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2010年3月

2010年3月14日 (日)

虎竜~kotatsu~

春である。

日も段々と長くなってきたし、街を行き交う人々も重いコートを脱ぎ捨てた。日差しぽかぽかあぁ良い気持ち。

嘘である。

春になったのを嘘とは言わないが、現実ここ東京はまだ寒い。

僕の実家には大きなコタツがある。毎年10月頃登場しては、6月の終わり頃までどっしりと居座るこたつ。期間にしておよそ半年。そう、我が斉藤家は、コタツ大好き家族なのだ。日本には四季があると言われているが、斉藤家には「コタツがある季節」と「コタツがない季節」の二季しかない。

一度でもコタツに入ったことのある人ならわかるだろうが、あの誘惑はそう簡単にはやめらるものではない。いうなれば、魔性の家具。電源、そして足を入れるだけでもうヌクヌク。食べ物や飲み物、漫画などを近くにおけば、それ以上は何もいらない。楽園ビバ。

寒さに対抗するには、暖房でもストーブでもない。コタツ、これなのだ。

しかしまぁ甘美的なものに障害はつき物で、確かにコタツも「寝ると風邪を引く」などと言われている。でもこれ、はたして本当なのだろうか。

うちのババァ、もとい母親はよくコタツで寝ているが、風邪を引いているところなど一度も見たことがない。本当に風邪を引くのかどうか試してみたくて、ババァが寝ているのに電源を切ったこともある。それでも様子が変わらなかったので、首筋にそっと冷凍イカを添えてもみた。しかし、それでもババァは、ついに風邪を引かなかったのだ。だから僕が思うにそれは、コタツの人気に嫉妬した誰かが流した嘘なのではないだろうか。それか、うちのババァがどうかしているだけだ。おそらく後者だろう。

はてさてそんなコタツだが、斉藤家では3月半ばでももちろん絶賛稼動中。暖かい。家族はみなコタツに集まり、愛犬のセプちゃん(トイプードル・メス・かわいい)も「中入るからこの布めくれ」と催促をやめない。春になろうが、斉藤家はコタツに夢中。まだ当分は、お世話になるつもりだ。

そして、我が家のコタツの周りには、ひとつだけ座椅子がある。・・・あぁ、伝わるだろうかこの魅力。コタツと座椅子、この組み合わせは最強に愛称が良いんだ。本当に。座椅子にこしかけ、足をそっと中へ。くぅ。ね。

だから、その座椅子は当然、我が家の中でも人気が高い。家族に対し、ひとつの座椅子。これはかなりの倍率だ。みな、虎視眈々とその席を狙っている。

いつもいつもその席に座りたがるのは、僕、親父、そしてセプ。ところが、じゃあその三者でいつも座椅子を奪い合っているのかといえば、実はこれがそうでもない。親父が家にいるときは僕はその席を一家の大黒柱に譲り、セプがそこに座りたそうにしていれば親父は可愛さ余って席を譲る。そしてセプが座っていれば、僕はセプを持ち上げ、とりあえず見えるところまで置きに行く。互い互いが席を譲り合い、非常に良いバランスを保っているのだ。いわば、誰も負けないじゃんけんのようなものである。

ところが、だ。時として、ここに一枚ジョーカーが紛れ込むことがある。そう、兄だ。僕は昔から子分気質で、今でも兄には逆らえない。そして親父も

親父「今なんの仕事してるんだ?」
兄「雲を作るお仕事」

というあの日の会話以来どこかよそよそしく、たぶん兄に気を使っているのだろう。セプはセプで、兄が来るとなぜか電子レンジの近くに行く。ご覧の通り、兄の全勝である。兄が望みさえすれば、座椅子は兄のものなのである。

兄は、斉藤家の中ではコタツへの依存が低いほうだ。座椅子に対しても、それほど興味があるわけでもない。ただ、たまになんとなく座って見たくなるのだろう。なんとなく座っては、なんとなく相撲なんかを見てみて、「へぇー『西』なんて力士いるんだ」などと言ってみる。それは力士の名前ではなく、番付表の東西の西である。

なんとなく座ってみては「ねぇ麦茶、それとって」などと人を麦茶と間違えてみたりする(たぶん喉が渇いていたんだと思う)。

さて我が家におけるコタツのあり様を長々と語ってきたわけだが、そんなコタツが現在非常にピンチなのだ。簡単にいえば、片付けられそうなのである。コタツ大好き家族から、反乱軍が現れたのだ。

例年の我が家では、コタツが片付けられるのは6月。電源を入れない日は、布団付き机として大活躍。だから本領発揮はこれからなのに。なのに。早い。いくらなんでも早すぎる。

片付ける、そう言い出したのはババァだった。なんでも「掃除のときに邪魔」ということらしい。それに「こんな時期までコタツ出してる家ないって」との一言。ふ、ふざけるな。そんな正論が通じるとでも思っているのか。譲らん、譲らんぞ。

・・・でも待てよ。考えてみればババァは、毎年この時期そんなことを言っていた気がする。もう片付けよう。そして僕らの反対にあい、ずるずると引きずっていくのが、毎年の恒例行事だった気がする。いや、そういえばそうだった。よくもまぁ片付けようなどと、あれだけお世話になっておいて。

しかもタチの悪いことに、今年は少々本気らしい。ババァ自身もコタツが好きであるため、毎年「えーまだ早いでしょ」といえば「うーん、そうねぇ」となっていたのが一転、「えーまだ早いでしょ」と言ったら「ぶへぇ」と言われた。こいつは本気である。

ババァは、僕らのいない間に勝手にコタツを片付けるようなマネはしない。正々堂々というわけではなく、そうすれば、ババァがいない間に勝手に僕らがコタツを出すことをわかっているのだ。

だから、根負けを狙う。僕らに、もう片付けてもいいですと言わせるために、様々な嫌がらせを仕掛けてくるのだ。片付けたくない虎と、片づけたい龍。最近の攻防といえば、そりゃあもう。

具体的にどんな嫌がらせがあるのかといえば、ひっそりコタツの中に隠れていたりする

完全にバカである。しかしこれ、実はかなりの恐怖なのだ。老婆が延々暗闇の中に潜んでいるだけでも怖いのに、知らずに足を入れると、中から悲鳴が聞こえてくるのだ。トラウマ必至である。いつから隠れていたのか非常に気になるが、それも怖くて聞けはしない。一度その恐怖を知ったものは、怖くて中々足を入れられなくなる。

じゃあ、足を入れる前に中を確かめればいいって?しかし、どうだろう。「何度も同じ手をくうか!」などと布団を開けてみて、中に誰もいなかったときの恥ずかしさ。そして本当に怖いのが、実際にそこにいたときの互いの切なさだ。ちょっとワクワクしながらコタツの中に隠れている実の母親を、あなたは見たいと思うだろうか?居るも地獄、居らぬも地獄である。

く、くそぅ。

今をもって斉藤家ではコタツ稼働中だが、今年は幾分か片付けが早くなるかもしれない。親父や兄貴はすでに諦めムードだし、僕も情けないことに、近く心が折れそうだ。これではババァの思うツボである。あぁコタツ、守ってやれなくてごめんな。

まぁね、でも。

ババァは前にも書いたとおり、よくコタツで寝る。そしてその顔は、本当に幸せそうなのだ。もしかしたら、この家で一番コタツが好きなのは、この人なんじゃないかな、なんて思わせる。

でも。

ババァは主婦であり、母親だ。我が家をうまく回さなければいけないという自負があるのだろうし、そのためには当然掃除も必要だ。

・・・家族のために自分の幸せを?

コタツで寝ているババァ。最近皺の増えたババァの寝顔を尻目に、僕はそっと電源を切る。

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2010年3月 9日 (火)

そのレストランは辛くって(PC推奨)

タイ料理ってやつは、本当においしい。

独特の味付けで、ハマる人が後を絶たないタイ料理。僕だってそうだ。自宅であの味は再現できないから、僕はよくタイ料理レストランに行く。僕が思うに、店によってハズレが少ないのも、そのひとつの魅力だろう。

タイの写真や絵画が飾られていて、食器もタイのもの。できれば、BGMもタイのそれがいい。お店の人だけでなく、お客さんの中にもタイの人が混じっているようならもう最高。お店がきれいかどうかは、少なくとも僕はそんなに問うていない。

その日も僕は、ふと見つけたタイ料理レストランに入ってみた。口コミやネットで情報を調べたわけでもなく、ただその薄汚れた看板になんとなく引かれたのだ。こんなところにタイ料理屋さんあったんだ、とか、確かその程度の、でもタイ料理が好きな僕にとっては訪れるに十分な理由だった。

タイ料理ってやつは、本当においしい。

今までの店がそうであったように、その店も決してハズレではなく、いやむしろ大当たりといってもいいほどのレベルだった。一口食べた瞬間僕の意識はタイへと飛び、安く、綺麗な絨毯を買っていた。おぉ、これは美味しい。お店を出たあとに「何食べたの?」と聞かれたら、「なんかチャーハンみたいの」と答えるしかないメニュー。今ひとつ把握しきれないから、メニューを指さして出てきた、ご飯になんか美味しいのがかかった料理。ほかには何にもわからないのだけれど、それは確かにタイ料理で、それでもって美味しいものだった。

店内を見渡せばタイの人と思われる人も多く、僕は一人「やっぱこのセオリーはかたいな」などと、食後の至福を味わっていた。

ただ、タイ料理ってやつは、辛い。

特に、辛いものがそう得意でない僕にとっては、タイ料理は水なしでは食べられない代物だ。料理を口に運び、矢継ぎ早に水を飲む。料理、水、料理、水。僕にとってはこれが、絶対のサイクルになる。間違えて料理、水、料理、料理なんてことになると、とりあえず口の中の辛味をなんとかしようと、俯きながらただ黙々と指をペロペロするという奇行に走る。タイ料理はもう、料理、水、料理、水なのだ。

だがそれだけ水を飲めば、それは必然とトイレが近くなる。僕はいつもそうであるように、その日の食後もトイレに行きたくなった。

トイレ、トイレっと。

僕がトイレの場所がわからなくてウロウロしていると、お店のお姉さんが笑顔で近寄ってきてくれた。お姉さんは、とあるドアの方を指差してくれて、僕は笑顔でお礼を言う。きっとこの人もタイの人なんだろう。言葉は完全には通じ合わないけれど、笑顔がとても感じよく、可愛らしいお姉さんだった。それだけでまた、タイがちょっと好きになる。

お姉さんに教えられたドアを開けると、そこは、店の規模にしてはやや広すぎるトイレだった。トイレの中に、2つの個室がある、共有タイプのトイレだ。こじんまりとして家庭的なお店とのギャップに、僕は少しだけ違和感を覚えた。とはいえそれは、もちろんマイナスのものではない。広いトイレというのは、いつだって気持ちがいいものだ。

だが、それまで急かされるように先を目指した僕の足は、その瞬間歩を止めた。一人、洗面台の前にいる人に、目を奪われたのだ。

共有タイプのトイレだ。中に人がいることだってあるだろう。しかし。

・・・ぁら。

その大きな鏡の前で、おじ、お、おじ、おば、おばあ・・・なぜか老人が洗顔をしていたのだ。

・・・どうするかな。僕は立ち止まる。これはまずいな。

この際、洗顔などは、問題ではない。

この人が、おじいさんか、おばあさんか。問題はそこである。その老人は小柄で、体格からは判断ができなかった。そして洗顔をしているため、顔で判断するというのも、不可能だろう。・・・どっちだ。

おじいさんであれば、何も問題はない。しかし、もしおばあさんであるとするならば、僕は、もしかしたら女子トイレに入ってしまった、という可能性がある。気がつかなかっただけで、奥にもうひとつ男性トイレ用の扉があったのか?そう考えると、見てもいないはずの男子トイレのドアが、ぼんやりと頭の中に浮かんでくる気がした。だとするとまずいな。・・・騒ぎになるかもしれない。やべぇ。

いや、でも、たぶんだが、もうひとつのドアなどなかったはずだ。いや、なかったと断言できる。だとすれば、このトイレは、男女共用というのが一番かたい線だろう。この店の規模からいって、それが最も妥当であるはずだ。しかし、しかし、じゃあこのトイレへの力の入れようはなんだ。タイ料理屋に行ったのは1度や2度じゃないが、こんな立派なトイレは見たことがない。・・・男子トイレへの入り口は、別にある?これだけのトイレを用意する店なら、男子女子別れてても、なんらおかしな話ではないのだ。僕の頭が、また急速に回りだす。考えろ。考えるんだ。

この老人が洗顔を終え、顔を上げ、もしおばあさんだったとしたら。

そう考えると、僕の心臓は嫌がおうにも高鳴った。ここは安全策、とりあえず外で待つか?確かに、それは最も確実な策である。でも、いや、だめだ。この分だと、老人が事を終えるまでにけっこうな時間がかかりそう。さっき飲みに飲んだ水は、すでにもう絶賛猛威をふるっていた。行くことも、退くこともできぬ、絶体絶命の状況である。

・・・いや、待てよ。

その瞬間、一筋の光が僕の脳裏を駆け抜けた。

・・・そうだよ、あるじゃん。その手があったじゃん!

ははは、何言ってんだい勇者よ。これのどこが絶体絶命なもんか。そうだ、一回出りゃいいんだよ。

否、出て待つのではない。一回外に出て、トイレのドアに書かれている表示を見ればいいのだ。もし男女別なら、「men」なり女性マークなりが書かれているはず。もし何も書かれていなかったとして、それでなお僕が女子トイレに入ったとしても、それは僕の責任ではないだろう。うむ、思えば、それをちゃんと確認しないで入った僕がいけなかったのだ。

その妙案に少しだけ余裕を取り戻した僕は、急いでトイレを後にした。そしてトイレのドアを、もう一度見直す。我ながら完璧な作戦だった。

ホラ!ホラ!薄暗くはっきりとは見えないが、トイレのドアには、確かに何かが書かれていた。ホラ、ちゃんと答えはそこにあったじゃないか!僕は改めて、トイレのドアに書かれている文字を凝視した。

「ห้องน้ำ」

・・・ア、アパカト?

どうしよう、読めない。絶対アパカトじゃないし、アパカトって何?そもそもこの文字さえ帰ってネットでそれらしい単語を調べただけで、本当はなんて書いてあったのすらわからなかったのだ。どうしよう。ねぇ、なんかわかんないんだけど。これ、いっていいの?・・・ねぇ、そこまでしなくても。

結局僕は、ただただ黙って自分の席へと戻った。そしてお金を払っているときに、偶然あの老人がトイレから出てくるのを目撃した。・・・えー、どっちだ。

キュッキュッと歩きながら、それでも足早に、僕はその店を後にした。

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