョーバが動き出す。最強で。最強で。

グワーングワングワングングングングングングン。

お。

え?

おい、ちょっ、なんだこれ。いやいや。え。はえっ。どう考えてもはえーだろ! おい、こんなの聞いてねーぞ。おかしいだろ、この動き。え、ちょ、マジで待ってって。手とれる! 手とれる!

「あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!」

しかも、何故か揺れにあわせて変な声が出る

録音されてリピートされたら死にたくなるような、絶対人には聞かれたくない恥ずかしい声。必死にこらえようとしても、こぼれてしまう生き恥。

ちょ、もう無理!止めて!一回止めて!

必死に停止ボタンを押そうとするも、激しく揺れているため捕らえきれない。

いや、ちょ、待てって!どうやったら止まんだこれ!

「あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!」

お願い!お願い!助けて!もう無理!ヘルプミー!

3分ほど苦戦したあと、何とか指の端を停止ボタンに当て、ジョーバが動きを止めた。

ハァハァ。

今この店内でここまで息を切らしているのは、恐らく僕一人だろう。しかしようやく落ち着き、ちょっと冷静になった頃が最も耐え難い。あぁ、やってしまった。自分のご乱心が他人に伝わらないで済んだと思えるほど、さすがにそこまでは抜けちゃいない。どうしよう、なんて恥ずかしいんだ。帰りたい。消えたい。

近くにいた子供と目が合った。その瞬間だ。親がえらい剣幕で子供に示したのだ。

「コラ!あんまり見るんじゃありません!」

え? その台詞って現実に存在するの? 漫画とかテレビの中の台詞じゃないの!?  

俺、見ちゃいけないの?

家に帰って静かに布団に入った。ジョーバのおかげで久しぶりに使った体が痛い。しかし、それを癒してくれるマッサージチェアはもうない。あのマッサージチェアにはもう座れない。

もう外に出たくない。

ジョーバが痩せるというのは、確かに本当なのかもしれない。

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2008年7月17日 (木)

飴とキャンディー

おかげさまでありがたいことにうちのブログは「面白い」だとか「好き」だとか言ってもらえることが多い。それは素直に嬉しいし、正直、そんな暖かい言葉を投げかけてくれたことを後悔させるぐらい気持ち悪い喜び方をしている。本当にありがとうございます。

では私生活はどうか。

うん。

ふと思ったのだが、最近まったく褒められていない。えぇぇぇ。いやいや、確かに人様に褒められるような生活こそ送ってるつもりはないのだが、それでも「まったく」って。それでも「まったく」って。ええぇぇぇぇ。

僕はまぁ、褒められてもそんなに伸びないけど褒められるのが大好き、というタチの悪いタイプに属する。そのくせ、怒られるとしっかり縮むから救えないのだが。そう、そんな僕が、だ。小さい頃に、ただ褒められたいがために一人でお使いに行き、本来なら「牛肉」を買うべきところを無残にも聞き間違え、「きゅうり9本」買ってきた僕が、だ。

思えば僕に、取り柄という取り柄はない。それは昔からそう。勉強もそれほどできなかったし、運動もそこそこだった。褒められるとしても「え?斉藤君てスイカそんなところまで食べるの?すごくない?」といったレベルのものばかりで、伸びるどころか割と抑えつけられて生きてきた。

そんな僕だけれど。それでも、最近の生活は目に余る。怒られることは多々あれど、見下される日々は多々あれど、褒められることがない。あぁ、褒められたよぅ褒められたいよぅ。

先日、こんなことあった。大人が、小さい小さい子供に聞くのだ。「○○ちゃんはいくつなのー?」。それに子供が答える。「みっちゅー!」。はは、みっちゅだって。大人は拍手をしながら「わー。ちゃんと答えられてえらいねー」なんて言うわけだ。そんなどこにでもありそうな光景。まぁ僕も実際目の当たりにしてね、あぁいいなぁ、なんて思いました。ただそれは、その光景が、ではなく、褒められた子供がね、いいなぁと。あぁ褒められてるよ、あの子。羨ましい。え?え?それなら僕だって答えられるけど。

「はい、わたくし今年で20と3つになります!好きなご飯は豆ご飯です!」

そんなことしたって当然ながら誰も褒めてくれやしないのだ。え?20とみっちゅって答えればいいんですか? んーん、嘘。わかってる、そんなことしたって洗濯物と一緒にティッシュも洗ってしまったときのような顔をされるのは、わかってる。どうせオイラは、そうなんだ。

先日、こんなことがあった。とある街角でハトが信号待ちしていたのだ。いや、それは確かに偶然だろう。たまたま信号が赤のときに、横断歩道の端にハトが静止していただけのこと。でも確かに『信号待ちをするハト』とタイトルをつけられる画ではあった。それを見て、お孫さんらしき女の子をつれたおばあちゃんが言うわけだ。「ほら見てごらん、ハトポッポが信号待ってるよー。賢いねー」。それを見て、いいなぁ、と。うん、そう、例のごとくハトがね。あぁ褒められてるよ。え、俺生まれてから一回も賢いなんて言われたことないかも・・・。

いや、でもちょっと待てと。本当にそのハトが賢いのなら、そこは飛ぶだろう。そうすれば信号なんか待たなくてもいいし、車に引かれる心配もない。いや、まぁこの場合ハトに非はないのはわかっているのだけれど。単なる嫉妬です。醜くてごめんなさい。

で、話はそこで終わらない。その女の子が手を上げて横断歩道を渡ったのだ。そうなれば当然のごとくおばあちゃんは褒める。「エラいねー」。確かにこの女の子のとった行動は尊い。それは褒められて然るべき行為だ。

でもね、でも1つだけ聞いてほしい。僕にだって、そんな時期があったのだ。手を上げて横断歩道を渡っていた可愛らしい時期が。素直で、微笑ましく、真っ白だった頃が。でも僕は、手を上げて横断歩道を渡ったことで褒められたことがない。いや、褒められないだけならまだマシだったかも知れない。その日も僕はいつも通り、横断歩道を渡ろうと手を上げた。するとなんと一台のタクシーが止まったのである。え?なんで?しかもよりによって運転手の顔がめちゃくちゃに恐い。小学校の頃の同級生で、まったく面白くなかったけど声だけは誰よりも大きかった内田くんなら、間違いなく「ゴリラ」と安直なあだ名をつけたであろう運転手だ。やばい。捕まったら殺される。僕は全速力でその場から逃げ出した。悪いことなんてしていない。むしろいいことをしたはずなのに。それからしばらくは、もしあのときの運転手だったらどうしようと、近くにタクシーが来る度にドキドキしていたものだ。あの運転手の顔は今でも覚えている。なんというか、小学生の頃の同級生でまったく面白くなかったけど声だけは誰よりも大きかった内田くんが「ゴリラ」とあだ名をつけそうな顔だった。そんな経験があっても歪まずにいられるだろうか?いや、無理無理ごめん無理。僕はそれ以来、ただの一度だって手を上げて横断歩道を渡ったことはない。

唐突だがここで新しい商売を考えた。その名も「褒め喫茶」。いや、喫茶じゃなくてもいい。店の形態なんて何でもいい。とにかくお客さんを褒めてくれるのだ。男性客には女性がついて、女性客には男性がつこうか?うん、そうしよう。お客さんが寡黙ならば容姿や服装を褒め、何か自慢話でもすれば一々それを褒める。客層はもちろん、僕のような「褒められ」が足りない人。え?これよくない?うまく行く気しかしないんだけど。っていうか誰か作ってくれませんか?あったら行く気しかしないんだけど。

このアイデアどうですか?褒めてくれますか?

そうですか。やっぱりダメですか。

やっぱりダメでした。

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2008年7月10日 (木)

犬のご飯

先日ふと、ドッグフードが食べてみたくなった。

トイプードルのセプちゃん。もちろん本来なら、それは我が愛犬セプちゃんのご飯である。しかしそのときの僕には何故か、斉藤家内で「カリカリ(正式名称不明)」と呼ばれる、乾いた固形の、なんかあられみたいなそれがやたらと美味しそうに見えたのだ。セプちゃんは普段、ほとんどカリカリを食べない。鳥のささ身はガツガツ食べるのに、だ。そう、こいつは中々のグルメ犬なのだ。ちなみにティッシュもモリモリ食べるが、スコッティだけを狙うあたり、やはりグルメだと言わざるを得ない。

だからセプちゃんのお皿にはいつもカリカリが残っていた。これだけあるし、いつも残すのだ。ちょっとぐらい拝借しても問題はないだろう。それではいただきまーす。そう思ってお皿に手を伸ばしたときである。

キャンキャン!!(セプの鳴き声)

めちゃくちゃに吠えるのである。いやいや、お前普段食べないじゃん。え? 欲しがられると何でも惜しくなってしまうタイプ? おいおい、何をけち臭いことを。少しぐらいわけてくれたっていいじゃない。

しかしまぁ、セプが斉藤家に来てもう何年も経つ。今更その鳴き声にひよる僕ではない。僕はその咆哮を無視し、再びお皿へとチャージした。

オヒャン!(僕の鳴き声)

思いっきり手を噛まれた。飼い犬に。手を。思いっきり。いい大人が小型犬に噛まれ半ば本気で泣きそうになる。えぇー。噛むの? マジで?

まぁまぁでもでも、まぁでもでも。確かに僕にも非はあった。強引にいったんじゃ、そりゃセプだって拒みたくもなるだろう。そうじゃない。僕らの友情はそうじゃあないんだ。

「なぁセプ。お前がはじめてうちに来た日のこと覚えてる?ずっと震えててさ。俺寝ないで一晩中頭をなでてあげてたよね。お散歩もたくさん行ったね。一緒にお風呂も入ったね。いや、誤解しないで。何か恩返しをしてくれなんて言ってるわけじゃないんだ。ただね、もっとお前のことを知りたいなと思って。お前が普段どんなものを食べているのか知りたいな、と思って。だからお願い、ちょっとだけご飯、わけてくれないかな」

僕の説得も空しく、セプはこっちにお尻を向けて、うちのババァがタイで買ってきたなんか手がいっぱい生えている仏像に尻尾を振っている。貴様、俺の話を聞けぇ!!!

え?でもこれひょっとしてチャンスじゃない?セプ後ろ向いてるし。僕はそーっと手をお皿に伸ばす。そこで急にセプが振り返った。いや、僕何もしてないです。えぇ、何もしてないですよ。

・・・ふむ、もう本気を出すしかないようだな。こうなったら人間の知恵ってやつを見せつけてやるぜ。僕は立ち上がりセプのおもちゃを持ち出した。

「ほーらセプー。おもちゃですよー。ほーら、楽しいよー。やぁ、セプちゃん、こんにちは(裏声)。さぁ、セプ。今からこれを投げるから取っておいでー」

投げられ床に転がるおもちゃ。まったく興味を示さない犬。仕方ないのでそれを取りに行く僕。

・・・くそ、もう一回だ。

「あれ? 気づかなかったのかなぁ? じゃあもう一回投げるよー。今度こそ取ってくるんだよー」

投げられ床に転がるおもちゃ。まったく興味を示さない犬。仕方ないのでそれを取りにいく僕。

え?何この一人プレイ。切なすぎて挫けそうなんだけど。

しかし、万策尽き果て、もうダメかと思ったそのときである。親父の一言により、事態は一気に流れを変えた。

「セプ、散歩行くかー」

これ光明。そうか、その手があったか。セプも散歩に行けて嬉しい。僕もドッグフードが食べれて嬉しい。これはよくできた一石二鳥である。セプはその一言を聞き、尻尾を振って親父の下へ駆け寄っていった。つまり、今、お皿の前に番犬ケルベロスはいない。はっきり言って今なら余裕で食べることはできるだろう。しかし、ここはあえてスルーだ。そんな無理をしなくても、すぐにセプはうちを出る。そうしたらゆっくり吟味すればいい。バレない程度の量だけ口に含んでみればいい。ふふ、楽勝だ。

しめしめ企む僕の前に、セプがふと戻ってきた。なんだろう。散歩の前に挨拶でもしにきたのかな? かわいいやつめ。のん気にそう思った瞬間だった。

セプがえらい勢いでカリカリを食べはじめたのである。一粒残さず。きれいさっぱり。これはアタシのもんだ。お前なんかにゃ渡さないよ。そう言わんばかりに。

な、なんということだ。食べ終え悠然と玄関に向かう小さく大きな背中を、ただ呆然と見送る僕。一度だけこっちを振り返ったその顔が、犬の表情なんてわからない僕だけれど、それでも勝ち誇ったような顔に見えたのはおそらく偶然なんかではない。

完敗だ。立ち直れないほどに打ちのめされた。・・・ちょっとぐらい食べてみたかったな。しかし、もう遅い。全ての道は断たれたのだ。

仕方なく、隣に残されたセプの水を飲んでみた。何故そうしたかはわからない。でも、そうしなければいけない気がしたのだ。その水は、ただぬるい、それだけの水だった。

次の日、僕とセプはお腹を壊した。

たぶんだけれど、セプは食べすぎで、僕は食あたりだと思われる。 

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2008年7月 5日 (土)

2WAY

~1~

何でもないこの日に、二人が付き合い始めた場所に行こうなんて言うから、多少なりおかしいとは思っていた。

「これ」

彼女のその小さな手に握られたもっと小さな銀の輪は、僕が以前誕生日にプレゼントした指輪だった。

「・・・どういう意味?」

「何も言わないで、受け取って」

二人の間にしばらくの沈黙が訪れた。返された・・・? それって・・・。認めたくはない。認めたくはないけれど・・・そういうことなんだよな。

「頑張って・・・」

「いや」

せっかくの重苦しい沈黙を破ってくれるであろう彼女の発言を、でも、僕は許そうとはしなかった。途端に遮った。その先を、聞いてはいけない気がしたのだ。頑張って? 何を? 新しい彼女を探してとでも言うつもりか。いや、違う。こいつのことだ。「夢を叶えてね」、だなんて繋ぐのだろう。

夢。これが原因なんだろう。僕は自分の夢のために、彼女をそんなにも傷つけてしまったのだろうか。そう、きっとそうなのだろう。自分でも知らないうちに。確かにここのところ彼女と会う機会は激減していた。

「・・・ごめん。でも、お願いだから、そんな可哀想な目で見ないでくれよ。俺はピエロなんかじゃない」

ここでこんなにも外した台詞を吐いてしまう自分が情けない。でも、ヘタクソでも気丈に振るわないと、例えばここで大泣きしてすがってしまったらそれはやっぱり違くて、何というか、せめて彼女の中の最後の自分を、少しでも格好よく締めたかったのだ。

彼女は去っていった。僕は指輪を眺め、それを強くギュッと握った。

その小さな輪の中から、今までの思い出があふれ出ては消えないままに、悲しみとして僕の心に重く圧し掛かるのだった。





~2~

何でもない平日の昼間に、部屋着のまま公園のベンチに座り続ける自分を、多少なりおかしいとは思っていた。

「これ」

突然話しかけてきた知らないおばさんのその大きな手に握られた物体は、キツネ色の油揚げに包まれた、おいなりさんだった。

「・・・どういう意味ですか?」

「何も言わないで、受け取って」

二人の間にしばらくの沈黙が訪れた。施された・・・? それって・・・。認めたくはない。認めたくはないけれど・・・そういうことなんだよな。

「頑張って・・・」

「いや」

せっかくの重苦しい沈黙を破ってくれるであろう彼女の発言を、でも、僕は許そうとはしなかった。途端に遮った。その先を、聞いてはいけない気がしたのだ。頑張って? 何を? 新しい彼女を探してとでも言うつもりか。いや、違う。このおばさんのことだ。「辛いこともあるけど、楽しいこともきっとあるから!んね!」、だなんて繋ぐのだろう。

格好。これが原因なのだろう。僕は自分の格好のために、彼女をそんなにも心配させてしまったのだろうか。そう、きっとそうなのだろう。自分でも知らないうちに。確かにここのところヒゲを剃る機会は激減していた。ちなみにTシャツの襟元はヨレヨレだし、胸元には大きく「バイク」とプリントされている。

「・・・ごめんなさい。でも、お願いだから、そんな可哀想な目で見ないでください。俺はストリートチルドレンなんかじゃない」

ここでこんなにも外した台詞を吐いてしまう自分が情けない。でも、ヘタクソでも気丈に振るわないと、例えばここで大泣きしてすがってしまったらそれはやっぱり違くて、何というか、せめて彼女の中の最後の自分を、ホームレスと思われたまま締めたくはなかった。

彼女は去っていった。僕はおいなりさんを眺め、それを強くギュッと握った。

その物体の中から、なんか色んな汁があふれ出ては消えないままに、僕の手のかゆみとして重く圧し掛かるのだった。

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