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2011年8月

2011年8月23日 (火)

アレの由来

19世紀のその時代、ヨーロッパではとある物語が大流行していました。それは、若くて美しい女性と、素敵な王子様の恋の物語。女たちは今日も街角に集まっては、その話に花を咲 かせます。 

 

「やっぱり憧れちゃうよねー」
「そうそう。あの、ガラスの靴がねー」

 

流行を追う女を追う男。当時のヨーロッパでは、その物語を模倣したプロポーズが流行りました。女はわざと片方の靴を脱ぎ、男の目の前から立ち去る。男は、女が落とした靴に気がつく。そしてその靴を持ち、再び彼女の前に現れる。これでプロポーズの完成です。すべては予定調和で、もちろん民衆のお遊び。それでも女たちは、誰もが物語の主人公になりたがったのです。

 

しかし、当然のことながら、靴というのはするりと自然に脱げるものではありません。女たちは皆、スマートに靴が脱げる自分を想像しましたが、実際はバタバタと慌てるものばかり。中には地べたに座り込み、真っ赤な顔をして靴を脱ぐ女までいたのです。

 

そのうち「その儀式中に靴がスマートに脱げる」というのが、女のステータスのひとつになりました。顔が美人であるというように、体が豊満であるというように。靴がスマートに脱げる女は、いい女であると。

 

そこで困ったのが靴屋です。

 

「脱ぎやすい靴を作ってちょうだい!お金ならいくらでも出すから!」

 

女たちから、そんな注文が相次いだのです。靴屋は悩みました。それもそのはず。それまでは、すぐに脱げてしまう靴なんて不良品だった。「脱げない靴」こそが、良い靴だったのです。

 

「すぐに脱げる靴…」

 

それに対し、後にその履物を完成させたジョナサン・リーベルトはこう語っています。

 

「まるでニワトリが逆立ちして歩いて来た気分だった」(引用/珍宝出版『☆おでかけ靴百景☆』)

 

リーベルトがまず考えたのは、バックステイ(靴のカカトを包み込む部分)を取り除いてしまうこと。靴の安定には欠かせない部分ですが、だからこそ、脱ぎやすい靴には必要ないと考えたのです。

 

そして、当時は当たり前だったヒールをなくしました。これは、片方だけ靴を脱いだ時の、バランスを考えてのことでした。しかし、これまでとはかけ離れた靴を作るリーベルトに、弟子は苦言を呈します。

 

「しかし、師匠。これでは見た目がよろしくありませんよ」
「この靴を履く女性は、皆、恋をしているんだ。そんな女性は、たとえ何を履いたって美人に決まっている」

 

ようやくその靴が完成したのは、それから4年の月日が経った時のこと。これまでにあった靴のどれもと異なる、新しい靴。女性たちはこぞって、その靴を買い求めました。リーベルトの店には、今までに経験したことがないほどの行列ができたのです。

 

その靴の名前は「シンデレラ」。

 

もちろんその名は、大流行した例の物語にちなんで。

 

そして、リーベルトにとっては意外なことが起こります。なんと、女性だけでなく男性にまで、この「シンデレラ」が売れ始めたのです。「脱ぐのも履くのも楽だ!」「暑い日にも蒸れなくていい!」。そう言って「シンデレラ」を買って行く男性客の多いこと多いこと。リーベルトは急いで、男性用サイズの「シンデレラ」制作に取りかかりました。

 

「シンデレラ」の評判は町中に広がり、国中に広がり、そしていつしか海外からも求める客が訪れるようになりました。

 

当時は、まさに国外貿易が本格化していた時代。リーベルトは、これをチャンスだと思い、「シンデレラ」を海外に輸出することを決めます。そして「シンデレラ」はシルクロードを通り、中国へと渡りました。

 

中国での販売名は「散道裸(サンドーラ)」。「シンデレラ」の語感と「道でスマートに脱げる、裸足になれる」という意味を残してのものですが、実際は、自国で男性客に人気が出たように「着脱が非常に楽な靴」として知れ渡ったようです。

 

さらに海を渡り日本にやってきたとき、その靴は「サンダル」と呼ばれていました。「シンデレラ」は「サンドーラ」になり、さらに名称を日本人に合わせて「サンダル」となったのです。

 

その「サンダル」が今でも世界中で愛されていることは、皆さんもご存知の通りです。そんなに面白くないし、全部嘘なんですけどね。

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